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ジェンダー法・政策研究叢書第2巻
『日本の男女共同参画政策 ─国と地方公共団体の現状と課題』(辻村みよ子・稲葉馨編)
はしがき ─ 国と地方公共団体の男女共同参画
男女共同参画社会基本法(以下,基本法と略記)制定・施行から5年半が経過した。基本法は,男女共同参画社会の実現を「21世紀の我が国社会を決定する最重要課題」として位置付け,国・地方公共団体に対して施策実施等の責務を,そして国民に対して努力義務を課した。
これをうけて,国は,2000年12月に「男女共同参画基本計画」を閣議決定し,内閣府に設置した男女共同参画会議と専門調査会,男女共同参画局を中心に具体的な施策を実施してきた。
地方公共団体では,2000年3月の東京都・埼玉県条例を皮切りに,男女共同参画推進条例等を制定して取組みを進め,都道府県の条例数は千葉県を除く46になり,市町村では252(2005年1月31日現在)にも及んでいる。昨今では,日本の伝統や文化を持ち出して男女共同参画の考え方に反対するバックラッシュの影響があるとはいえ,基本法後5年半で,全国的な取組みが展開されていることは,その必要性がいかに大きいかを示している。いいかえれば,法律や条例を制定して制度的な転換をはからなければ,日本社会に根ざした性別役割分業や構造的な男性支配型社会のありようは,容易には変わりそうもないのである。
これは決して日本だけの状況ではない。積極的な法的措置を導入しなければジェンダー平等の達成が困難であることを認識して,世界の多くの国で政府・与党が本腰を入れて男女共同参画政策に取り組んでいる。とくにポジティヴ・アクションやアファーマティヴ・アクション(積極的差別是正措置ないし積極的改善措置)を導入することによって,政治・公務分野や雇用における女性の参画率を高めた国は多い。国連・EU,欧米・アジア諸国における最近の動向は,この「ジェンダー法・政策研究叢書」第1巻『世界のポジティヴ・アクションと男女共同参画』で検討したとおりである。なお,第1巻刊行後の2004年4月には,韓国の総選挙で,比例代表制選挙29名,小選挙区選挙10名,合計39名(299名中)13%の女性議員が選出され,女性議員率が世界140位から80位に躍進した。その理由は選挙直前の3月に政党法が改正され,国会の比例代表制選挙に50%クォータ制が導入されたことによる。韓国では,金大中大統領のもとで,男女共同参画政策を担当する部局が,省にあたる部(女性部)に昇格し,女性部大臣のもとで女性発展法(1995年制定)の改正等の積極的施策を実施してきた。政府・与党の強力なリーダーシップで,着実に成果を上げている。
これに対して,日本では,内閣総理大臣を中心とする内閣府男女共同参画会議等で取組みが続けられているが,積極的改善措置等の具体的施策は必ずしも明らかでない。現状では,内閣府男女共同参画局の「ポジティブ・アクション研究会」で,有効かつ可能な措置が検討されている段階にある。しかし,政治分野の女性参画率が極めて低く,衆議院の女性議員率7.1%(2004年10月30日現在,世界178力国中136位),参議院でも2004年の通常選挙で女性候補者・当選者共に減少して13.6%,両院わせて9.2%,地方議会でも7.9%という憂慮すべき状況にある。男女共同参画会議で提起され閣議で了承された30%の目標(2020年には社会のあらゆる分野の指導的地位にある女性の占める割合が少なくとも30%程度になることを目指す)に照らしても,積極的な改善措置が必要な状況と思われる。
実際,2003年7月の国連女性差別撤廃委員会報告書によって政治的・公的分野における暫定的特別措置の活用を勧告されたところであり,早急に有効措置を実施することが求められている。そのためにも,日本の男女共同参画政策の現状と課題を検証し,政治分野・公務分野・雇用分野・学術分野等での実施可能性を検討することが急務である。
そこで,本書では,ポジティヴ・アクションを含めた日本の政府と地方公共団体の男女共同参画政策を総合的に棟討し,課題と展望を明らかにすることを目的とする。
第一部は,国の取組みについて,公務分野・雇用分野・学術分野における男女共同参画施策を検討する。いずれもCOEプログラムの公開研究会等での検討をもとにしており,総論は2004年7月の公開講演会での講演内容を踏まえて内閣府男女共同参画局名取局長に執筆して頂いた。公法分野のポジティヴ・アクションに関する稲葉論文は,上記内閣府「ポジティブ・アクション研究会」報告をもとにしている。
雇用分野については,厚生労働省のリーダーシップのもとでポジティヴ・アクションが推奨され,大企業などを中心に取組みが強化されつつある。反面,雇用分野では間接差別に対する対応が問題視されており,上記国連女性差別撤廃委員会報告書でも間接差別に関する勧告を受けている。そこで本書では,この重要な2点について検討した。そのほか,これまで総合的に検討されてこなかった学術分野の男女共同参画に関する政策についても,第一部で検討した。
第二部では,地方公共団体の男女共同参画施策の現状と課題を,インタビュー調査を実施して検討した。東京都・埼玉県・神奈川県・宮城県・福島県・富山県については,福島県男女共生センター公募研究「国・自治体等の政策・方針決定過程への男女平等参画」のなかで調査したものをもとに再構成し,その他の主要な自治体についてはCOE研究員等が訪問調査して執筆した。宮城県については,そのポジティヴ・アクション推進事業が注目を集め,2004年10月15日の内閣府男女共同参画局「第6回ポジティブ・アクション研究会」でヒヤリングが実施されたこともあり,宮城県の担当課長に概要を執筆していただいた。
すべての自治体の訪問調査はもとより不可能であるため,全都道府県・政令指定都市等の条例の特色を資料に基づいて総合的に比較検討した結果を一覧表にして掲載した。今後,市町村等で男女共同参画推進条例を制定する際などに参考にしていただければ幸いである。
なお,我々のCOEプログラムでは,2004年5月から7月までに政党・省庁・地方公共団体・企業・各種団体計約500件を対象としてアンケート調査を実施した。質問項目は,COEプログラムの6つのクラスター(A政治参画,B雇用,C家族,D身体,E人間の安全保障,Fジェンダー教育)が作成し,各クラスターに属するCOE研究員等が結果を分析・検討した。調査の結果は(紙幅の関係で本書に掲載することを断念し)2005年4月刊行予定の研究年報で公表する予定であるが,COEプログラムの最終年に予定している政策提言に生かしてゆきたいと念じている。
「日本の男女共同参画政策」をテーマとする本書が,「世界のポジティヴ・アクションと男女共同参画」と題する本叢書第1巻に続いて,男女共同参画社会形成のための理論的課題・政策課題の解明と,ジェンダー・センシティヴな人材の養成に寄与することができれば幸いである。また,この場を借りて,訪問調査やアンケート調査にご協力頂いた全国の地方公共団体や省庁・企業など各界の関係者の皆様,出版の機会を与えて頂いた東北大学出版会に対し,執筆者および本COEプログラム事業推進担当者を代表して,厚くお礼申し上げる。
2005年1月
東北大学21世紀COEプログラム
「男女共同参画社会の法と政策」拠点リーダー
辻村みよ子