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ジェンダー法・政策研究叢書第4巻
『ジェンダーと教育─理念・歴史の検討から政策の実現に向けて』(生田久美子編)

はしがき

 本書『ジェンダーと教育一理念・歴史の検討から政策の実現へ向けて』は、21世紀COE叢書の第4巻として編纂されたものである。本巻の編者である生田は、21世紀COEプログラムにおける教育クラスターの主たる活動目的を「ジェンダー・センシティブな人材の育成」に向けた原理、制度、および方法論の提示にあると考えており、本巻編纂の趣旨もこの目的に沿って設定している。
 しかしながら、ジェンダー・センシティブな人材を育成する教育原理、および教育制度を確立するためには、その前に教育学それ自体が内包しているジェンダー・バイアス等の問題に対して自覚的に分析を行い、それを払拭する試みが不可欠であることは明白である。「自覚的な分析」の対象は、「ジェンダー・センシティブ」という概念がいかなる意味を持ち、そこからどのような実践が導かれることになるのかの吟味をはじめとして、教育の諸分野においてジェンダーの問題がいかに意識的・無意識的に取り扱われてきたのかの歴.史的考察、そして現状の教育において「ジェンダー」がいかなる問題を生起させ、またそれに伴って採られる対処法の妥当性に関する現状分析をも含んでいる。
 このようなジェンダー問題に対する教育学の研究姿勢は、「男女共同参画社会の法と政策」の研究にどのような示唆を与えることになるのか。例えば、中学校の社会科公民的分野の教科書におけるジェンダーに関する記述は、「法や政策」の比較的早い時期の反映として改編される。そして、その教科書によって形成されるジェンダー観は、子どもを取り巻くさまざまな要素とともに、具体的・総合的な現象として表出する。この現象に教育学および周辺諸科学の「自覚的な分析」を加えることによって、その現象の中に根源的に横たわる新たな問題が顕在化されてくることは確かである。まさにジェンダー研究における教育学は、「法や政策」が提言し形作ってきた社会を映す鏡であり、と同時にそこで発見された根源的な問題は、新たな「法や政策」の立案に寄与するものとなる。このように、教育クラスターの活動目的である「ジェンダー・センシティブな人材の育成」に向けた原理、制度、および方法論の提示は、より広範な視点からの分析と思考に支えられ、「男女共同参画社会の法と政策」実現の推進に大きな貢献を果たすに違いない。
 以下に本書の構成および内容の概要を記す。
 第一部「『教育』の再構築における『ジェンダー』」では、ジェンダー問題に対して教育原理的な見地から分析が施され、それを基にした提言がなされる。特に第一部で重きをおくのは、「教育」現象そのものを対象にした分析ではなく、教育哲学、教育思想の諸分野におけるジェンダー問題の基礎理論的な考察にある。例えば、「知識」論、「ケア(リング)」論、「人間本性」論、そして「ジェンター・センシティブ」等の鍵概念の分析を通して、ジェンダーの視座に立つ「知」や「教育」の再構築が試みられる。このように第一部では、ジェンダーの視座に立つことによって「知」や「教育」そのものが大きな変化を受けることが原理的に追究され、「ジェンダー・センシティブな人材の育成」を目指す上で必要な様々な視点が明らかにされる。
 第二部「歴史・文化の中の『ジェンダー』」では、歴史・文化的な観点からジェンダー問題が問われる。具体的には、男女共学理念の歴史から実現までの経緯の分析をはじめとして、「女性としての自己実現」の理論的根拠となった大正期の「個性」論の分析、戦時下やマイノリティー民族などにおけるジェンダー観の分析を通して、現代の教育のみならず社会・文化に内在するジェンダー問題の所在を浮き彫りにする試みがなされる。こうした歴史・文化的な視角を有する研究は、同時代的な眼では明らかにできない現代社会に内在するジェンダー観を顕在化させるものとなる。
 第三部「ジェンダー・センシティブな教育実践と政策の実現に向けて」では、現実に実施されている(または計画されている)教育政策や教育改革の実例が提示され、そこに内包されるジェンダー・バイアスが明らかにされた上で、ジェンダー問題の解消を目的とする教育の可能性が考察・分析される。具体的には、本COEプログラムの直接的課題であるジェンダー法学教育のほか、高等教育(法科大学院教育など)、教師教育、中等教育、初等教育、社会教育など、具体的な制度や政策、教育実践が、どのようなジェンダー観に支えられ策定されているか、また最終的にどのようなジェンダー観の形成へと帰結しているかを明らかにする試みがなされる。こうした教育の具体的な制度・政策の構造、その論理的帰結を明らかにする試みは、「ジェンダー・センシティブな人材の育成」のためには必要不可欠なものである。
 以上述べてきたように、「理念・歴史」と「政策」という縦軸と横軸のベクトルから立体的に教育領域におけるジェンダー問題を考察していくことが本巻のねらいであり、最終的には、こうした試みが必ずや「ジェンダー・センシティブな研究者、教員、政策エリート、法曹界の人材」などを輩出し、さらには広範囲な人々の中にジェンダー・センシティブな志向性を育むための一助となると考えるのである。

2005年12月
東北大学21世紀COEプログラム
「男女共同参画社会の法と政策」教育クラスター長
生田久美子