リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの生涯 (出生から青年期まで)


 


   

 

 リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーは、1894(明27)年11月16日に、ハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギーと青山みつ(ミツコ)の次男、日本名・栄次郎として出生した。しかし、当時ハインリッヒとミツコは正式に婚姻していなかったため、ミツコの父親・青山喜八の戸籍簿では「私生子」として届けが為されている。
 
 RCKの日本名 Eijiro には、「英次郎」と「英」の字をあてているものもあり、これはハインリッヒの英国好きに由来した説である。ただし、日本の戸籍上の届け出には例外なく「栄次郎」と記載されている。長男・光太郎(ハンス)の名前も考えれば、兄弟ペアで「光栄」から取ったとする木村毅の説は、説得的である。

 RCK出生当時、クーデンホーフ=カレルギー家は、日本の薬学の黎明期に功績の大きかった柴田承桂の市ヶ谷加賀町の邸宅内のドイツ風洋館を借りて住んでいた。(柴田承桂の子息であり、東京都立大学総長、学士院院長を歴任した柴田雄次は幼少の頃にハインリッヒ・光子夫婦と顔を合わせていたという。)

 RCK

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