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ジェンダー法・政策研究叢書第9巻
『雇用・社会保障とジェンダー』(嵩さやか・田中重人編)

はしがき

 本書『雇用・社会保障とジェンダー』は、「ジェンダー法・政策研究叢書」の第9巻である。東北大学21世紀COEプログラム「男女共同参画社会の法と政策」の「雇用・社会保障」クラスターによる研究成果をもとにして編集されている。同クラスターがおこなってきた研究会での報告をもとにした章もあるが,本書のために新たに執筆を依頼した章もある。いずれの章も,それぞれの分野の第一線の研究者の手になるものである。
 本書は4部構成となっていてる。第一部「日本の現状と課題」では、日本社会における雇用。社会保障制度上のジェンダー問題を概観し,具体的な状況に基づいて考察をおこなう。第二部「平等への多様なアプローチ」は,社会科学の諸分野から,平等を実現するための理論的なアプローチの紹介・検討をおこなうものである。第三部「諸外国における雇用政策」と第四部「諸外国における社会保障政策」は,雇用・社会保障それぞれの分野における諸外国の実情と諸制度の改革についての報告である。
 本書が目指したのは,具体的な諸問題について,学際的・国際的な視点を持った,射程の長い議論を展開することである。本書の各章においては,間接差別の禁止,セクシャル・ハラスメント規制,同一価値労働同一賃金,育児休業,年金制度など,私たちが直面する問題を取り上げている。理論的側面では,法学に限らず,経済学や社会学といった多様なアプローチによって,平等を達成するよりよい方法について,多面的な検討をおこなっている。また,外国における現状とさまざまな施策を紹介し,比較検討することにより,日本においてとられるべき施策について示唆を得ることを目指している。
 性別に関するさまざまな社会問題の中でも,雇用・社会保障の分野においては,比較的早くから政策的議論がおこなわれてきた。平等を求める社会運動が一定の力を発揮し,斬新的な改革が進んできた分野といえる。最近の動向をみても,2003年の次世代育成支援法の成立,2004年の年金制度の改正,2006年の男女雇用機会均等法の改正など,重要な改革がおこなわれている。
 しかし,これらの改革で,性別による不平等が克服されたわけではない。もちろん,長期にわたっておこなわれてきた運動の成果は,決して小さなものではない。特に,性別による差別を禁止する法秩序を定着させたことと,性別による不平等が政府の重要な政策課題であることについての国民的合意が形成されたことは,その重要な成果といえる。だがそのような達成にもかかわらず,統計資料によって現在の日本社会を巨視的に概観するとき,平等からはほど遠いという現状にあらためて気づかされる。
 本書の各所で触れられているように,性別による不平等は複数の要因がからみあった,複雑でシステマティックなものであり,直接的な「差別」を禁止すればそれで消滅するというような簡単なものではない。平等を目指してとられた政策が所期の効果をあげるは限らない。ある側面では効果のある政策が,別の側面ではかえって逆効果になることもありうる。社会システムのさまざまな側面について配慮のいきとどいた,実効的な政策が求められるのである。本書に収められた諸論文が,そうした政策を考える一助になれば幸いである。
 なお,本書の諸論文はさまざまな分野の研究者の手によるものであるため,注や文献引用の様式が統一されていない。又、各章がそれぞれ独立した文章として執筆されたため,本書全体では重複部分がみられることになった。編者としては,これらの点についてあえて調整をおこなわなかったことをお許しいただきたい。

田中 重人