Matsushita Elec. Indus. Co. v. Zenith Radio Corp. 475U.S.574(1986)

初出 1999/7/6
[最新更新]Monday, 30-Oct-2006 17:16:54 JST

略奪的価格設定の可能性について十分な立証がなされていないとして、 シャーマン法第1条の違法性がsummary judgmentで否定された事例




[事実]

原告(以下X)は,テレビを生産しているアメリカの家電企業2社であり, 被告(以下Y)は,日本の家電会社及びそのアメリカ子会社等で日本製品を販売するもの (計21社)である。

対米テレビ輸出の急増に伴い,貿易摩擦の激化を恐れた日本の通産省は, 日本のテレビ業界に対して輸出の自主規制を行うように指示し. 輸出入取引法に基づく輸出カルテルを結成するように促した。 家電企業は1963年 輸出カルテルを形成,チェックプライス制を採用して 輸出価格の最低限を定めた。

Xは, シャーマン法1条及び2条,1916年アンチダンピング法違反等を理由に, 本訴を提起した。(1970,1974年にそれぞれ提訴された訴訟が1974年に併合されている) Xの主張は,Yは1953年以来,違法な共謀(conspiracy)によってXをアメリカの 家電市場から駆逐するために, 日本でテレビの高価格を維持し,一方でアメリカ市場で低価格を 維持してきたためにXは損害を被っているというものである。 Xは,実損害の3倍賠償(treble damages),即ち約18億ドルの損害賠償を求めた。

第一審の連邦地裁裁判所は, 開示(discovery)手続きで X側の経済学者専門家証人の証言を 証拠能力がない(inadmissible)として 排除した。 そのうえでY勝訴のsummary judgmentを下した。 その理由は,(1)証拠のいくつかは共謀を示すが,それは原告に損害を与えるものではないし,(2)それより確からしい推論(inference)はYが独占目的ではなく競争目的のために低価格にしたというものであり,Xはこれを反証できていないというものだった。

第二審連邦控訴裁判所 はXの上訴を容れY勝訴の原判決を破棄した。 地裁で排除された専門証人の証拠能力を認め(この点は, 裁量上訴(certiorari)の範囲外),その上で, 状況証拠からの推論には限界があるものの 行為の共同について直接証拠がある場合は違うという。 日本市場で高価格を維持し,そこからえた不当な利益を用いて, アメリカ市場からアメリカの競争相手を駆逐しようという共謀については 直接証拠があるというのである。

これに対しYは合衆国最高裁に裁量上訴した。

[争点]

ここでの争点は次の2点に制限された。
(1)Y勝訴のsummary judgmentを否定したことの違法性,
(2)Yの外国政府による強制の抗弁の可能性 (結局2は判断されなかった)。

[結論]

Yの裁量上訴理由のうち(1)を認めて, 合衆国最高裁は5対4で原判決を 連邦控訴裁判所に対し破棄差し戻した。[後にY勝訴が確定した。 In re Japanese Elec. Prods. Antitrust Litig., 807 F.2d 44 (3d Cir. Pa. 1986), cert. denied, Zenith Radio Corp. v. Matsushita Elec. Indus. Co., 481U.S.1029(1987) ]

[理由づけ]

Powell裁判官(Burger, Marshall, Rehnquist, O'Connor裁判官が同調) は次のように法廷意見を述べる。

日本市場でカルテル行為があるというだけでは,アメリカ独禁法は適用されない。 アメリカ市場における競争価格以上の価格設定の共謀についても原告は損害賠償 を請求できない。 これは,アメリカ独禁法上の違法なカルテル行為だが, 競争相手のXには,むしろ利益になっているからである。 また市場価格を押し上げたり生産制限につながる非価格制限行為も 競争相手にはむしろ利益になるから,同じことである。 これらの証拠は,Xの損害を示す直接証拠ではない。この点で原審は誤っている.

しかし,以上の共謀の証拠は,他の共謀を立証する状況証拠になる。 それは,市場価格を下回る価格設定によりアメリカ市場を独占するという 共謀, 即ち日本市場であげた独占利潤で,アメリカ市場における略奪的価格設定 (predatory pricing) を行い,アメリカの競争相手を市場から駆逐し, これに成功した暁に,カルテル行為,生産制限,競争価格を上回る価格設定等を 行い独占利潤あげるという共謀である。

原審は,これが証明されればシャーマン法第1条の当然違法(per se violation) だという.これについてYは争っていない.

争点は,果たして,summary judgmentを否定するだけの十分な証拠があるか どうかである。 そのためにはXは,違法な共謀の他にそこから生じた損害を示さなければならないし, 真正な争点の存在を示さなければならない。(連邦民事訴訟規則56条(c),(e))

summary judgmentの 被申立人 は,重要な事実に関する疑いがあることを抽象的に示すだけでは足りない。 正式事実真理のための真正な争点があることを示す特定の事実を提示しなければなら ない。 一件記録全体からみて,合理的な事実認定者ならば被申立人の主張を 支持できない場合に真正な争点はないとされる。 Xの主張がありえなければ,換言すれば,経済的に意味をなさない ならば,被申立人Xは,より説得的な証拠を提出しなければならない。 確かに,この場合, 事実からの推論は被申立人に最も有利に解されなければならない。 しかし,反トラスト法では,曖昧な証拠からの推論には限界がある。 違法な共謀と許容される競争,いずれにも適合する行為というのはそれ 自体としては,違法な共謀を推論しない。 Xは,違法な共謀を推論することが, Yのそれぞれ独立した行為だという推論や, 共同行為であってもXに損害を与えていないという 推論に比してより合理的であるということを示さなければならない。

Yは,X主張の共謀は,経済的に非合理的であり,実行不可能だと主張している。 略奪的価格設定は経済的に起こりにくいし,起こったとしても成功しにくい。 自己の損害を回復できるだけ,長期にわたり独占を維持するのは不可能であり, ましてや多くの共謀者がいるときは無理である。 独占力獲得の可能性が少なければさらに仲間内で出し抜く者がでてくる。 本件では,20年も共謀して,現に成功してない。 確かに,Yのシェアは20%弱から50%にせまっているが,これでも 独占価格の設定は無理である。 Xは共謀はまだ今も続いており,YはXを駆逐しようとしていると主張するが, 現状はこの目標からほど遠い。 このことは,共謀が存在していないという強い証拠である。

ここでは違法な共謀を罰する利益と,正当な競争行為を阻害する可能性との比較衡量が 必要である。 Yは,アメリカ市場で価格を押し下げているが,これは競争の本質を示す。 一方,略奪的価格設定は,ほとんど成功しないのだから, 法によって予防するまでもない。

Yの動機は,X主張のようではありえない。 原判決は次の二点で誤っていた。 第一に,直接証拠は略奪的価格設定の共謀には無関係である。 日本で価格を上げる共謀はアメリカでの損失をカバーする共謀の存在を推論しない。 また, チェックプライス制は,価格をそれ以上下げない下限を定めるのだから, Xの主張に合致しない。 アメリカの販売業者の数を制限する5社ルールも,水平的地域的配分を促進するかもしれないが,その効果は,価格を押し上げるのであり,やはり,Yの主張に有利である。 第二に,Yの動機の欠如の可能性を考慮にいれなかった。 こちらはまさに真正な争点に関連している。 Yの行為が示しているのは,正当な競争行為か,あるいは,価格を上げるという共謀の可能性のみであり,違法な共謀を行う経済的に合理的な動機が無いことを考慮すれば, 真正な争点が存在するとはいえない。


少数意見を代表しWhite裁判官(Brennan, Blackmun, Stevens裁判官が同調)は次のように判示した。

summary judgmentについての一般的な要件論は法廷意見に賛成する。 多数意見の引く先例は,すべての証拠は,被申立て人に有利に解されるべきだという法理を弱めるものではない。 しかし,なるべく事実についての推論は陪審に任せるべきであるのに, 多数意見では,裁判官は,共謀の推論が,よりあり得るかどうかを自ら認定しなければならなくなる。これは,まさに正式事実審理でなすべきことである。

地裁で排除され,控訴裁で認められた証拠に,専門証人Aの報告があり, それによれば,Yは日本で高価格を維持することで国内消費を低下させ アメリカへの輸出増をもたらしていること, Yは自己のグループ内の競争を避けていることが示されていた。 これらの事実からXが損害を受けることは十分考えられるから, 事実に関する真正な争点があるというに足りる。

多数意見は,自分の経済学の学説の方を好むだろうが, そのことは,陪審に,Aの学説について考慮する 機会を認めないという理由にはならない。

多数意見は,直接証拠が略奪的価格設定の共謀に関連していないと いうが,原審は, 5社ルールだけでなく,日本におけるカルテル活動,対米ダンピング, 長期のコスト割れ販売の証拠を総合して,事実認定者は合理的に 略奪的価格設定の共謀を推論できると判断していたのである。

多数意見はYの動機の欠如を問題にする。しかしどうしてYの 略奪的価格設定についてそれほど懐疑的になる必要があるのか 理解しがたい。裁判所は重要な事実に関する真正な争点についてだけ みればいいのであり, それがある限り,この点についても正式事実審理によるべきである。

[コメント]

事実認定を行う民事陪審を裁判所がコントロールする手段としては, 指示評決(directed verdict)や評決無視判決(judgment n.o.v.) といったいわゆる法律問題判決(judgment as a matter of law;連邦民事訴訟規 則50条参照)と並び, 正式事実審理(trial)前の判決としてsummary judgmentがある。

summary judgmentの要件として,連邦民事訴訟規則56条(c)は, 「重要な事実に関する真正な争点(genuine issue as to any material fact)」 が無いことを掲げている。 これが満たされれば,法律問題だけを判断すればよいので 正式事実審理を開かずに裁判官限りで判決を下すことができる。 本判決の直接の問題は,この要件の有無であった。

本判決は,現代的訴訟ないし複雑訴訟(complex litigation)の一つの典型 事例である。 正式事実審理に入る前のpretrialの段階に 十数年を費し,開示手続から出てきた証言調書は10万ページにも及んだ。 仮に正式事実審理になればおそらく1年を要しただろうといわれ, その場合に陪審がどれだけ十分な理解力・事実認定能力を示すだろうかという 疑問が提起されていた。

多数意見は,一つの解決方法として シカゴ学派経済学の観点から, 略奪的価格設定の可能性自体を低くとらえ, いわばこの問題を法律問題であると分類することにより 裁判官限りの判決を導いたといえる。 しかし,これには,陪審の判断すべき事実問題の範囲を不当に制限するという 反対意見からの根強い批判が存在している。

本判決は,同年のCelotex v. Catrett,Anderson v. Liberty Lobbyとともに 三部作(trilogy)と呼ばれ, 連邦の法域におけるsummary judgmentにつき次のような基準 を示したものとして重視されている。 本案の立証責任を負う者がその事実に関する真正な争点について なんら証拠を提示できない場合は,相手方はsummary judgmentの申立て をすることができ, しかもその場合,申立人は 被申立人の本案の請求を否定するだけの証拠を提出する必要はない。 (連邦民事訴訟規則56条(e)) 事実に関する真正な争点の判断基準は,summary judgmentの 被申立人の証拠を信じかつそこから引き出される被申立人に有利な推論を 前提に判断されるのだが,本判決は, この大枠の中でsummary judgmentの活用範囲を広げたものと評価されよう。

しかし,一定の経済理論に依拠して,争点を常に法律問題とすることには 限界がある。実際の市場の実勢がどうなっているか個々に 検討を加えるべきである場合には,事実問題と 分類すべき場合があるからである。例えば,抱き合わせ取引について シャーマン法1条2条の違法性が争われた, Eastman Kodak v. Image Technical Services(1992)では, 本判決とは逆にsummary judgmentは認められなかった。 (法律問題として、完成品のコピー機の市場で市場力がないとしても、 部品とサービスの市場における市場力を持つ可能性がないとはいえないという。)

本判決の実体法上の判断は非常に狭いことに注意すべきである。 本件では 略奪的価格設定につき, 日本企業の水平的価格協定の共謀がもし立証されれば, シャーマン法1条の当然違法の原則(per se illegal rule) に該当するという点で当事者に争いがなかった。

そのために, シャーマン法1条2条で 違法な略奪的価格設定の基準自体をどうすべきかについては本判決は 最終的な判断を下していない。 この点につきBrooke Group Ltd. v. Brown & Williamson Tobaccoo Corp.(1993) を参照。

本判決は,日米経済摩擦を象徴する事例として, 内外の学者の注目を集めた。 そこでは, アメリカ経済法における,日本側の輸出自主規制の意味づけ,外国政府強制理論 (Yはこれを主張していた),アンチダンピング法との関係,域外適用 等の論点について議論が盛んになされている。

[参考]

関連判例一覧

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芹澤英明
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