クーデンホーフ・カレルギーと友愛運動(1)


 


   

 

  第二次大戦後のRCKと日本との関係に重要な役割を果たしたのが鳩山一郎である。鳩山は1946(昭21)年5月、連合軍総司令部(GHQ)により公職追放され、その追放期間は5年3カ月に及んだ。この公職追放時に鳩山はクーデンホーフ・カレルギーの著作に出会う。

「この本格的な晴耕雨讀の生活に入るまで、一年許り熱海で暮らしたが、まず熱海の時にクーデンドルフ・カレルギの本が大變評判がよかったので、暇つぶしの意味もあって、この本の飜譯に手を染めてみた。」

 鳩山一郎にクーデンホーフ・カレルギーの Totalitarian State against Man を勧めたのは早稲田大学教授の市村今朝蔵であった。(このRCKの本が鳩山一郎の手に渡るまでの軽井沢でのエピソードについては、『友愛』記事 を参照。)

 市村今朝蔵や鳩山一郎のクーデンホーフ・カレルギーとの関係は、戦前の鹿島守之助のクーデンホーフ・カレルギーとの関係と、全く別個に動いていた。両者の動きが交錯するのはしばらく後のことである。

 鳩山一郎によるクーデンホーフ・カレルギーのTotalitarian State against Manの翻訳『自由と人生』は、1952年に出版された。この本の序文によると、「この本格的な晴耕雨讀の生活に入るまで、一年許り熱海で暮らしたが、まず熱海の時にクーデンドルフ[原文まま]・カレルギの本が大變評判がよかったので、暇つぶしの意味もあって、この本の飜譯に手を染めてみた」とあり、政治評論家の岩淵辰雄の強い勧めで出版することになったと書いている。

 (文中敬称略)

 公職追放時、軽井沢で農作業をする鳩山一郎
(1950年頃)

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