日本における電力自由化の考察

98JB1200 古谷雄一郎

 

 

はじめに

このレポートでは、はじめに日本の電力自由化について概観し、その後Capture Theoryとこれを精緻化させたWilliam .D .Berryの理論を考え、これを通じて電力事業における法的規制が取り除かれていった過程を考えていこうと思います。

 

 

1.日本の電力自由化の概観

1−1.電力産業と自然独占

そもそも、なぜ電力事業が事実上独占状態だったのか考えますと、電力事業は従来「市場の失敗」の一例である「自然独占」として理解されてきました。一般的に商品一つ当たりのコストはその生産量が増えるほど減少する傾向があります。(規模の経済性)しかし例えば自動車であれば、スポーツカー、大型セダン、小さくて燃費の良い車など、それぞれの商品に価格以外の差があり市場が細分化されているために、規模の経済性を発揮し、全体を独占することは難しいです。ところが電力の場合は商品の差別性が殆どありません。また生産コストに占める設備費が大きいことから規模の経済が特に働きます。このため電力産業では大きな会社ほど価格競争力を持ち、結果として独占状態が生まれたのです。また設備の大型化による参入コスト増大も独占に至った理由の一つと考えられます。

 

 

1−2.電力産業を囲む条件の変化

しかし、電力産業の自然独占を支えてきた様々な条件が変わりつつあります。この変化は以下の三つに整理されます。

*  技術革新による、規模の経済性の打破

*  新しいビジネス手法による、参入コスト・リスクの低下

*  法的規制に対する、規制緩和の流れ

 

まず技術革新ですが、発電部門では低コスト操業の可能な新しい設備が開発されました。その結果、新規発電事業者は新鋭機器を装備して参入できます。これは規模の経済性では優位にあるが比較的旧式の設備をも抱える既存の電力会社に比べ、優位であると言えます。また技術革新は電力事業においてより自然独占の色彩の強い送配電網の分離を可能にしつつあるようです。これが行われると、発電部門での既存の電力会社と新規参入者の競争がより明確になされると思われます。

 

さらに近年、新しいビジネス手法として、共同出資や証券化などが見られるようになりました。これは新規参入の際のコスト・リスクを削減します。実際にガス会社が証券化の手法を通じて資金を集め、発電所を建設する動きがあります。また鉄鋼、ガス、化学プラントなど以前から自家発電設備を持っている企業、あるいは発電事業に必要な設備・燃料を確保している企業が、これらをもとに参入するケースもあります。

 

ところで、電力産業は政府による規制、許認可が非常に多いです。近年規制緩和の方向にあるとはいえ、既存の事業者に対しては例えば、発電所の立地・建設・点検・環境基準、料金の決定など細かなところにまで及んでいます。また、新規参入に関しては、1964年の電気事業法では通産大臣の許可が必要とされ、需要への適合性、二重投資の防止、財政的・技術的基礎、事業計画の確実性、公共の利益への寄与等が許可基準となっていました。この法律には需給調整規定はありますが、一地域一社に限定する明白な地域独占規定はありません、ただ現実に参入者がなかったため、事実上地域独占は保証されてきました。

 

以上の技術的、経済的条件の変化か考えると、法的な障壁さえ緩和されれば、電気事業に新規企業の参加が起こり得る素地は揃いつつあったと言えるでしょう。

 

 

1−3.95年4月の電気事業法改正の内容

まず、95年4月の電気事業法改正により、どのような変化が見られたのかを概観します。

*  発電部門への新規電力供給者の参入拡大

火力電源について、一般電気事業者(既存の電力会社)は入札により、IPP(独立系発電業者、いわゆる新規参入の発電会社)から電源を調達できるようになりました。

*  卸託送の制度化

発電事業者が当該地域以外へも電気事業者に対して供給することを可能とし、その間の卸託送を可能にしました。

*  電気料金のヤードスティック査定(改良型総括原価主義)の導入

それまでの原価主義に基づく料金決定(電気料金=コスト+適正利潤)に代えて、地域独占の電力会社に競争意識をもたせ、コストダウンを促すために、毎年各電力会社に営効率化計画を申請させ、効率化の度合いの低い企業の電気料金を減額査定するようになりました。

これらは現在の米国の発電会社を消費者が直接選択する競争市場とは様子が大きく異なるものです。つまり既存の電力会社に送配電線網を残しており、また電力の調整やバックアップなどでも既存の電力会社に頼らざるをえないシステムになっています。

 

 

2.規制政策とCapture Theory

政府が企業などの行動を規制する規制政策は、「市場の失敗」を回避し、公益を守ることを目的として行われるもので、例えば以下のようなものが挙げられます。

*  技術基準と消費者保護

*  健康・安全基準と環境基準

*  競争政策(カルテルの禁止など)

*  産業規制手段(独占企業に対する行動規制、価格規制など)

 

この規制政策についての理論にCapture Theoryがあります。その内容は、被規制グループが規制機関を支配し、captureすることです。規制官庁は、規制を求める拡散された多数(大衆)と、規制に抵抗する強力な少数の (被規制グループ)の競争を通じて設置されます。しかし一度官庁が設置されると、大衆は利益、すなわち公益への脅威を防ぐことを失い、反対に被規制グループは利益を保持するようになります。なぜなら彼らがより具体的な利益を持つからです。

 

例えば電力などの自然独占産業に対する価格規制では、独占企業が受ける経済的影響は大きく(選択的)、一方で個人消費者や納税者に対する影響は小さい(拡散的)ことから電力会社が、例えば消費者や納税者などの拡散された利益に比べ、規制者に対し影響力を及ぼそうとします。その結果、規制者は公益のためではなく、被規制企業の利益となる価格設定をすることが考えられるということです。

 

取締りに必要な情報を、規制官庁よりも被規制者である企業が持っていることから、被規制者がイニシアティブを握り規制政策を作ること、また規制官庁が取締り権限を持つことで、被規制企業の生殺与奪の権利を持ってしまい、下手な取締りができなくなることがこの原因と考えられます。このCapture Theoryの説明には以下のものが挙げられます。

 

*  規制の簒奪型Capture Theory

規制は必ずしも企業にとって不都合なものではなく、場合によっては企業の選好に適合する場合があります。例えば特定の産業分野への参入規制、価格規制において高い料金が認可されること、より厳しくない環境基準などです。以上から企業は一定の形の規制を需要し、規制を簒奪すると言えます。

 

*  規制者の天下り型Capture theory

またこのとき被規制者である企業が、規制者に対して一定のインセンティブ(例えば天下り先の確保など)を示し、自己に都合の良い規制を導き出そうとすることが考えられます。また規制者にとっても、天下り先の確保と引き換えに企業の言いなりになる方が、長期的な効用を大きくする可能性があります。

 

*  ライフ・サイクル型Capture theory

ところで、そもそも規制機関の多くは、スキャンダルなどによって産業に対する市民の不調が絶頂に達した時期に誕生しています。しかし時間が経つにつれ、産業に対する不信感が弱まり、規制機関・産業に対する監視も弱まります。その結果、規制機関は当初の産業規制の目標より、規制対象となる産業との取引を行うようになり、やがて産業の側に規制機関がCaptureされるのだといえます。

 

 

3.Capture theoryに対するWilliam .D .Berryによる精緻化

William .D. Berryは、Capture theoryは以下の二つを前提としていると述べています。

(1)規制機関はその個別の性質と関係なく、常に規制決定過程においてCaptureされる。(被規制グループの支配)

(2)大衆など第三者は規制決定過程において影響を殆どもたない。

つまりCapture theoryとは、規制決定過程は実質的に企業が支配しており、委員・大衆・第三者はこれに影響を及ぼすことができないという考え方だということです。

 

しかし彼は「アメリカの、各州公益委員会における公益事業の価格決定過程の事例研究」において、アメリカの公共料金(電気料金)の決定過程の研究を通じて、この二つの前提は常に成立するものではないと論じています、つまり彼は規制決定過程において次のことが成り立つと結論したのです。

(1)   公益委員会(規制機関)はそれぞれの性質によってCaptureされたり、されなかったりする

(2)   大衆や第三者も規制決定に影響力を及ぼすことがある

ここで言う公益委員会の個別の性質とは、委員の目標(金銭的、非金銭的)、誘因、専門知識の深さ、利用可能な資源などを言います。そして大衆や第三者の規制への影響とは、大衆や消費者団体などが組織されているか、被規制企業以外の利益を重視する規制機関以外の政府機関が、これらが規制過程に参加できるか、委員会の情報にアクセスできるかなどが挙げられます。以下、彼の論文を概説します。

 

 

3−1.委員会の性質

@委員の目標(金銭的)=survive

これは委員がその地位の保全し、十分な政治的支援を保持しようとすることを言います。これには議会や大衆の支持を保つことや、消費者団体や被規制企業から裁判を起こされないことが含まれます。これは被規制企業に対してはcost-of-serviceを尊重し、消費者に対してはその行動、その提供する情報に配慮しようという行動に現れると考えられます。

委員がsurviveしようとすること、言い換えれば、その任期を全うし、できれば再選したいということが、委員の第一の方針で、これは固定されたものと言えます。

 

A委員の目標(非金銭的)=cost-of-service

公益委員会には「あるべき政策目標」が課せられていると考えられます。公益事業の料金規制ではcost-of-service(原価主義、公共料金=原価+適正利潤)がそれにあたるでしょう。この「あるべき政策目標」は委員の第二の行動方針と言えますが、その内容は規制分野ごとに違い、規制機関の管轄分野の形によっても、時代によっても変わり得るものと言えます。また規制の移行期においては、明確な単一の「あるべき政策目標」が見当たらないこともあります。

なお、アメリカの公益委員会は料金規制・企業の行動規制のみを担当し、例えばその産業の保護育成などは他の政府機関が責任を負う形を取っています。

さて、ここまで委員の行動目標について考えてきましたが、委員がどの程度これらの目標に沿って行動するのか、できるのかは、以下で見る変数によって決まると考えられます。

 

B委員会の「professionalismの程度」・委員会の持つ資源

professionalismとは、十分に訓練され、常にその分野の進歩をフォローしている人を言います。委員会のprofessionalismは、委員の指名方法、委員の平均勤務年数、新しい職員に対するjob trainingの程度から推測できます。また委員会のもつ資源は、委員会の職員の数、委員の数、委員の平均年収、委員会の年間の支出などを言います。

ところで委員会の決定過程に消費者などが参加した場合、professionalismの度合いが高ければ、消費者側からの意見・情報を活用することができ、公共料金が低めに決定される可能性が強まります。またProfessionalismは、問題を専門家としての基準に従って解決しようとする、傾向があり、公益委員会がProfessionalismであるほど、その料金設定は原価主義を重視するとも考えられます。

言い換えれば、委員のProfessionalismが高いほど、消費者・第三者からの情報を活用できると同時に、委員はその規制分野の「あるべき政策目標」に沿って行動すると考えられます。

 

 

3−2.大衆や第三者の規制への影響

大衆や第三者の規制への影響について考えると、これは消費者団体や有権者団体などが組織されているか、被規制企業以外の利益を重視する規制機関以外の政府機関が存在し、これらが規制過程に参加できるか、委員会の情報にアクセスできるかなどが挙げられます。

 

C被規制企業以外の利益を重視する規制機関以外の政府機関と消費者の参加

消費者などの干渉行動が起こり、例えば消費者利益を主張するものが手続きに加わると、彼らが議事進行の引き伸ばし策などを通じて委員の地位保全を脅かし得ることから、委員との間で交渉がなされ、料金の決定価格が低く抑えられ得るでしょう。また委員会の必要とする被規制事業の原価や被規制企業の財務状況について多くの情報を委員会は必要としているのですが、消費者側が有益な情報を供給することも考えられます。

つまり規制決定過程において、交渉を通じて消費者など被規制企業以外の利益は影響力を持ち得るし、また情報の提供によってもその決定内容に影響を及ぼし得ると言えます。

 

D情報公開

情報公開がなされると委員会の決定過程が多くの人に知られるようになります。規制の決定が消費者に不都合であれば、組織化された消費者の介入を促進するようになります。結果として、委員会はsurvivalのために、より消費者に都合の良い料金を決定しようとする誘引を持つようになります。

 

 

3−3.補足

E規制分野の複雑さ

複雑な分野では、消費者代表は必要な情報を扱いづらく、規制政策に影響を及ぼしにくくなる。また規制機関の権限の範囲が広がるほど、委員の考慮すべき問題は増え、問題は複雑になり、委員の「あるべき政策目標」は見えにくくなります。その結果情報を多く握っている被規制企業にCaptureされやすくなると考えられます。

 

F規制の基準が存在し、またそれが専門家に受け入れられているか、

広く専門家に受け入れられている規制基準が存在すれば、委員の「あるべき政策目標」は明確になりやすく、委員のprofessionalismが規制政策に影響を及ぼしやすくなります。

 

 

4.日本の電力自由化過程の概観と分析

以上の理論から、Capture Theoryは常に成り立つものではなく、規制機関の性質や、大衆・第三者の関わりかたにより、規制のあり方が異なることが示されました。このことから、規制自由化の進展とは、規制機関の性質や、大衆・第三者の関わりかたの変化であり、国や産業分野間の自由化の違いは、規制機関の性質や、大衆・第三者の関わりかたの違いであろうと考えられます。ここでは、まず、95年の日本の電力自由化について概観した後で、田辺国昭の論文を基に、日本の電力自由化について考えます。

 

 

4−1.日本の電力自由化過程の概観

(1)規制機関の基本政策の変化

まず、オイルショック以後の日本のエネルギー政策ついて考えてみます。通産省・資源エネルギー庁は、エネルギーの基本政策として、エネルギーの安定供給を掲げ、原子力発電の重視、石油備蓄をその柱として活動してきました。ここで原子力発電は長期的な投資の確保を必要とするため、市場の導入に対しては否定的となり、長期的かつ一元的なエネルギー見通しとこれに基づく投資計画の策定と実施を重視したと言えます。

その結果、電力の分野において新しい経済アクター、政策アクターが生まれず、電力事業規制過程に加わるアクターは、既存の10電力会社と通産省のみという状態が続き、電力事業規制過程のアクターの間で計画の策定と執行を通じた電力の安定供給という考え方が支配的となり、電力自由化という政策の正統性が確立されませんでした。このため電力自由化を進めるアクターが現れ、自由化政策の正統性が主張されるようになるのに時間を要したと言えます。

また現在においても、資源エネルギー庁の電力自由化についての諮問機関である電気事業審議会基本政策部会・基本政策小委員会においても、競争導入に伴う弊害に注目する傾向があり、自由化を積極的に推進しようと言う方向ではありません。

 

(2)規制過程に関わるアクターの変化

*  規制機関=通産省資源エネルギー庁公益事業部、業務課

日本では電力事業の規制は、通産省外局の資源エネルギー庁が行っています。ここは国家のエネルギー政策全般を扱っていて、それゆえ電力について価格規制、行動規制はエネルギー問題の一部(特に原子力の観点から、エネルギー安全保障の問題の一部)として扱われる可能性が高く、自由化のみに専念できないと言えます。また電力市場の整備、電気料金などの供給条件を管理していたのは公益事業部の業務課で、この部門が主に日常的に電力会社と接していました。

 

*  被規制企業以外の利益を重視する規制機関以外の政府機関

=通産省資源エネルギー庁公益事業部、計画課 + 総務庁

今回の改正過程では、直接に電気事業の規制を担当する業務部ではなく、電力供給に関する基本的な政策の企画・立案・推進を行う計画課がイニシアティブを握りました。この課は業務課に比べ、若干電力会社と距離を置くことができたといえます。通産省内ではこれ以外に同様に電力会社と距離をおいていた官房などの企画系部局も、自由化の推進に関わっていました。

また総務庁は、行政監察において、平成四年に電力行政を取り上げ、既存の電気会社以外のものによる電力の積極的活用を図る仕組みを構築することを課題として提示し、また同庁が実質的な事務局を担当した行政改革委員会の報告においても、電気事業への競争原理の導入がうたわれました。

 

*  発電部門の潜在的な新規参入者=ガス、鉄鋼、プラントなど

先にあげた資源エネルギー庁の企画系部門は、実際の発電部門への参加が予想される鉄鋼、ガス、プラントなどの業界の企業に接触し、改革後の実質的な経済的アクターとして位置付けました。これらの業界からの代表が電気事業審議会に参加し、電気事業の政策過程に組み込まれて行ったと言えます。

 

*  消費者としての企業

またそれ以外にも、日本の電力価格の高さから国際競争力の低下を懸念する産業界の要請が、強くなっており、これが行政改革などの動きを後押ししたことも考慮すべきでしょう。

 

つまり今回の規制緩和進行の理由には、資源エネルギー庁の企画部局が中心となり、外部の経済団体や新規参入が見込まれる業界などを組み込み、既存の規制ネットワーク内部に新しい支配連合を確立していくことがあったと考えられます。

 

 

4−2.日本の電力自由化過程の分析

ここでは、まず日本の電力行政はそもそもCaptureされていたことを示し、次に4−1で概観した電力自由化についてWilliam. D. BerryによるCapture Theoryの精緻化した理論を通じて分析します。

 

(1)日本の電力行政はCaptureされていたか。

厳密な意味でのCaptureとは「被規制企業が規制過程を支配している状態」を指しますが、ここではもう少し緩やかに解し「規制機関である通産省が既存電力会社に対し過保護政策を取っている状態」または「通産省と電力会社の緊密関係がある状態」として検討します。

 

かつての電力行政は、その規制過程の主なアクターが通産省資源エネルギー庁公益事業部業務課(規制機関)と電力10社(被規制企業)であると言えます。

 

ここで電力行政がCaptureされている場合、起こり得ることとして、電気料金がcost-of-serviceの価格に比べ、高いことが考えられます。つまりコストが甘く査定されているか、適正を超えた水準の利潤が含まれているということです。

電力自由化が導入後の96年1月、電力会社は平均4.21%の料金値下げをしました、それまでも確かに大幅な値下げ(89年の電気料金は、85年に比べ約15%ダウンしている)がありましたが、これは円高と石油の安値が主な要因であり、積極的なコストダウンによるものとは考えにくいです。

また2001年5月にある電力会社が打ち出した経営目標に「2005年までに20%のコストダウン(99年比)」というものがあること、さらに各社がコストダウンのため、人員の採用を抑制し(98年度は10社合計で前年度比280人以上減)、設備投資額を削減(ある電力会社は93年度から98年度の5年間で42%削減)していることを考えると、それまで通産省はコストについて、厳しくは査定していなかったのではないかと思われます。また今回の自由化と前後して、主に火力発電の分野で一部の点検についての規制が緩和されたことも、このコストダウンの背景にはありますが、これも言い換えれば通産省が電力の高コストをある程度受容していたからだと解釈できます。

以上から、通産省は電力会社に対し、過保護とは言えないまでも、コストに関しては比較的甘い規制をしていたのではないかと思われます。

 

次に電力行政の規制機関がCaptureされることで、どのような利益があったのかを考えると、通産省資源エネルギー庁の長官・次官クラスが電力会社の副社長として天下りをするケースが見られ、通産省側からはCaptureされることに、利益があると言えます。

また初期投資が巨額である原子力を推進するには電力事業に参入規制が必要と言えますが、資源エネルギー庁は原子力関係の許認可権をもっており、原子力を保護することはその利益に適い、結果として自由化を妨げることも考えられます。

 

以上から、自由化以前の電力事業はCaptureされていると言え、またこの過程の主要なアクターである通産省と電力会社は大きな変化を望んでいなかったと考えられます。

 

(2)William. D. Berryの理論を通じての分析

電力自由化は、電力産業の自然独占を支えていた技術的、ビジネスモデル上の限界がその発展により取り除かれ、法的規制の緩和さえあれば、自由化が現実化する状態にあったことが前提となり、その上で、産業界からの電力料金引き下げを目的とした規制緩和の要求が高まったことがそのスタートと言えます。

 

通産省・資源エネルギー庁内で、それまで電力について日常的な規制権限をもっていなかった計画課、官房その他の企画系部局が、これを新しい権限獲得のチャンスとして、ガス・鉄鋼・化学プラントなどの潜在的な参入者を組織化し、規制過程に巻き込もうとし、またこれらの産業もこれを新しいビジネスチャンスと見なして電力産業の規制過程に新たなアクターとして加わったと考えられます。さらに製造業を中心とした産業界もこの動きを支持しました。この新たに加わったアクターの中にはトヨタのように世界各国で電力を市場で調達している企業もあり、電力自由化に関して具体的かつ積極的な意見を規制機関に供給したと言えます

つまり日本の電力自由化のケースにおいても、規制過程への新たなアクターの参加が、規制過程の監視し、規制官庁に情報を供給し、その規制内容がCaptureから遠ざかることが示されたと言えます。

また通産省資源エネルギー庁が、電力産業の規制とエネルギー安全保障の両方を受け持ち、その考慮すべき政策課題の範囲が広かったことも、かつてのCaptureの原因の一つとも考えられます。

 

また米英などでの電力自由化の成功により、自由化が安定供給を損なわず、しかも安価な電力供給を実現していること、政府全体の規制緩和への流れなどが、規制機関の非金銭的な目標に影響を与え、それまでの「長期的見通しに基づく計画策定と実行」という目標よりも、「自由化」という目標が意味を持ち始めたと言えます。このような「委員のあるべき政策目標」(非金銭的目標)が規制機関の行動目標に影響を与え、結果として規制のあり方を変えることを示したと考えられます。

加えて、電力産業の規制のあり方についての諮問機関の意見が、自由化の意義を認めつつ競争導入に伴う弊害に注目する傾向があり、自由化を積極的に推進しようと言う方向ではなく、また実際の電力自由化も、アメリカのような徹底的なものではなく、部分的・段階的に進められていることも、この関係を示していると言えましょう。

 

 

(補足).米国との比較

米国における、自由化に対する規制機関の基本的なスタンスを考えますと、1970年代のオイルショックの際、再生可能エネルギーを用いる小規模発電施設やコージェネレーションなどの分散型電源を促進しました。一定基準をクリアしたものを認定施設とし、電気事業者にその余剰電力買い取りを義務付けています。(パルパ法=Public Utility Regulatory Policy Act) また1980年代後半に環境問題が強まり、新規の電源開発コストが上昇し、電力会社は需要の伸びに対応できなくなった時、この差をIPP(独立系発電事業者)が埋めました。IPPは市場価格により、電力会社に電力を販売しました。

 

その結果、認定施設、IPPなど新しい発電主体が生まれ、これらの事業者の連合体が形成され、新しい政治アクターとしての利益団体となり、それまで電気事業規制過程は公益委員会、議会、電力会社の三者により占められていましたが、この利益団体の参加により自由化が進められることとなりました。IPPが比較的安価に電力を電力会社に供給したことから、市場原理に基づく電力自由化の優位性が示されています。

 

またアメリカの規制緩和について考えると、連邦制という制度がこれを加速化させた面があると言えます。まず規制機関について考えると、米国では州を超えた送電線部門は連邦政府が、その以外の部門は各州政府が担当していて、各規制機関同士の監視、競争が働く可能性があります。また各政府においては一般に独立機関である、公益委員会が設置され、これが電力料金や電力会社の行動規制を行っています。公益委員はこれ以外のこと(例えばエネルギー安全保障政策)などには関与しないため、規制緩和が起こったときは、これに専念することが可能であると考えられます。

 

また州政府間の競争もあります。つまり州を越えて企業が自由に移動できることから、各州は自州の電力価格を抑えようとし、また電力規制に関して主要な需要家である企業の発言力が強くなり、そのため規制緩和が電力価格を低下すると考えられた場合、各州の間で電力規制緩和の競争が起こると考えられます。

 

ここでも、規制政策の変化においては、(1)規制過程に参加するアクターの変化、特に新しいアクターの参加と、(2)規制機関の考える「あるべき規制政策」目標の変化、の二つが重要な役割を果たすことが示されたと言えるでしょう。

 

 

まとめ

William .D .Berryを通して、規制形成過程はcapture theoryが述べるほど単純なものではなく、以下の二つが大きな役割を果たしていることが分かった。

(1)          規制過程に関わる消費者や第三者、情報公開などにより大きく影響されること

(2)          規制機関の目標、すなわち「あるべき規制政策」目標や、そのprofessionalismの程度、用い得る資源、

またこの二つに変化が起こるとき、規制も変化すると言え、このことを日本の電力自由化過程において示すことができた。

 

なお、95年の電気事業法改正に続き、99年の改正で電力の小売競争を大口需要者に対して導入する「部分自由化」が導入されました。これらを通じて、少しずつではありますが、新規参入企業が増え、その供給量も増えており、既存の電力会社との価格競争も見られています。この過程において、(1)新規参入者の規制過程における発言権が強化され、(2)自由化による電気料金の低下、また新規参入企業の供給の安定性が示され、自由化の優位性が示されれば、いっそう自由化が進むと、私は考えます。

 

ただしアメリカと比べ、行動規制・料金規制を行う官庁、エネルギー安全保障・日常業務などを扱う官庁が未だに経済産業省資源エネルギー庁にまとまっていていることが、規制緩和のブレーキにならないかという思いがあります。たしかに競争政策については公正取引委員会が対処するので独立的規制機関は必要ないのかもしれませんが、しかし所轄省による規制権限の保持は、規制緩和を進める中で規制強化につながらないでしょうか。今後の電力自由化の進展に注目していきたいです。

 

 

参考文献

*  William.D.BerryAn Alternative to the Capture theory of Regulation: the case of State Public Utility Commissions」『American Journal of Political Science』V28,3 P524-558 Year:1984

*  田辺国昭「電力産業の規制緩和の比較研究―日本とアメリカを例に」『レヴァイアサン』第24号、78-98頁、1999年

*  野村宗訓「公益事業改革の日英比較」『レヴァイアサン』第24号、99-122頁、1999年

*  Sumon. Hix 『The Political System of the European Union』P211-240

*  Paul A. Samuelson & William D. Nordhaus、都留重人訳『Economics』P495-629