ゲラン社の香水 Mitsouko について


 


   

 

 クーデンホーフ光子が、ゲラン社の香水 Mitsouko の命名の際にモデルとなったという「神話」が日本では広く流布している。

 香水 Mitsouko という名前は、直接的にはフランス人作家クロード・ファーレルの小説『ラ・バタイユ』のヒロインである「ミツコ」に由来することは命名したゲラン家3代目の調香師ジャック・ゲランも認めている。この香水が発売された1919年当時のベストセラーであった小説『ラ・バタイユ(戦闘)』は、日露戦争の折りに戦死した日本の海軍総督の妻ミツコが見せた情熱的な生き方を描いたものである。ジャック・ゲランと小説家ファーレルには親交があり、この親友の小説に感銘を受けたジャックが彼に敬意を表して、小説に登場する日本人女性の名前をこの香水につけたという。

 吉田直哉氏は、ゲラン社のフィリップ・ゲラン氏に取材した際の経緯を以下のように記しています。(『発想の現場から』文春新書、2002年)
「−−つまり、現実のミツコではなく小説のなかの架空の登場人物がモデルだ、というのである。(中略)
 というわけで、この香水の名前に関する通説は否定された。ゲラン社の広報担当重役の一人が、わざわざ否定することはない、実在の人物がモデルだと思われてもいいではないか、あいまいにしておいたほうが得策だと主張したのだが、社長が「事実」を公表することにきめたのだそうである。」

 但し、クロード・ファーレルが、どこから小説のヒロインの名前をとったのかはわかっていない。ウィーン社交界の華であったクーデンホーフ光子にヒントを得た、つまり間接的に香水Mitsoukoのモデルとなった可能性は残る。

 ところでゲラン社も、最近では日本での Mitsouko の売れ行きにやはりプラスになると考えてか、クーデンホーフ光子と香水の命名をむしろ関連づけるように方針を変えたようである。
 ゲラン社 のホームページにある池内宏美さんのフレグランスコラム (第12回のテーマ 「今、『ミツコ』に鮮烈な息吹」 )には、以下のような記述がある。

「実在の人物で当時のウィーンやパリの社交界で花形的存在だった日本人女性の存在も大きく影響しています。当時のオーストリア・ハンガリーを代表する貴族ハインリッヒ・クーデンホーフに嫁いだ日本人女性ミツコさんは伯爵夫人として、母として、生涯をヨーロッパで送りましたが、控えめながらも情熱的な美しさで、当時のヨーロッパ社交界の花形的存在でした。(中略) ゲランの『ミツコ』ができたのは1919年、クーデンホーフ ミツコさんが45歳の時ですが、ジャック・ゲランはこの神秘的な日本人女性クーデンホーフ ミツコさんの勇気ある情熱的な生き方に感銘を受けたのは間違いありません。
その頃、ジャック・ゲランもパリやウィーンの社交界には出入りしていたようですので、この二人が面識があったということも考えられますし、直接面識がなかったにしろ、この美しく気高い日本人女性の評判はジャックの耳にも入っていたことでしょう。」

ミツコの生涯

ゲラン社の香水ミツコ
 
※「クーデンホーフ光子展」
 パンフレットより転載

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