仙台高等裁判所長官田中康久
債権に対する担保権実行の課題ー民事執行法制定の経緯と解釈の争いの発生を中心としてー

1.はじめに

 民事執行法が制定されてからほぼ四半世紀が経ちました。その間、民事執行の実務においては、各裁判所の実務の取扱いに違いが出てきており、解釈の統一の必要が出てきていました。そこで、最高裁判所において、個々の上告訴訟事件の審理や、民訴法三三七条の許可抗告の制度を利用して、解釈の統一が図られ、これまでの民事執行上の解釈の争いは、ほぼ収束の段階になったといえると思います。

 これら解釈上の争いについて、今日は時間の制限もありますので、債権に対する担保権の実行に関する部分の一部である、(1)債権差押命令に対する不服申立方法、(2)抵当権に基づく物上代位について、解釈の争い発生の原因とその収束に至る経緯を取り上げてみたいと思います。このうち、前者の不服申立方法については、債権執行に対する執行抗告において担保権の不存在等を主張することができることは裁判実務では確定しているといえますので、不動産競売の場合との関係を中心に置きたいと思います。また、後者の抵当権に基づく物上代位の問題は、民事執行法の施行後間もなく肯定説がほぼ実務上確定してしまいましたので、物上代位の問題点と今回立法された不動産収益執行との関係について話してみたいと思います。

2.立法意思と解釈の幅等

 個別的な課題に入る前に、我が国における立法者意思と解釈の幅の関係について触れて置きたいと思います。我が国では、立法段階での考慮に拘わらず、条文解釈の幅が非常に広いことに特徴があります。これは、我が国では、立法技術として、条文をなるべく短くすることが望ましいとされていることも影響していると思います。いわば、立法後は、「条文が一人歩きする」こととなります。明治時代の法律が現在に至るまで改正されることもなく運用することができているのは、解釈に幅があり、時代の要請に応じ、解釈運用が変化することも可能なものとなっていることによるものと思います。

 したがって、立法関与者が施行直後にどのような解説をしようと、それと違った解釈運用が定着することは避けられませんし、時代の要請の変化に伴い、解釈運用も変化していくことも避けられません。我が国は英米と異なり、成文法の国であるといわれておりますが、条文はそのままであっても、解釈が変わり、判例も変更していくことを考えますと、判例法の国である面も否定できないところです。

3.個別課題

(1)担保権の不存在等を理由とする差押命令に対する不服申立ての方法

(一)担保権実行の課題及びその回避策並びに売却許可決定に対する執行抗告で主張できる事由の範囲
 執行抗告において、担保権の不存在等の主張が認められるのかどうかについて、裁判実務上は、不動産競売と債権に対する担保権の実行とでは取扱いに差異があるようですので、その違いがどこからでてきたのかをまず検討したいと思います。

 不動産強制競売における換価権の発生根拠は債務名義にあります。これに対し、担保権に基づく不動産競売の換価権の発生根拠は、担保権そのものに内在するものであると一般に理解されています。そうすると、担保権実行による換価が終わった後でも、当該担保権が存在していなかった場合には、換価の原因がなかったことになりますので、不動産競売の効果は覆る、買受人は、買い受けた不動産を取り戻されてしまうという結論になります。民事執行法制定前の競売法時代には、そのような解釈が判例でしたし、学説上も通説でした。

 そこで、裁判所が関与してなされる競売の効果が覆るという結果を回避することが民事執行法制定作業の大きな目標の一つでした。そのため、民事執行法の制定に至るまでの検討の過程では、換価の効果が覆らないとの規定を設けるために、どのような仕組みにすれば足りるのかについて種々の検討がなされましたが、最終的には、不動産競売については、(1)一般先取特権による場合を除くほか、担保権の存在を証する公的文書の提出を要する、(2)担保権の不存在等を執行異議で主張できる、及び(3)競売停止書面を明確に定めるという条文を設けた上、競売の効果が覆らないという明文の規定を設けたわけです。

 しかし、競売の効果が覆滅しないという規定は、実体的な権利に関するものであり、規定が無くてもそのような解釈になるべき手続規定でなければなければなりませんが、右の規定の新設だけで十分なのかどうかが問題となります。すなわち、不動産競売申立ての際に提出が必要な公的文書といっても、通常実務で利用されるのは登記された抵当権についての登記簿謄本ということになりますが、登記無効が問題となる事例は稀ではないことからしますと、提出文書を制限しただけでは競売効果の覆滅を否定する根拠としては十分ではありません。また、旧競売法の下でも、担保権不存在確認訴訟の提起に伴って競売続行禁止の仮処分も行われていましたから、競売停止文書を明確にしたことも競売効力の覆滅を否定する根拠としては十分でもありません。さらに、旧競売法時代には、担保権の不存在等の主張を開始決定に対する異議、異議が認められなかった場合の即時抗告も、また、売却許可決定に対する異議、異議が認められなかった場合の即時抗告も認められていました。旧競売法時代では、そのような手厚い取扱いがされた下でも競売効果の覆滅を否定することができなかったのです。

 したがって、それらを総合して考えますと、民事執行法の競売の効果が覆滅しないとの規定は、旧競売法時代の仕組みを抜本的に改正することなく、いずれも若干の手続改正の寄せ木細工の下に、覆滅否定をしているわけですから、単なる注意的な解釈規定ではなく、実体法の権利に踏み込んだ創設規定と理解することが可能かも知れません。

 私は、この覆滅否定の規定は、債務者等が競売手続内で容易に担保権の不存在等を主張できるのにしなかったことによる失権的な効果であると考え、なるべく広く執行手続内の不服申立てを認める必要があると考え、不服申立ての機会を広く説明してきました。

 ところで、担保権の不存在等を手続内で主張することを広く認めるとしても、その判断が容易でない場合が少なくないことを考慮しますと、判断が微妙なものは、迅速性を旨とする民事執行の手続内で処理するのは相当でなく、その判断を手続外の担保権不存在確認訴訟に委ねざるを得ない場合があります。特に、競売開始から売却まである程度の期間がかかることが想定される不動産競売においては、不服申立ての時間的な余裕もありますので、執行抗告での主張を認めなくても、債務者等は、担保権の不存在確認訴訟の提起、それに伴う執行停止決定を得る機会も図られています。反面、売却許可決定に対する執行抗告についても執行停止の効果は認められていませんが、売却許可決定が確定しない限り、事後の代金納付等の手続に入ることができなくなりますので、執行抗告を認めると手続が停止した状態になります。そのようなことを強調しますと、執行抗告において担保権の不存在等の主張を認める必要はないということになります。他方では、担保権の不存在等について容易に判断できるのに、一審の執行裁判所が判断誤りをしたことが明らかであると抗告裁判所が判断できる場合もあり得るところです。そのような場合を強調しますと、執行抗告においても、担保権の不存在等の主張を認めるという考えに繋がります。

 不動産競売において、担保権の不存在等の主張を執行異議でできることは明文の規定がありますが、この他、売却許可決定に対する執行抗告でも主張できるかについては、民事執行法施行直後から、解釈が分かれてしまいました。それは、今述べたような事情を考慮したものと思います。

(二)不動産競売についての最高裁による判例の統一
 この解釈上の争いは、平成一三年四月一三日(民集五五・三・六七一)の最高裁の許可抗告についての裁判で、売却許可決定に対する執行抗告において担保権の不存在等の主張をすることは認めないとの結論が示され、解釈上の争いが収束しました。

(三)債権に対する担保権実行における執行抗告の取扱い
 これに対し、債権に対する担保権実行開始に対する執行抗告において、担保権の不存在等を主張することができるか否かについては、民事執行法施行直後から解釈が分かれ、裁判例も分かれていましたが、裁判所の実務では、ほぼ執行抗告認容説で落ち着いてきているようです。

 裁判実務が、不動産競売では否定しながら、債権に対する担保権実行の場合には認容しているのはどこに根拠があるのでしょうか。

 債権執行の多くは、執行後間もなく取立てが行われ、債務者が差押えに対する執行抗告において、担保権の不存在等の主張をすることを認めないと救済される余地がない(担保権の不存在確認訴訟を提起し、それに伴う執行停止決定を得る時間的余裕がない)ことや、債権執行において執行抗告を認めても事実上の執行停止効も生じないことが考慮されているのではないかと思います。

(2)抵当権に基づく賃料に対する物上代位の課題等

(一)賃料に対する抵当権に基づく物上代位の課題
 抵当権についても先取特権の物上代位の規定(民法三〇二条)が準用されています(同法三七二条)が、抵当権の担保権としての性質から、使用収益権は所有者に残されていると一般的には理解されており、抵当権者が所有者がした賃貸借契約に基づく賃料債権に対し、物上代位ができるのかどうかは、民事執行法立案当時においては解釈が分かれていました。手続法である民事執行法では、民法の解釈を制限することはできませんでしたので、物上代位が認められるか否かは解釈に委ねられていました。

 しかし、民事執行法施行以来、消極説に立つ若干の例外裁判はありましたものの、抵当権の物上代位による賃料差押えが当然のように認められ、しかも大量に行われることが裁判実務上定着してしまいました。

 この賃料に対する物上代位は、賃料が保険金や、補償金のように担保物に代わる対価ではなく、単に不動産の収益にすぎない点に問題があります。所有者は、得られた賃料額の中から、不動産の維持費用、税金や、保守管理費等を賄っていますので、賃料全額の差押えが認められますと、当該不動産、例えばマンションの補修も行われなくなり、エレベーターが故障しても修繕されないなど、荒れるに任せ、朽廃するのを待つ状態になってしまいます。

(二)今回の不動産収益執行の新設と物上代位執行との関係
 今回国会で成立した民法等の改正法において、民法三七一条を「抵当権ハ其担保スル債権ニ付キ不履行アリタルトキハ其後ニ生ジタル抵当不動産ノ果実ニ及ブ」と改正したうえ、抵当権に基づく収益執行の途が広く認められることとなりました。

 もともと、これまでの強制管理は、当該不動産が不動産の強制競売か競売かにより売却されるまでの間の収益についての執行であり、民事執行法の制定前も、制定後も、余り利用されていませんでした。

 今回の改正では、抵当権に基づく物上代位による賃料債権の差押えを肯定することを前提として、強制管理が行われていれば、その強制管理の債権者が債務名義による劣後するものによるものであっても、物上代位による債権執行は効力を停止し(新法九三条の四第一項)、その代わり、強制管理の手続の中で配当等が受けられることとなります(同条第三項)。また、既に強制管理が開始した後は、強制管理が債務名義による強制執行によるものであっても、抵当権に基づく物上代位は認められず(解釈上は中止)、収益執行の申立てをしてこなければ配当等に与れないことになります(新法一〇七条四項一号ハ)。明文の規定はありませんが、強制管理が破産と同様な包括執行であって、開始後の個別執行は認めないという原則によるものです。この原則は、不動産の収益執行と物上代位との関係でも準用されます(新法一七三条二項)。

 それにしても、今回の不動産収益執行の新設の下での配当は、強制管理であれ、不動産の収益執行であれ、実体上の優先順位に従って行われることになりますから、長期間第一順位の抵当権者にしか配当に与れず、第二順位以下の抵当権者や、担保権を有していない債権者には執行のメリットが少なく、また、第一順位の抵当権者にしてみれば、管理人の報酬や保守管理費用を控除した残額の支払いを受けるよりは、賃料全額の差押えが認められる物上代位による賃料差押えの方がメリットが大きいことになりますので、どれだけ強制管理や、不動産収益執行が行われるのか危惧しているところです。