Markman v. Westview Instruments, Inc., 517U.S.370(1996)

初出 1999/7/14
[最新更新]Friday, 24-Jan-2014 16:47:37 JST

特許法におけるクレームの解釈は陪審ではなく裁判官が行うべきであり、 そうしても憲法第7修正の違反にはならないとされた事例




[事実]

Markman(原告、以下P)は、WestviewとAlthon Enterprises(被告、以下D)を相手取り、 本訴を提起した。 Pは、合衆国の特許No.33,054の権利者であり、その特許は、「ドライクリーニ ング屋の在庫管理、記録報告システム」に関するものだった。 この特許は、 ドライクリーニングの工程中、洋服の状態、位置、動きについてモニターし報 告するシステムについて記述していた。 Pのシステムは、キーボードとデータプロセッサからなり、ドライクリーニン グプロセス中の洋服の進行具合を記録する従業員が光学読み取り機で 読み取るバーコードを含む記録書面を生成する。 Dの製品は、やはりキーボードとプロセッサを含み、手持ち操作の光学読み取り機 で読み取るバーコードの紙片上に料金をリスト化するというものだった。

Pの提起した本訴に対し、Dは、特許権侵害はないと争った。 Dによると、Dの製品は、インボイスと取引総額を追跡することで受領勘定の在庫 を記録するだけであり、洋服の在庫を追跡記録するものではないというので ある。 ここでは、Pの特許のクレーム1に見られる「在庫」という用語が争点の一つとなっていた。 そこには、Pの製品は、「在庫の全体を維持し」、「在庫に対する見かけ上の増分 を発見し特定化」できると書かれていた。

陪審審理の結果、 陪審は、当該特許をDの製品と比較し、Pのクレーム1とクレーム10の侵害を 認定した。(P勝訴評決) しかし、連邦地裁は、Dの申立てを認めて、 D勝訴の、評決と異なる判決(judgment as a matter of law)を下した。 その一つの理由は、Pのクレームの「在庫」という文言は、「在庫品総価格の みならず、物理的な洋服の在庫も含む」からというものだった。 つまり、この解釈によると、 ドライクリーニングの追跡記録システムの製造、販売、 利用は、問題の製品がクリーニングプロセス中の洋服を追跡記録しそ の状態や位置を報告できない限り、特許権侵害を構成しないというのである。 Dのシステムはこのようなことはできないのであり、 クレーム1に書かれているような 「在庫の全体を維持」する手段はなく、また、「在庫に対する見かけ上の増分 を発見し特定化」することもできない。 772F.Supp.1535,1537-38(E.D.Pa. 1991)

Pは、クレームの「在庫」という文言の解釈について、陪審の認定に代え、裁 判所が自己の解釈によった点に違法があるとして上訴した。 しかし、連邦控訴裁判所は、上訴棄却し原判決を支持した。 その理由として、 クレームの解釈は、裁判所の排他的領域に属し、また、 憲法第7修正(民事陪審を受ける権利規定)も、この結論に適合的であるとした。 52F.3d967(Fed.Cir.1995)

Pの裁量上訴

[争点]

(1)特許のクレームの文言解釈は、裁判官と陪審のどちらの職務に属するか。
(2)仮に前者だとすると、それは、 憲法第7修正の民事陪審審理を受ける権利の侵害にならない のか。

[結論]

Souter裁判官の法廷意見(全員一致)
上訴棄却(D勝訴)

(1)特許のクレームの文言解釈は、陪審ではなく、裁判官が行う。
(2)特許のクレームの文言解釈を裁判官が行うことは、 憲法第7修正の民事陪審審理を受ける権利の侵害にならない。

[理由づけ]

合衆国憲法第1編8節8項は、連邦議会に、科学の進歩と有用な技芸を発展させ るために、著作者の著作や発明家の発見に、排他的な権利を一定の期間付与す る立法権限を認めている。

特許は、発明の厳密な範囲を限定し、特許権者に自己の権利範囲を確保すると ともに、一般公衆に自由とされる領域を通知せしめなければならない。 これらの目的は、現代の特許法では、特許文書の二つの要素によって達成され ている。それは、すなわち、第一に、その技術に習熟している者がそれと同じもの作っ たり利用したりできるような、完全、明確、要約的、厳密な用語でその発明を 記述した明細書(specification)であり、 第二に、申請者が自己の発明としてみなしている対象を明確に特定する1また はそれ以上の「クレーム(claim)」である。 クレームは、付与された特許権の範囲を規定する。 そして、その発明自体の複製を禁止するだけでなく、重要でない変更を加える ことでクレームの文言を回避するような発明からなる製品も禁止する機能を 果たす。

典型的特許権訴訟は、特許権侵害の主張、すなわち、特許期間内に合衆国内で 被告が無権限で特許にかかわる発明 を製造、利用、販売したという主張を根拠にして起こされる。 35U.S.C.§271(a) 特許権侵害訴訟では、特許のクレームが、侵害者の製品やプロセスをカバーして いるという認定が必要になるが、このことは、クレームの文言が何を意味する のかということの決定を前提とする。

最高裁は、 憲法第7修正 にいう民事陪審を受ける権利とは、 この憲法修正が制定されたとき、イングランドのコモンローにおいて存在して いた陪審審理を受ける権利を維持するものであると理解してきた。 このような歴史的テストにしたがい、まず、当該訴訟が、 憲法制定時に存在していた訴訟原因(cause of action) であるか、あるいは、 存在していた訴訟原因に少なくとも類似的なもの であるかどうかを審査する。 これが肯定されたとして、 次に、trialにおける特定的な決定事項が、1791年に存在していたコモンローの実質 を維持するために、陪審に委ねなければならないかどうかについて審査することにな る。

上記第1の点、訴訟原因の性質についての分析は、 問題の制定法上の訴訟を、コモンロー裁判所とエクイティ裁判所が融合する 以前の、18世紀イングランドにおける訴訟と比較して行う。 今日の特許権侵害訴訟は、18世紀のコモンロー裁判所で審理されていた侵害訴 訟に遡ることができ、そこでは陪審審理が行われていたことも争いがない。

次に、第2の点、陪審審理の中で争われる特定の争点について、陪審審理を受ける権 利を維持するために必要という理由から 必然的に陪審に委ねなければならないかどうかについて審査する。 これは、ある場合には、当時のイングランドの実務がどうなっていたかという歴史的な 証拠によって簡単に決定できる。 しかし、本件のように、これでは明確な解答を得られない場合がある。

最高裁は、繰り返し、陪審がその責務を負うことが 「コモンロー上の陪審審理を受ける権利の実質を維持す るのに必要か」どうかという基準により、この問題を処理してきた。 陪審制の本質に内在的であり基本的(fundamental)とされる問題についてのみ、 議会の立法権限の外に置かれるべきであるというのである。

「コモンロー上の陪審審理を受ける権利の実質」という基準は大まかなもので あるので、最高裁は、 手続・実体の区別に言及することで、この基準をより明確にしてき た。また、争点を法・事実に区別することで線を引くということも言ってきた。

しかし、 より健全な方法は、それが利用可能である場合には、 雑種的な実務を、歴史的な方法を使って分類すること である。明確な前身が存在しないときは、最良の類似性を求めて、 現在の実務と以前の実務を比較することでなんとかするしかない。

1790年以前には、現在の特許のクレームの性質をもったものは、イギリスにも アメリカにも存在していなかった。 したがって、現在の制度の明確な前身を見出すことはできない。 クレームは、1836年の法律で制定法上認知され、1870年の法律で制定法上の 要件となった。 クレームが、記述や図表と同様の重要度を持つようになったのは、1870年 の法律が制定されたころに遡るだけである。 初期の特許訴訟は、特許の本質部分が公衆に開示されていたかどうかを争う新 規性訴訟(novelty action)や、明細書が製品の複製を許すだけ十分発明を記 述しているかについて陪審に決定させる実施可能記述性訴訟(enablement action)と呼 ばれるものだった。

したがって、現在のクレームに最も類似性のある18世紀の問題は、明細書の解 釈をめぐるものだったように思われる。そして、わずかに見つかる当時の判例 法は、アナロジーにより、 今日のクレームの解釈を陪審に委ねるべきであるという主張を支持するほど、 はっきりと確立した陪審実務を示していない。

当時、他の文書の用語が問題になる訴訟に照らしてみても、 特許訴訟で書面の解釈について陪審が解釈を下していたということは根拠がな い。なぜなら、他の事件において、当時文書の解釈は、陪審ではなく裁判官が 行っていたことが知られているからである。 特許訴訟についても同じだったことは、明細書に関する訴訟で、明細書の解釈 を裁判官が行っていることを見ても推測できる。 クレームの解釈について、憲法制定当時のコモンローの実務に関する証拠は 第7修正の適用を支持しない。

したがって、 裁判官と陪審についての職務分担の決定は、他の基準によらなければならない。 ここでは先例をみて、裁判官と陪審の相対的なクレーム解釈技能を考察し、ま たこのような分担の決定により促進される制定法上の政策についても考察する。

19世紀後半Curtis裁判官は、特許状の解釈、発明の記述、クレームの明細は、 法律問題として裁判所により決定され、侵害行為の有無は、事実問題として陪 審により決定されると述べていた。

これに対し、Pは、特許文書の技術用語の意味について決定するのは陪審の職 務であったと主張している。 しかし、Pが依拠する先例は、いずれも、特許文書解釈とは異なり、 複数特許の間の発明の同一性をめぐるものであった。 (Bischoff v. Wethered, 9Wall.812(1870), Tucker v. Spalding, 13Wall.453(1872)) 確かにこの区別は、微妙なものではあるが、最高裁は、 陪審と裁判官の役割を説明するために繰り返しこのような線引きを行ってきた のである。

19世紀後半の学説もまた、裁判官説にくみしている。 むろん、裁判官は、技術や科学用語の意味について必要な知 識を必ずしも持っているとは限らないので、しばしば専門証人の証言に依拠しな ければならないが、このような証言に盲従する必要はないとされていた。 (A.Walker,Patent Laws, §189 (3d ed. 1895); 2W.Robinson, Law of Patents §732(1890) )

歴史や先例が明確な解答を提供しない場合、機能的な考察もまた陪審と裁判官 の選択に関して役割を演じる。 争点が、 明解な法的基準と単純な歴史的事実との間のどこかに位置づけられるとき、事 実と法の区別は、陪審と裁判官のいずれがその争点を解決 するのにより適しているかという、健全な司法運営の問題として決定される。 文書の解釈は、まさに、裁判官がしばしば行い、陪審よりも良くできることの 一つであろう。 裁判官は、専門領域と訓練により陪審よりも適切な解釈を行う可能性が大きい。 Pは、用語の意味の確定には、証人の証言の信用性という問題が含まれるので 陪審に決定させるべきであるというが、 証言の信用性の問題は、文書で使用されている用語の意味は文書全体に適 合的に定義されるという特許文書全体の洗練された分析に包摂されると考 えられる。

最後に、特許の統一的取扱の重要性が、特許クレーム解釈の全問題を裁判官に 委ねるべきだということの独立した理由になると考える。 このような統一性のために連邦議会は、特許事件の排他的上訴管轄を備えた Federal Circuit連邦控訴裁判所を創設したのである。クレーム解釈を 陪審の領域にすると、この統一性が損なわれる可能性が高まる。

以上の理由により、本件の「在庫」という文言の解釈は、裁判官が判断すべき 争点であり、Federal Circuit連邦控訴裁判所の判決は維持される。

[コメント]

本判決のSouter裁判官の理由づけは、この裁判官らしい綿密な先例への言及に彩られて いる。 ここで登場する、歴史、先例、機能的考察 という三つの論拠の論理的関係はどのようになっているのか。

Souter判決の論理構造は、 第7修正上の民事陪審を受ける権利について、 憲法制定当時、特許法のクレームという制度が存在しなかったことから、 歴史的証拠に決定的なものがないことを述べ、 さらに類似的な訴訟を探索し、特許の「明細書」の記載をめぐる訴訟、さらに 広く特許以外の文書の解釈をめぐる訴訟についての先例を検討して、 そこからも陪審が文書解釈を行っていたという 決定的な歴史的証拠発見できないことを指摘している形になってい る。

このようにして第7修正上の違憲論を原意主義(originalism) によって退けた後に、先例に基づき、 陪審と裁判官とで解釈技能の優劣を端的に比較し、 健全な司法運営と制定法の政策目的からの論拠を加えて、 裁判官によるクレーム解釈が連邦民事手続法上も適法であることを導いている。 つまり、この後半部分は、Souter裁判官にとって、第7修正に関する憲法判例ではないのである。

Souter裁判官は、その判旨の脚注10)で、本判決は、 先例に依拠して陪審ではなく裁判官が扱う法律問題であるとしたのだから、 第7修正が法律問題・事実問題の区別をどこまで固定化しているかとか、1791年以降 の先例が仮に事実問題と性格づけしている場合に第7修正の保護をもたらすかどうかといった論点につ いては、全く判断をくだしていないことを明言している。

この理由づけの強みは、 表面上の印象とは裏腹に、 第7修正の民事陪審を受ける権利が適用にならないことを示した後の部分にある。 クレーム解釈という争点について、原意主義(originalism) は、陪審を受ける権利について 決定的な証拠を出すことができないという点だけ、換言すれば、 第7修正上の人権の存在を否定するだけのために働いているのであって、 後半部分は、19世紀後半の先例に依拠し、 先例法理に体現された陪審と裁判官についての職務分担の合理性を、 先例解釈の伝統的手法に基づいて導きだしているのである。

クレームの解釈を陪審ではなく裁判官に委ねる根拠として、 歴史、先例、機能的考察は、それぞれ独立の理由づけとしてあげられており、 論理的にみれば、どれか一つが結論を導くのに 決定的な役割を果たしているわけではない。 しかし、 Souter裁判官の理由づけで要の位置をしめているのは、 歴史(原意主義)でも、機能的考察でもなく、 先例による理由づけであることに注目すべきである。

[参考]

参考リンク 参考判例

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芹澤英明
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