対談「離婚訴訟、離婚に関する法的規整の現状と問題点――離婚訴訟の家裁移管を控えて」

インターネットに掲示するにあたって

　現在、法制審議会では、人事訴訟法分科会を設置して、人事訴訟の家庭裁判所への移管、家庭裁判所調査官制度の拡充及び参与員制度の拡充など、家庭裁判所の機能の充実を図ることにより、民事司法制度をより国民に利用しやすくする観点から人事訴訟手続法の見直しに関する審議を行っている。筆者はこの改正作業に関与していないが、ここに掲載する対談の筆者の発言部分には、この改正に内容的に関連する箇所があるので、関係各位のご了解を得て、ここに掲示する。対談相手は、裁判官で、保全・民訴の研究でも知られる瀬木比呂志氏（対談当時は千葉地裁判事、現在は東京地裁部総括判事）である。なお瀬木氏は、評論や創作などの執筆活動をされる筆名・関根牧彦氏でもある。

　人事訴訟手続法の見直し等に関する要綱中間試案でうたわれた参与員制度の拡充などに、筆者は疑問を持っている。家族間紛争は、将来ともに人間関係を維持する必要がある場合が多いが（とりわけ子の両親）、紛争を避けたり終結させたりする方法については、きめ細かく考えなくてはならない。当事者の心理学的な納得と、法的に公平な結論の確保が、双方ともに得られるのが望ましいとしても、あくまでもこの両者は、別物である。平等な当事者として裁判所で対立することの難しい弱者を援助する家庭裁判所の特徴は必要であるが、それは法による正義の裏付けのない権威者の説得を意味するものではない。離婚紛争についても、親子関係訴訟についても、きめの細かい議論の蓄積が従来あまりにも不十分であったことが、立法作業に悪影響を与えないことを期待する。

２００３年１月９日
水野紀子

対談「離婚訴訟、離婚に関する法的規整の現状と問題点――離婚訴訟の家裁移管を控えて」

平成一四年三月九日（土）

　離婚訴訟については、離婚原因についての考え方として、従来から、消極的破綻主義と積極的破綻主義の対立があり、その争点の設定のあり方をも含め、様々な議論がなされてきた。また、離婚給付のあり方や算定方法についても、法社会学的な観点にまで及ぶ議論や意見の対立がある。さらに、現在検討中の離婚訴訟の家裁移管後の訴訟のイメージについては、その具体的分析が進みつつある状況である。

　本対談は、今後の議論の一つの素材として、以上のような論点を中心に、現在の離婚訴訟・離婚に関する法規整の現状と問題点を広く洗い出してみようとするものである。

・	はじめに	５
・	離婚訴訟に関する水野説の要旨	６
・	消極的破綻主義と積極的破綻主義、
	その意味合いと機能、何を守っているのか	７
・	離婚訴訟における争点の限定
	――離婚原因と慰謝料に関する審理のあり方	10
	１　離婚原因の審理	10
	２　慰謝料請求の問題	15
	３　争点限定の方法	18
・	第三者に対する不貞慰謝料請求	20
・	離婚給付のあり方	22
・	事実婚と法律婚、国家の婚姻規制のあり方	26
・	家裁の裁判の強制のあり方と
	これについての思想	30
・	移管関係	33
・	結びの言葉	37
●	資料　民法の一部を改正する法律案要綱
	（一九九六・二・二六法制審議会決定）〈抄〉	39

・はじめに

瀬木		それでは対談を始めさせていただきます。今回、編集部からのお話もあって、水野さんと私とで対談をするわけですが、最初に、私のほうからの動機をお話ししておきたいと思います。私は、一九九九年に民事訴訟法学会で、また、昨年に日本家族〈社会と法〉学会で報告する機会をいただき、その報告に基づく論文も本誌（一〇〇一号四頁、一〇八一号四九頁〔後記〕）に発表しているのですが、その経験が自分にとっても非常に有益だったのです。後者の学会は水野さんとお知り合いになれたという意味でもよかったのですが、いずれにせよ、第一線の研究者の方々と接し、理論の接点を作ることによって、自分の理論についても厚みが増せることがよくわかったのです。私は、よくいわれる「理論と実務」という区分にはちょっと違和感があります。実務にももちろん理論があるわけで、研究専門家の理論と判例や実務の理論家の理論が相互に作用し合って、考え方の精度が高まっていくし発展もしていくというように思っています。また、いずれはその溝もせばまって、区分は徐々に消失してゆく、少なくとも現在よりは小さくなってゆくべきものではないかとも思っています。そのような、二つの理論の実りある接触の一つのきっかけとして、人事訴訟事件の家裁移管の話が出て現在議論の一つの焦点になっている離婚訴訟を題材に、水野さんと私で話をしてはということになったわけです。それで離婚訴訟ですが、私は地裁を中心に民事をずっとやってきた、かなり典型的な地裁民事型の裁判官ですけれども、離婚訴訟については、通常の民事訴訟とは大分感覚が異なっていて、審理のガイドラインが見えにくくてやりにくいなという感じを、以前から薄々持っておりました。これは、ほかの裁判官にきいても同じようなことをおっしゃる方が多いわけです。地裁の離婚訴訟の段階では、現実には婚姻はほとんど破綻の状態になっていて、憎しみの応酬になりやすい、ちょっと気の重い訴訟ということもあります。それから、後にも話が出るかと思いますが、離婚訴訟に関する条文が、非常に重要な条文なのですけれども、十分にその解釈が詰められてこなかったことから、離婚を規整する法のあり方や思想をつかむこと自体が難しいということが、あったように思います。先にも触れたとおり、現在、離婚訴訟については家裁に移管するという動きが出ています。そこで、これまでの地裁実務の一つの決算として、学説と共有できる部分、あるいは異なる、これから相互に詰めていかなければいけない部分を腑分けしてみたいと思うのです。ただ、私自身は、離婚訴訟の前駆手続であって離婚訴訟とは関係の深い家裁の実務、離婚調停の実務はほとんど知りませんし、家族法というのは地裁民事型の裁判官にとっては比較的なじみが薄い分野で、その意味では、家族法の第一人者である水野さんのお相手をするには力不足な部分があるかと思います。ある程度それを補えるかもしれないのは、保全を中心に長く民事訴訟法を考えてきたので、手続法的な視点は持っているということと、あとは、論文や文章を書いているうちに、実務の外の世界、さらには法律の外の世界をある程度見て様々な分野の人々と接する機会が比較的多くありましたので、裁判、あるいは法律そのものを相対化する視点も若干はあるかということくらいです。そういった意味で、私の視点は、家族法あるいは家裁実務に対しては、先日本誌に掲載された子の引渡しに関する前記の学会報告論文（「子の引渡しに関する家裁の裁判と人身保護請求の役割分担」本誌一〇八一号四九頁）の場合と同様、外部の視点ということになるかと思います。もっとも、水野さんの学説は、財産法との連続において、契約指向的に家族法をとらえる考え方というふうに理解されていると思いますが、その意味では従来の家族法に対する批評という側面があるわけで、これまでに二人でお話ししてきたところでは、通じる部分も多いのではないかと思っているのです。なお付言しますと、本日の私の発言自体は全くの私見でありまして、かつ、論文や報告と同じく、裁判官としての立場からの発言というよりはむしろ、実務を知る一研究者としての立場からの発言と取っていただければ幸いです。ただ、そうはいうものの、価値に関する議論もかなり入ってきますので、私見だけではいけないと考え、家裁実務に詳しい裁判官始め、複数の裁判官や若い法律家達の意見も聞いてきました。なお、議論の密度を高めるために、水野さんとは事前に論文や判決を送付し合い、共同でレジュメを作成しましたので、そのレジュメを一つの道しるべとして議論をさせていただきたいと思います。
水野		昨年秋の日本家族〈社会と法〉学会の大会は、子の奪い合い紛争の法的解決をめざしてというテーマで行いました。その大会で瀬木さんと初めてご一緒に仕事をさせていただいたのですが、私はその大会の企画委員の一人でもありましたので、実際の執行実務にお詳しい瀬木さんが加わって下さったおかげで、昨年の学会は成功したと喜んでおります（大会の記録は、学会誌「家族〈社会と法〉」一八号に掲載予定）。その際に、瀬木さんのご発言から非常に興味深い刺激をいろいろと受けまして、他のテーマでももしお話できる機会があればと思っておりましたので、本日の企画のお話を頂いたときには、自分の能力不足を承知で、でてまいりました。ただいま家族法の第一人者とあまりに過分なご紹介を頂きましたけれども、私は外国法の議論をいくらか調べて自己流に考えてきただけで、とくに離婚については親子法領域に比べると自分でもまだ本格的な勉強が足りないと自覚しております。まして実務につきましては、調停にも関与したことがなく、無知な点が多いものですから、とかく私の意見や主張は観念的に過ぎることが多いのではないかと危惧しております。その意味では、地裁の離婚訴訟という実務をよくご存じの瀬木さんに教えていただけるという点でも、今日はとても得るところが多いのではないかと思います。でもなにより、裁判官としてだけではなくて、研究者としても、それから法律以外の評論や小説の文章の書き手・思索家としても一流の瀬木さんとの議論を、こちらのほうが非常に力不足ではありますが、楽しみにしております。日本の離婚訴訟の構造と、それから協議離婚、調停離婚、離婚訴訟という離婚法の全体構造について、私は従来、批判的な立場で論文を書いてまいりました。現実には完全に破綻した者の間で、どうして憎しみの応酬になる消耗のある離婚訴訟をしなくてはならないのか、疑問を感じております。ただし、婚姻制度は社会の大切な基幹の制度だと思っておりますので、離婚に負担が伴うということを否定するつもりはありません。その負担が両方の当事者にとって消耗に過ぎるという形ではない負担になればいいと思います。現状の離婚訴訟については批判的ではあるのですが、ただ、あまり高踏的な批判をしていてはいけないのだろうとは、自分でもかねて思っておりました。本日は、むしろ瀬木さんから率直なご批判をいただくことによって、私自身の考えがいくらか深まれば、そして私には異様に思えるこれまでの離婚訴訟の発展の仕方そのものが、それなりに内在的な必然性があったのだとしたら、それを発見して、さらに自分の考えを深めていく機会にさせていただければと思っております。

・離婚訴訟に関する水野説の要旨

水野

それでは本論のほうに早速入りますが、私の離婚法批判を、簡単に説明させて頂きます（詳しくは、「有責配偶者からの離婚請求」法学教室一九三号五二頁、「日本の離婚における法規制のあり方」ケース研究二六二号二頁等参照）。離婚訴訟が全離婚数の全体のわずか一パーセントの存在であるということが、離婚訴訟を歪にしていることの一番基礎にあることかと思います。日本民法の母法のドイツ法やフランス法では、すべての離婚は訴訟を経由しなければならないことになっていて、そうなると離婚訴訟においていったい何が可能で、何をしなくてはならないのかということが自ずから見えてくると思うのですが、残念ながら合意で成立する九九パーセントの離婚事件をにらみながら、わずか一パーセントの離婚訴訟がそれらの離婚に対する意味を考えながら形成されてきたこと、そのことが日本の離婚訴訟の構造を歪めてきたのではないでしょうか。かつて昭和二○年代の終わりに消極的破綻主義が最高裁において確立されたときには、女性にとっての福音だと評価されました。それは追い出し離婚が少なくなかった日本の現状の中で、判をつきさえしなければ離婚されることはないという権利が与えられたことの意味は大きかったと思いますけれども、もはや現在では、その意味よりも弊害のほうがずっと大きいと考えています。離婚を求めるのは妻のほうが多数派ですが、合意が成立しないと裁判離婚にいかざるをえず、その障害ゆえに離婚をあきらめるケースも多く、認められてしかるべき「離婚する権利」が守られていません。
裁判離婚の場で有責性の争点も限定されず、それこそ婚約時代から現在に至るまでのあらゆる事項が事実認定の対象となり、その事実認定の対象をめぐって訴訟で果てしなく立証作業をしていくという離婚訴訟の設計というのは、諸外国にはありません。民法の条文そのものも、七七○条一項五号「婚姻を継続しがたい重大な事由」は裁量の幅のある離婚事由ですし、二項の裁量棄却も、これはまさに裁量性の最大に高い条文です。これらの判例や立法のありかたを考えてみますと、日本人の求めている裁判に対するイメージが、その背景にずっと底流として流れているような気がします。裁判官に、ともかく自分の訴えを話して、そしてどちらが正しかったかということを裁いてもらいたい、情理と知識とを兼ね備えた上位の第三者である裁判官に、不当な行為をした相手方を罰してもらいたいという、昔の土着的な裁判イメージが、離婚訴訟の条文や消極的破綻主義の背景に流れているのではないかと感じます。それは必ずしも民事訴訟、離婚訴訟という枠組みの中には相応しくないある種の土着の幻想の感覚だったのではないか、それが離婚訴訟を公開の法廷でプライバシーを果てしなく暴くという歪なものにしてきたのではないかと思います。民事裁判である離婚訴訟は、本来、争点を限定しなくてはいけないはずです。西欧法の離婚訴訟は、有責主義離婚法から破綻主義離婚法まで、立証対象の限定という点では一貫していました。
離婚の法的な規制のあり方としては、明確で具体的な基準を与えてスタンダードを示すことによるべきではないでしょうか。すべての離婚に適用される共通の基準を与えて、離婚事件の公平な結論というものを図っていく、それが離婚法のあるべき姿ではないかと私は考えております。この考え方に対しては、百組の夫婦があれば百通りの解決の仕方があるという反論をされます。カウンセリングの場面であれば、それぞれの当事者の過去の履歴に従った精神的なカウンセリングのあり方が百通りあるのかもしれないと思いますけれども、法的な解決としては、どこの裁判所に出たとしても同じ結論になることが要請されるのではないでしょうか。結婚をしたことの責任としてその同じ結論がもたらされるのだという解決が、法的な解決の宿命であろうと感じております。

・消極的破綻主義と積極的破綻主義、その意味合いと機能、何を守っているのか

瀬木		多くの問題提起がありましたが、まず、議論の的を絞るために、離婚訴訟の現状の話を少しいたしましょうか。離婚訴訟の現状、水野さんは論文で時間がかかると書かれていますが、実際には、かつてよりはずっと早くなっています。これは民事訴訟全体が早くなっているわけですけれども、離婚訴訟も例外ではありません。水野さんにお送りした十数件の判決例（瀬木の、過去三年間の、対席でかつ本格的に争った離婚事件の判決）を、事例にナンバーを付けて言及しますが、例えば、比較的古いタイプの訴訟活動が行われた事案、双方からの離婚請求で、人格攻撃的な要素がかなり強くて、当事者が代理人を含め争点を無限定に広げていったという傾向のある事例一、これは、私が引き継いだ時点では人証調べ直前の段階だったのですが、判決まで二年弱です。あとは半年余りから一年半くらいの間、平均は一年余り。例えば事例九は、夫が農家に事実上婿入りしている事案で、財産がらみの根の深い争いを含んだ複雑な事案なのですけれども、これも一年で終わっています。以上は判決で、もちろん和解では全体にもっと早くなっています。有責性に関する主張については、比較的高齢の弁護士にはこだわる方があり、主張を広げ、証拠を選別せずに多く提出し、しかもあまり全体をまとめないという傾向があるのですが、中堅以下の年代の弁護士はおおむね淡々と解決を探っているという印象です。それから広い意味での当事者主義の点ですが、証拠裁判主義と手続的フェアネスは離婚訴訟でも機能していると思います。先日、子の引渡しの議論を学会でしたときに申しましたが、当事者主義がうまく機能しないのは子の引渡しに関する部分ですね。当事者主義では的確な情報収集ができにくいのです。その点が主要な争点であるときには、当事者双方が事実上同意すれば家裁の調停に付しています（家事審判法一九条）。このように離婚訴訟の審理が迅速化したことについては、新民訴の審理方法が離婚訴訟においても定着したこと、それから有名な昭和六二年判例（最大判昭62・９・２民集四一巻六号一四二三頁）、有責配偶者からの離婚請求を許さないとする消極的破綻主義に一定の限定を加え、別居期間が長くなり、夫婦の間に未成熟子がいない場合には、特段の事情がない限り有責配偶者の離婚請求を認めることが可能であるとした判例、この影響もあると思います。この判例については、私は、基本的には、消極的破綻主義から積極的破綻主義の方向へ大きく一歩踏み出すという積極的な意味があったと考えています。水野さんもその点は同意見ではないかと思うのですが、水野さんは、一方では、この判決について、裁判官の裁量性を推し進めたとの批判もされているようですね。それから裁量棄却のことをおっしゃいましたが、私の理解では、裁量棄却というのは民法七七〇条一項の一から四号についての例外だということで、普通に法律家が理解しているのはそのような意味での裁量棄却ではないのでしょうか。そして、現在の実務でそのような裁量棄却が適用される事案があるかといえば、現実にはほとんどないのではないかと思います。現在の実務では、裁判官は、七七〇条二項を適用することには慎重であると思いますね。それで、七七〇条一項五号の条文をどう読むかということですけれども、消極的破綻主義は五号の内在的制約である、つまり五号自体は破綻主義を定めたように読めるけれども、実際にはそこには内在的制約があるのだということで、有責配偶者の離婚請求を許さない、そういう考え方が採られているのではないかと思っていたのです。しかし、水野さんは、それは実質的には一種の裁量棄却であり、二項の類推という形で初めて成り立ちうる考え方なのだとおっしゃる、そういうことでしょうか。
水野		七七〇条の解釈論は、ご承知のように多岐に分かれています。判例の文言がそのまま法理として確立していて、条文との関係についての解釈論はあまり積極的には論じられていません。我妻説も中川説も理解が違っていましたし、民事訴訟法学からの議論もありましたが、その後、それらの対立が詰められてきたわけでもありません。学説の状況についてはなんともいいにくいので、五号の内在的制約という解釈のほうが、立法趣旨にも近く、学説としても一般的かもしれません。ただあくまでも私の解釈ですが、五号の文言の内在的制約と読むのは限界があるだろう、長期の破綻状態になると五号の事由はあるけれども、実質的には裁量棄却だと考える方が条文そのものの読み方としては自然かなと思います。要するに、私は、事由を「相対化」する読み方に批判的なので、それくらいなら二項の類推の裁量棄却と正面からいうほうが正直でいいと思うのでしょうね。
瀬木		なるほど、そういうふうに言われてみると、消極的破綻主義は実質は裁量棄却主義であるという水野説の意味がわかります。確かに、七七〇条一項五号自体は、一見破綻主義の条文と読めるような文言になっていて限定がないわけですから、もしも二項がなければ、これに大きな限定を加える解釈は採りにくいですね。で、私が一つ不思議に思うのは、戦後の改正のときにこの五号が、こういう文理上は一見限定のない破綻主義的に読める条文が、未だ欧米諸国においても有責主義が採られていた時点ですっと成り立ったというのは、これは水野さん、どういう背景があってのことなのでしょうか。
水野		明治民法の立法時から、有責事由の列挙という継受法という視点に比較的忠実だった条文の枠組みに対して、ずっと異論がありました。とくに穂積陳重の「自由離婚主義」は有名です。明治民法の立法では退けられましたけれど。息子の穂積重遠が「大正要綱」「人事法案」とその構想を引き継いで、現行法の相対的離婚原因の改正に結びつけたという浦本寛雄先生の研究があります（浦本寛雄『離婚法の変動と思想』）。おそらく穂積親子の個人的な発想というより、壊れてしまっていればもう離婚を認めてやってもいいじゃないかという日本人の感覚が、一貫してあったのでしょうね。その伝統的な「合わせものは離れもの」という感覚を実現するような形で立法されたのだろうと思います。浦本先生は、この発想を先進的なものととらえておられますが、私は必ずしもそうは思いません。穂積重遠は、離婚が杓子定規に許されたり許されなかったりするのはいけない、離婚が各場合に適当に許されまたは許されないことがいい、と説明しています。この説明は、大岡裁きを思わせます。
瀬木		そこで思うのは、五号に制約がかからないような形になっていることの不思議さで、もし消極的破綻主義的な考え方が国民のその当時の感覚に合っていたのだとしたら、どうしてこれに限定をかぶせておかなかったかのかと感じるのですが、そこは何か理由があるのでしょうか。
水野		立法者は、相対的離婚原因だから限定をかぶせておく必要を感じなかったのでしょう。五号の発想の中自体に、先ほど申しましたように、裁判官にともかくまかせておけば適当に処理されるという感覚が一貫して流れておりました。つまり私は五号を民事訴訟としての離婚訴訟で、存在が立証されたら離婚を認める要件として働く、離婚事由として読みますけれど、そして瀬木さんの今のご質問もその前提にたっておられますけれども、立法者は、とくに穂積重遠は、必ずしもそうは考えていなかったように思います。一号から四号に裁量棄却をかぶせたのは、「相対的離婚原因」を裏からいったのだ、と彼は言うのですね。ともかくすべてを「相対化」して裁判官に任せればよい、という感覚があったのでしょう、大岡裁きの感覚ですね。
瀬木		なるほど、そういう説明をお聞きすると、あの条文のちょっと不思議な組み立て方がよく理解できますね。さて、ここで少し話がそれますが、裁判官の裁量に敏感な水野さんのための御参考として、裁判官の側から見た場合に裁量性というのがどう見えるかということをお話ししておきたいと思います。一般的に言って、裁量性のある条文のほうがやりやすいかというと、地裁の民事訴訟という観点から見れば、むしろやりにくいのですね。当事者を導いてゆく、審理の方向を付けてゆくガイドラインがはっきりしないので、法的な主張立証の枠を踏み越えて無限定に争点を広げてゆこうとする当事者がいても、それを規制できないからです。「これも、あれも聞くべきだ。それが裁判官の仕事ではないか」と言われてしまうし、相手方当事者も、おかしいと思っても、文句が言いにくくなってしまうのです。それで、家族法（家族法というネーミングは、かつての身分法というネーミングに代わるものだということのようですが）の分野の判例というのは、最高裁の判例の切り口が、財産法とか訴訟法に比較するとずっと大きいのですね。例えば今の六二年判例、あるいは先日の学会でも話題になった子の引渡しに関する平成五年判例（最三小判平５・10・19民集四七巻八号五〇九九頁）、これは人身保護請求を子の引渡しに用いうる場合を限定した判例ですが、いずれも非常に大きいところで切っているわけです。判例の数が少なく、その判断の切り口も大きいのですね。下級審の裁判官が判例を発展させていく、下級審の判例による法形成機能というのは、財産法や訴訟法の分野では、現在では網の目のように細かく張りめぐらされている最高裁の判例の間を縫って、その筋道をたどりながら、それでいいと思われればそのまま従い、そこで一歩踏み込んだほうがいいと思えば、あるいは穴になっていると思われる部分があれば、踏み込むか事実を区別して新たな判断をする、その場合にはその根拠を述べるという形で判例が発展していく。私自身の経験でも、雑誌に掲載されたり、比較的地味な論点なのに大きく報道されたりするものは、やはりそういうふうに自覚的に踏み込んだものなのです。ところが、離婚訴訟は切り口が大きいのでやりにくい。例えば有責的破綻主義の限定といっても、メルクマールはかなりゆるやかなのですね。それを下級審で限定していこうと思っても、元々の切り口が長期の別居期間という相対的な概念であり、そして、別居期間が相当の長期間といえるか否かを判断するに当たっては有責配偶者の責任の態様、程度等諸般の事情を考慮するということなので、なかなか判例が形になって蓄積してゆきにくいのです。条文がもっときっちりしているところだと、メルクマールもすぐに形になって蓄積してゆくのですけれど。それから、水野さんが裁判官の裁量とおっしゃるときに、水野さんのイメージの中では、裁判官が非常に自由に、場合によっては恣意的に決めることができるのだというふうにお考えになっているのかと感じるのですが、それはおそらく、そうではないのですね。例えば、ここで挙げた事例三でいきますと、まさに有責配偶者の離婚請求が認められるか認められないかぎりぎりの事案なのですけれども、この判決を書くときには、まず、さっきの昭和六二年判例以降の判例をずっと追って、別居期間というものについてどの程度のところで線が引かれているか、これを調べる。それから有責性というものについて、どういう評価をしていて、一見方向性の異なる判例の中でどの判例がオーソドックスなものと読めるのかということを、十数の判例をコピーしまして、それを詳しく読み込んで、その上で自分の判断の基準を作って判断しているのです。そういう意味ではかなり厳密に、むしろもっと細かい解釈論や判例が存在する分野よりもずっと苦労して判断をしているというところがあるのですが、そうした点は、学者の側から見るとなかなか見えにくいのでしょうかね。
水野		いや、裁判官からそのような感想を言っていただくと、むしろ私は非常に心強く思います。裁判官としてきちんとほかの領域と同じような形で、民事訴訟において可能な正義の実現という形でアプローチをされたときに、きっとそのような努力をなさることになるだろうと思うのです。瀬木さんのボキャブラリーをお借りしますと、その切り口が大きい最高裁の判例を、それでも何とかその中からメルクマールを見つけていく形でご尽力をなさるというのは、とてもよく理解できます。ただその個人的努力の結果で見出されたメルクマールは、すべての裁判官が同じように共有するものとは到底いえませんでしょう？　高裁の判事が、最近の若い地裁の判事は保守的で有責配偶者の請求を棄却するのが目立つ、時代が逆行しているとぼやいたりするそうですから（梶村太市・戸籍時報五三四号二四頁）。日本の家族法については、私はすべて白地規定といつも悪口を言っておりますけれども、切り口が大きすぎるというか、要するに裁判の基準を与える法規範になっていません（「比較法的にみた現在の日本民法―家族法」広中俊雄＝星野英一編『民法典の百年Ⅰ』所収）。そして離婚訴訟の判例も同じですね。ここには、先ほどから申し上げている日本人の裁判イメージの影響があるように思います。財産法の領域は継受法がそのまま法典になっていきましたけれども、家族法の条文は自分たちで作っていきましたから。家族法も、旧民法の第一草案は継受法なのですが、それを明治民法に移行する過程で換骨奪胎して自己流の規定にし、戦後の改正でも、その傾向には益々拍車がかかるばかりでした。日本人には、立法者も学者も、むしろそういう切り口の大きい白地規定が、家族法の訴訟、家族法の法益としては望ましいという判断が、伝統的に強固にあったのではないかと思うのです。私はそれに対して疑問をもつ側でして、瀬木さんが、これは非常にやりにくいものなのだと言ってくださると、むしろとても心強い百万の味方を得た気がするのですが、私の立場は、現在でも学界の多数説ではないと思います。六二年判決の解釈についても、学説は対立しています。私は、六二年判決については判例変更には賛成ですが判旨の書き方には批判があるという立場ですけれども、判例として読むときは、もちろんそのまま受け入れて読みますし、そのときの読み方は、今、瀬木さんがなさったように、この中からメルクマールをくみ出していこうと読みます。相当の別居期間、未成熟子がいないこと、とメルクマールを切りだす読み方ですね。でも、そうではなくて、そのようなメルクマールを切り出すのではなく、大きく一つ信義則という柱を立てたに過ぎないと読み、メルクマールの文言はその柱の中に混ぜてしまって、信義則に適うような形の離婚の判決を書けという趣旨なのだと読む読み方も、これは強固にある立場です。あの判決が絶えず信義則に言及しているのは、メルクマールをたてて離婚請求を認めることの正当化の理由に過ぎないと私は考えますが、その信義則の部分自体が全体を被う一つの大きなメルクマールなのだという読み方をする学者が、有力な一流学者にも少なくありません。そのような読み方に対して私は違和感を感じていて、そういう離婚訴訟のとらえ方と、そういうことが可能なのだと考えるのは、ある種の幻想なのではないだろうかと思い、その幻想が非常に広範囲に成立しているが故に、離婚訴訟はますます歪になっているところがあるのではないかと考えております。
瀬木		家族法の学説というのは、先ほども申し上げたように私は比較的うとい分野で、あまり勉強してなくて詳しくは知らないのですが、今おっしゃったような学説は、六二年判例について、裁判官の裁量性を大きく認めたものとしてその方向で評価するという考え方なのでしょうか。
水野		裁量性と言いますか、やはり裁判官が信義則によって一番妥当な結論を出してくれるだろうという信頼なのだと思います。家族法の一番根幹の領域の離婚訴訟ですから、それを一定の、例えば別居期間のような年月で切ってしまうということに対しては、それでは不当な不正義が行われてしまうのではないかという危惧があるのでしょうね。それを信義則という大きな枠をかけておけば、信義則によって必ず正義は行われるものであるという感覚なのではないかと思います。
瀬木		それは、私が通常なじんでいるほかの実体法分野の考え方、あるいは手続法の考え方とは随分感覚が違うようですね。つまり、裁判官に大きな枠組をゆだねてしまってそこで自由に正義を実現してもらえばいいという、そういう考え方なのですか。
水野		はい。六二年判決の三つのメルクマールは、現にその後の裁判例で、必ずしも貫徹されていないではないか、と主張されるのですね。そしてその説明として、信義則による制約を上位概念と見るのでしょう。
瀬木		その点の当否はおくとして、地裁で民事訴訟をやっている裁判官の感覚としては、やっぱり、判例学説を読みながらメルクマールを探して、その上で自分の考え方を定めて、出るべきところがあれば出るというところが普通ではないかと思います。だから、水野さんがどうしてそんなに裁判官の裁量、恣意ということをおっしゃってそれを嫌うのかなということを、論文を拝見していて少し不思議に思ったのですが、その理由が今一つわかりました。
水野		瀬木さんに事前にお送りいただいた離婚判決を読みながら、こういうものを読んでいたら、信義則で裁判官に委ねてしまえば大丈夫だという感想を実体法学者が抱くのも無理はないかなとも思ったのです。瀬木判決は、非常に説得力のある文章が書かれていて、そしてそれはひとつの物語の構築ではあるのですが、でも、結論に向かって一瀉千里にその結論しかないという物語が書かれてあり、こういう判断をしてもらえるのであれば、それでいいじゃないかと思う学者はおそらくたくさんいるでしょう。さらに、当事者自身も自分たちの結婚生活を総括してくれる、まさにこういう離婚判決を求めてくるという現実もあるのだろうとも思います。でも瀬木裁判官の法廷に来なかった当事者は、同じ判決を書いてもらえる保障があるでしょうか。法の公平性は、どの法廷でも同じ結論が得られることだと思います。それから、私は素晴らしい瀬木判決を十幾つも拝読しながらも、へそ曲がりなものですから、これは非常に説得力のある物語であり判決であるけれども、果たして本当の物語なのかしらとも思うのです。

・離婚訴訟における争点の限定――離婚原因と慰謝料に関する審理のあり方

１　離婚原因の審理

瀬木		それでは面白いところに入ってきましたので、離婚訴訟における争点の限定という論点も併せて論じましょうか。
水野		はい。
瀬木		確かに、自分で今回、最近三年間の離婚訴訟の判決だけを抜き出して読んでみて、あんまり興味深く読めないなというか（笑い）、フラットだなというか、事実がべったり物語的に認定されていて、その意味で通常の判決とは随分形が違うなとは思いました。ただ、その物語という点なのですけれども、まさに離婚訴訟の場合に、点でとらえるのが難しいところがあると思うのですね。一つ一つの行動を点でとらえるのが難しいと。例えば七七〇条一項の事由でも、一号は不貞、二号は悪意の遺棄ですけれども、不貞は間接事実の積み重ねから推認するしかないことも多いし、悪意の遺棄は非常に評価的な概念なので、いずれも、ある点だけを取って評価、判断することは難しい、かなり長いスパンを取って事実を全部とらえてゆかないと評価ができないし、当事者の納得も得られないというところがあると思います。そういう意味で争点をきっちり限定しにくいのが離婚訴訟の悩みだということです。ましてや五号となると、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」というかなり無限定な条文で、しかもそれに有責的破綻主義とその限界という解釈上の問題がかかってくるわけですからね。それと、当事者の感覚として、裁判官に全部を聞いてもらいたいということは、日本の離婚訴訟の場合にはありそうですね。新民訴で陳述書に基づく時系列的な尋問をやるわけで、それは、通常の訴訟では争点にフォーカスが絞られてとてもいい機能を果たすのですが、離婚訴訟の場合は、双方の、水野さんの言葉を借りて言えば「自分の側からの物語」というものが述べられて、そして相手の物語も聞いて、場合によっては反発し、場合によっては相手の気持ちがわかりあきらめる、あるいは、裁判官が自分の立場を理解してくれたと考えるか否かによってその判断に服するか否かを決めるというようなことに、もしかしたらなっているのかもしれない。そして、法律論を少し超えた部分、まさにさっきの言葉でいけば、上位の判断者としての判断的な部分が離婚訴訟にはあるので、若い裁判官にとっては適正な事実認定と判断をするのが比較的難しい類型の事件であるということは言われているようです。ただ、現代ヨーロッパの哲学者の言葉にも、哲学というのは要するに自分の語る声が聞きたいという欲望なのだという、そうした言い方による従来の哲学批判の言葉がありましたけれど、それは、普遍性のある人間一般の心理でもあるのではないかと思うのですね。近代哲学をそういうふうに総括する現代ヨーロッパの哲学者もいるわけですから。ここで水野さんのお嫌いな「身分法（家族法）の特殊性」という言葉を使ってしまってはいけない、叱られてしまうのかもしれないけれども（笑い）、通常の民事訴訟の場合と違って、当事者は、一つの流れのある物語を聞いた上で判断をしてほしいと期待しているのではないか。もちろんその判断自体は証拠に基づいて厳密にやってもらいたい、書証を照らし合わせ、供述の精度や信用性もきちんと見てもらった上でしてもらいたいとは思っていると考えますが、そういう期待もありうるのではないでしょうか。そのことについて質問が二つあって。水野さんとしてはそのような裁判はよくないと思われる、その理由が一つ。もう一つはフランスやドイツの離婚法を送っていただいて拝見しましたが、破綻主義一本にすればともかく、有責事由も並列になっている場合、その有責事由というのは、確かフランス法でも条文上は有責事由の内容はあまり限定していませんでしたよね、その点はどうなのかということが一つ。
水野		後のご質問から先にお答えしましょう。たしかにフランス離婚法は、破綻離婚や合意離婚などのほかに、有責離婚というかつての離婚法の訴訟類型も残しております。文言上は、一九七五年法の改正によって、むしろひろい一般的な表現になりました。「共同生活の維持を耐え難くする、重大なあるいは継続する婚姻義務違反」（フランス民法二四二条）が離婚事由です。不貞行為が代表的ですが、他にも多くの事由がこれにあたります。
瀬木		実際には条文にあるような形ではなくて、もっと点で限定して、かつ、証拠によって相当厳密に評価できる部分でやっているということですか。
水野		といいますか、条文の解釈の仕方が、そうなのでしょうね。「重大なあるいは継続する婚姻義務違反」であって、かつそれが「共同生活の維持を耐え難くする」性格を持っているという要件を満たす、そんな事由があるかどうかが、争点になります。その事由は様々ではありますが、その事由が認められたことによって離婚が成立しますので、判例も、事由ごとに整理できるわけですね。不貞行為や犯罪という古典的な事由のほかに、新しいところですと、「配偶者が同性愛者である」事実とか、「配偶者が宗教セクトに加入している」事実とかが、離婚事由になりえます。
瀬木		ヨーロッパの実務が実際にそうだということになれば、そこは大分違うだろうなとは思いますが…。そこはそういうことなのでしょうね（笑い）。
水野		（笑い）従来、離婚事由の理解とか、過酷条項の理解とかを、それらが母国で果たしている機能や実態よりも、とかく日本人の感覚に近づけて理解する、という傾向があったのではないかと思います。ドイツ離婚法に過酷条項があっても（ＢＧＢ§１５６８）、何年に一度も使われない例外的なもので、日本の裁量棄却とはまるで違いますし。離婚事由の立証は、その事由事実の立証そのものであって、日本のようにそれがいわゆる「相対化」されたり、点が線になって物語になることはありませんよね（笑い）。
瀬木		なにしろ五号の作り方がすごく広いことになっているので、それに見合ったということも言えるかもしれないのですが、結局、水野説は、条文批判でもあるわけですか。
水野		もちろん離婚法の七七〇条の条文に対する批判はあります。全体の作りが穂積案をもとにしています。穂積先生は、有責主義の離婚事由が限定列挙されることの意味を評価されず、大岡裁きをめざされましたから。
瀬木		それではもう一つの、日本の離婚訴訟がいけない理由というのを、水野さんのお立場から、端的に、こことここというふうにおっしゃっていただけますか（笑い）。
水野		（笑い）一つはもちろん裁判の公平性ということです。先ほど離婚事件は若い判事には向かないと、事実認定についてもやはり限界があるとおっしゃったのですが、これはおそらく真実の実感でおありになるのだろうと思うのですけれども、それは大岡裁きの弊害ですよね。若い未熟な裁判官の法廷に離婚訴訟を提起したときには、離婚は認められず、経験豊かな瀬木判事の法廷に行ったのであれば、認めてもらえるということであっては、裁判の公平性に触れることになると思うのです。ある要件の有無で結論が決まり、その要件事実の立証は訴訟手続をとめどなく歪なものにせずに可能である、という前提があって、公平な裁判が可能になります。日本の離婚訴訟の「物語」の立証過程は、とても歪なものです。そのレベルでの原理的な問題があります。それからもう一つ、とりわけ離婚訴訟について、信義則という形で裁判官の思考や発想の傾向に委ねることへの疑問があります。我々は時代の子として生きています。その時代の常識が信義則として現れ、それによって裁判されること全部を否定するわけではありません。領域によっては、そうした裁判がふさわしいこともあるでしょう。でも離婚事件や家事事件に関しては、裁判官の個人的傾向に任せてはおけないという危惧が強くあります。ジェンダーバイアスというものもあるだろうと思います。実務家との共同研究会の機会に、家裁の経験豊富な判事から愚痴をきいたことがあるのですが、子供の奪い合いで、この母親にはとても任せておけないと父親に親権を与える審判をすると、高等裁判所でよく覆されてしまうのだそうです。高裁の男性判事は、自分が子育てをするということが夢にも考えられないので、確かにものすごく問題のある母親ではあるけれども、でも、やっぱり母親だとしてしまうのだ、とその家裁判事は言っておられました。そういう裁判官の傾向の問題性ということが、この家庭内の領域の問題には大きくあるだろうと思うのですね。妻が家事全般をするのが当たり前だと考えながら判断するのか、それともそのこと自体に対してまた違う評価の仕方をするのか、それによってもずいぶん違うでしょうし。先ほどいわれた、物語を聞くことによって、当事者自身に発見があるという側面ですが、そういうことも確かにあるだろうとは思います。しかしそういう自己発見のカウンセリングの領域が、裁判所に馴染むのか、裁判所がそういう役割を果たし得るのかということについては、留保をして考えるべきではないでしょうか。磯野先生ご夫妻の家庭裁判所の調停制度に対する古典的な批判とも重なってきますけれども（磯野富士子「家事事件の法的側面と人間関係調整の側面」法律時報三〇巻三号一三頁、磯野誠一『家事調停制度の研究』など）、自分を正直にさらけ出すカウンセリングによって、お互いの感情の行き違いを発見して、ときにはめでたく和合するというようなことが、裁判所においてそもそもできるのかという疑問です。裁判所は当事者間の紛争で勝ち負けを争うところで、そういう法的な紛争の場である裁判所に、自分を内省していくカウンセリング手続は、相応しくないのではないかと、私は思います。たしかに子供の問題はあります。子供の問題は、対審構造の紛争対象とすることに一番相応しくない問題で、両親に自己発見して譲り合ってもらわなくては困ります。まさにこの問題がありますので、ヨーロッパ法の最近の離婚訴訟においても、その部分を調停ないしカウンセリングに委ねる試みは、よくあります。ただしその手続は離婚裁判の手続から切り離します。カウンセリングが必要であれば、それは裁判所とは違う組織で別建てで行い、カウンセラーには守秘義務が課せられて、両親が安心して心のたけを話合うことによって初めて可能になるという和解の道を準備します。このような手続が、とくに子供の問題を中心として、必要でもあり妥当でもあることは認めるのですが、それを中途半端に裁判所の手続に入れ込んでしまうこと、離婚訴訟の中に入れて、物語の中で全部こみこみに解決してしまうというあり方に対して、疑問を申し上げているのです。近代の理念的な民事訴訟の当事者構造の枠組みで割り切れる部分と割り切れない部分というのを、細かく中身を見てきちんと区分けしていく必要があると思います。それを何か大きな一言で、これは不合理な身分法の領域であるのだからとか、あるいは当事者の不合理な感情が含まれる離婚訴訟の領域なのだからというような一言で、全部まとめて大きな信義則に入れて大きな切り口でいかざるを得ないのだというのは、私にはある種の思考停止に見えてしまいます。離婚を成立させることの条件、離婚給付についての基準などについては、基準を明確化して、紛争を一刀両断に裁断する方向が望ましいと思います。しかし、子供の処遇については、まさに両当事者が対立しないで協力してもらわなくてはならない問題ですから、それに相応しい手続をどう切り離して別建てにしていくかが問題になる。これらについて、それぞれきめ細かな議論が必要なのであって、それを大きな枠組みで一言で論じてきたという傾向が従来はあったのではないかと思います。
瀬木		ジェンダーバイアスの問題については、今同じ場所で仕事をしている判事も触れられていましたね。男性でも、謙虚な人は、そういうことは意識していると思います。水野さんのおっしゃることは、ほかの部分も、個人的には、大筋ではよく理解できます。そこには、家族法学説内部でのシビアな考え方の対立というものも反映されているのかと思いますけれど、裁判実務との関係で少し意見を述べますと、まず、公平性ということ、どこの裁判所へ行っても同じ結論になるのをよしとするのは、やはり大陸法的な考え方で、アメリカの法廷などは日本に比べてもはるかに結論にムラのある法廷だと私は思いました。でも、逆にそこで判例の発展というものが期待できるという意味ではメリットもあるのではないかと。これはここでの議論の本筋ではないですが、必ず同じでなければいけないのだというお考えだとすれば、ちょっと疑問を持ちます。フランスの場合、裁判官に対する不信がかなり根強いということと、やっぱりフランス革命以来の伝統で、権力に対する不信というものも根強い、それは一つあるのではないでしょうか。
水野		私は主にフランス法の文献を読むものですから、私自身の発想なり思考なりが、フランス法に大きく規制されているという傾向のあることは否めないだろうと自白いたします。日本民法は英米法よりフランス法にはるかに近いと思いますが、たしかに英米法とフランス法は違います。でも、英米法は裁判官法ですから、それでは全面的に裁判官に任されているのかと言いますと、そうではなくて、判例法が作り出していくルールが強固にあるように思いますね。とくにイギリスの場合は、法曹貴族としての法曹集団の中でのコンセンサスがあり、全法曹の間にかなり強固な共有財産があったように思います。個々の判例から導き出されてくるルールが、結局はルールになっていって、そのルールの背景を共有するところから判例も発展をしていくということで、やはり結局、縛るルールはしっかりあるわけですね。もっともたしかに英米法のほうが、とくにアメリカ法は、裁判官の裁量権が大きいことは確かです。大陸法の学者たちは、アメリカ法の裁判官が「法外な（exorbitant）裁量権」をもつと感じ、だから離婚訴訟が私的戦争の消耗戦になってしまうのだ、と考えるようです。それゆえにアメリカではＡＤＲがもてはやされるだろうと批判しています（「家族と裁判に関する覚書」山口古稀『現代ヨーロッパ法の展望』所収）。基準で裁かれずに裁量に任されると、どこまでも訴える濫訴になり、消耗戦になりますから。縛るルールのない大岡裁きは、裁判だけではなくて、調停のルーツでもあるような気がします。北村一郎先生の最近の論文（北村一郎「訴訟モデルと調停モデルとの対照に関する比較法的一試論」新堂古稀所収）にも、清代の中国の裁判手続、つまり調停役の地方官が「情理」を規範として「説得と強圧」を繰り返す手続と、フランスの裁判手続とを対比させ、日本をその中間に位置づける見方が示されています。一般論としてのＡＤＲの評価をしようとは思いませんが、私が家事調停に批判的なのは、そんなルーツを感じるからかもしれません（「民法典の白紙条項と家事調停」家族〈社会と法〉一六号）。滋賀秀三先生の『中国家族法の原理』を読みますと、集団の中の秩序維持をする方法が、西欧法のルール依存の方法と、まるで違うのですね。その集団に属したければ自ずから紛争はおさめなくてはならないという構成員への圧力が基本です。そして集団の規律内部では、何らかのチェックアンドバランスはある。中国の女性の地位は低いものでしたから、妻には離婚請求権はなくて、妻に対する虐待ももちろんあるのですが、最後の最後に彼女には武器があって、その武器は自殺をすることなのですね。妻が自殺をすることによって、婚家先は途端に集団から激しい非難を受け、妻の実家からは莫大な金額の賠償金を要求されることになる。いじめ過ぎて死なれると大変なサンクションが待っているから制約が働く。こういう秩序維持の方法は、集団の拘束力が失われた現在ではもちろん無理ですし、そもそもこの方法では、女性を守れません。もちろん今の家裁の家事調停がこんな古い中国の裁判だといっているわけではないのですが、ルーツの発想は似たものだったのではないか、と、人事調停法以来の歴史を見ても、思えるのです。
瀬木		調停の話はまた後のほうでしていただくとして…。
水野		調停論に話がそれてしまって申し訳ありませんでした。日本の戦前からの展開をふりかえりますと、集団の中で紛争を抑え込んでしまうという役割を持った調停が根底に流れているような気がして、その発想が日本の離婚訴訟のあり方にも、離婚調停のあり方にも、ずっと影響を与えていたような気がします。日本の調停は、アメリカ法のＡＤＲの先取りだったのだ、とは、やはり思えないのですね。
瀬木		そうですね、そういう面はあるかもしれません。ただ、現象的に見れば、法廷でのやり取りというものには、近代的な法廷のやり取りにしても実際には相互の物語をぶつけ合っているという部分はあるわけで、そこが程度の違いで非常に強く出ているという側面もあるように思います。実際に法廷をごらんになると、多くの離婚訴訟の尋問は、客観的な書証を中心に淡々とやっていて、お白洲的な雰囲気はそんなにないと思うのです。私の感覚でいうと、メルクマールのゆるい限定的な消極的破綻主義の下での判断については、確かにある程度裁判官によってムラが出るかもしれないけれども、それでも、さっき私が述べたような離婚訴訟における裁判官の判断過程を考えるならば、通常の民事訴訟とそんなに大きくは違わないのではないかとも思うのです。それよりも、水野さんの指摘に沿っていうと、審理の過程で双方が互いの有責性を言い立てることによる弊害のほうが大きいように思います。尋問が終了した段階では双方が相手に対する根本的な不信に陥ってしまうことになる場合があるのですね。まあ、だからこそあきらめがつくということも、あるのかもしれませんが。結局、水野さんのおっしゃることは、日本の裁判官の審理方法に対する疑問というよりは、五号の無限定な定め方や、同様に無限定な部分のある消極的破綻主義それ自体への疑問、法廷で非常に広い意味での有責性を争うことへの疑問ということなのではないでしょうか。
水野		そうですね。たしかに裁判官の裁量性への疑問というより、この争い方の弊害の大きさが問題だというほうが、よかったかもしれません。いずれにせよ、裁判に無理を要求しているために、異常な裁判過程になってしまうことが問題です。フランスでも、離婚法改正の議論が行われていた当時から離婚原因を客観的破綻だけにしぼるべきだという意見はすでに強かったのですが、改正を指導したカルボニエは、あえて有責原因を残しました。西欧社会では一方的に妻を捨てるという行為は非難される行為であるし、無責な配偶者は自分の無責さを確立する必要があるというのです。でもそのカルボニエが同時に、客観的破綻を離婚原因とすることについて、まず第一に破綻という概念があいまい過ぎてよくない、裁判所によってもし理解が違ってしまうと裁判が公平ではなくなると批判しています。カルボニエのもっていたある種の保守的な正義感と立法にあたっての継続性を重んじるバランス感覚は理解できますが、日本の離婚訴訟の信義則的な感覚というものとは、全く別物だと思います。離婚原因は、訴訟で立証の対象となる法的な存在で、離婚の動機や理由とは違うものですから。
瀬木		あとカウンセリングの話がありまして、裁判官がカウンセラー的な役割を果たすことがいいのか悪いのか。ちょっと雑談になりますけれども、この前本誌でされた「21世紀の家族法」という座談会（一〇七三号五二頁。以下、「前記座談会」という）の中で、アンチモダン、モダン、ポストモダンという分類によって話が進んでいましたが、地裁の裁判官であれば、現在ではかなりモダンでも貫徹できる。思想の世界では昔からさっきのような分類はあって、私は、そういう区分でゆけば、基本的には水野さんと同じ修正近代主義者、ある程度洗練された近代主義者、つまりモダン派だと思っています（笑い）。元々そういう気質なのでそれでやっているのですが、地裁ではそれで十分理解されるので、地裁民事というのは私の体質に合っているのです（笑い）。でも、家裁実務に詳しい裁判官の方々のお話をうかがうと、家裁の領域ではまだそこまで貫徹しきれない、裁判官もある程度はカウンセラーの機能を果たさざるをえないという部分があるように感じます。離婚訴訟についてもそれに近い部分があるのかもしれないという留保は付けておきたいですが、水野さんがおっしゃることは、原理的にはわかります。
水野		カウンセラーの役割をある種、理想的（？）に果たしている裁判官像として、『家栽の人』という漫画がありますね。瀬木さんが「法律家の精神衛生についての一考察」というエッセイ論文で書かれていた『家栽の人』に対する御批判を、とても共感を持って拝読したのですが（本誌九九九号一〇頁）、ああいう裁判官像が期待されたり受けてしまったりする、ということにも、日本人の発想の問題とその根強さを思いますね。それで、さっきの大岡裁きの話と関連しておききしたいのですが、瀬木さんは、そうした期待や幻想についてどうお考えになりますか。
瀬木		どうも、私の文章の細かいところまでよく覚えて下さっていて、ありがとうございます（笑い）。もっとも、あの部分は、『家栽の人』批判というよりは、ステレオタイプの裁判官批判と『家栽の人』幻想とは実は表裏一体のものであるということを言いたかったのです。もちろん、『家栽の人』ににじんでいるような、すべてを聞いてくれ、わかってくれる裁判官に対する当事者の期待の中には、ふみにじってはならない何か大切なものがあるとは思います。しかし、あの漫画を、そういう素朴な期待のほうから見るのではなく、あの裁判官の視点から見ると、ちょっと薄ら寒い感じがするのですね。あの裁判官は、あらゆる悪や歪み、つまり彼の目から見てそのように見えるものは自分の力で矯正可能であるという幻想を抱いているのではないかという感じがしないではありません。テレビの時代劇ならそれでもいいのですが、現代の現実の中にそれを置くと、水野さんの最もきらいなパターナリズム、つまり、家父長制的、干渉的な温情主義ということになってくる危険があるでしょう。それに、もしも、その「矯正可能幻想」が彼の独善だったら、矯正されるほうはかなりつらいでしょうね。何だか、さっきから水野さんの意見を代行しているような感じはあるのですが（笑い）、少なくとも、学者を含めた法律家、あるいはジャーナリストといった人々は、『家栽の人』幻想に対して少し慎重であったほうがいいのでは、とは思います。
水野		私の言いたいことの文脈に無理に引きずり込んで、ちょっと言いにくいことを語っていただいたようで（笑い）、申し訳ありませんでした。でも最近の法学教育の再編の議論でも、ジャーナリスティックな文脈で前提とされる良質な裁判官がえてして『家栽の人』的な人物像で論じられていることに、とても違和感を感じるものですから。人間が人間を裁くことの限界についての知恵が詰まっているのが、法律学ですのに。ロースクールについての議論でも、たとえば、豊富な職業経験を持っている人間のほうが裁判官にふさわしいなどという議論がされるのですが、発言者は法学教育や裁判官という職業の意味をきちんと理解しているのだろうかと感じます。瀬木さんは私の存じ上げるもっとも良心的な裁判官のお一人ですが、その他ならぬ瀬木さんが、むしろだからこそといったほうがいいのでしょうが、『家栽の人』の独善性を危惧されることに納得して安心するところがあるのです。
瀬木		私には、過分なお言葉というほかありません。自分にできることの限界だけは意識していたいといつも思っているのですが、なかなか難しいですね。それと、私には、仕事場ではともかく、固定した裁判官のイメージで一日中自分を縛っていたくはないという思いもあります。

２　慰謝料請求の問題

瀬木		少し観点を変えて、争点の限定はいかにして可能かという話のほうに持っていきたいのですが、一つはさっき水野さんがおっしゃった消極的破綻主義の問題点、これについては既に破綻主義（五年間の別居で離婚）を基本とした改正案（対談末尾参照）が示されています。積極的破綻主義の方向を示唆した野田愛子元判事の論文（「離婚原因法と家事事件」新・実務民事訴訟講座８）が書かれたのが一九八一年、その六年後には六二年判例があり、それからでももう一五年、そろそろ積極的破綻主義の基盤とする価値観が社会の共通の理解になってきている面はあると思うのですが、基本的には積極的破綻主義を採っても、並列的に不貞とか悪意の遺棄といった有責事由を認める、より早く離婚したい場合にはそういうことを主張立証するという形で有責事由の立証が入ってくるということが一つあると思います。もう一つ、おそらくより根本的なのは、慰謝料の問題ですね。現在の離婚訴訟には慰謝料請求が伴う場合が非常に多く、その関係で相手の有責性を事細かに主張する例が多いのです。水野さんはそもそも離婚に伴う財産給付の慰謝料構成に疑問があるという見解のようです。でも、離婚には原則として慰謝料は伴わないというふうに割り切ってしまうことができればいいのかもしれないですが、不法行為の一般的な考え方からいっても、これは認めざるをえないでしょう。せいぜい慰謝料の原因となる有責事由をある程度限定することができる程度でしょうね。ここをどう考えていくか、先ほどの改正案のような条文が実現した場合、つまり別居期間を例えば五年なら五年で切って、これによって水野さんのおっしゃるような消極的破綻主義の問題点はかなり是正されるとして、なお残る、有責性に関する争点の限定の問題、これはどうお考えになりますか。
水野		つまり、離婚の認容を年限で切った場合に、有責性の争いが離婚原因をめぐる争いからは失われるけれども、結局は慰謝料のほうへ移転するという問題ですね。
瀬木		ええ、二つあります。一つは、並列的に有責事由を残せばそれは評価的な概念だからやはりある程度広い主張立証を許さざるをえないだろうということ、もう一つは慰謝料が厳然として残るだろうということです。
水野		離婚原因につきましては、私は年限一本で区切るほうがすっきりしていいと思っております。でもフランス法は、先ほど申し上げたように、有責離婚を一つ残しました。破綻離婚、合意離婚などと並べる形で、改正前のスタイルの有責離婚を残して、それが、案外よく用いられているのですね、全離婚の半分近くにもなるでしょうか。過去と切断しないで多様性を導入するという立法方針で、これもある種の知恵の一つなのかなとも思うのですが、でも、合意離婚などが立法されたのにもかかわらず、改正後も少なからぬ数として、安上がりに手早く事実上の合意離婚を得る手段として有責離婚を利用するというケースがずっとあるようです。どちらかといえば、私は、ドイツ法の破綻一つのほうがいいように思います。
瀬木		でも、立法として現実性があるのは、フランス法に近い、別居期間を法定するとしても、それより早く離婚したい場合には有責事由をという方向付けではないのですか。
水野		私も法制審議会の民法部会で婚姻法の改正要綱を作った一人ですから、立法はそれまでとの連続性・継続性に縛られるのもしょうがないと思っています。現に、あの要綱では、有責事由を残しました。それどころか、二項で裁量棄却条項すらおいています。協議離婚を廃止しない限り、日本では、一パーセントの裁判離婚は、その他の九九パーセントの協議離婚や調停離婚をにらみながらの設計にならざるを得ない、やはり象徴としての意味を残さざるを得なくて、あの民法改正要綱は、そういう意味では非常に苦心をしたところです。二項の棄却条項には、六二年判決の線に沿って過酷条項も入れてありますし、さらに、別居期間の間に「配偶者に対する協力及び扶助を著しく怠っていることによりその請求が信義に反するとき」も棄却できるとして、その間の不誠実さへの歯止めもおいてあります。この後者の条項は、その後、「信義則条項」といわれるようになっていて、私としてはこの呼び名はいささか心外なのですが。私は単に別居中の扶養料・婚姻費用分担の確保をねらっただけの条文のつもりでした。かくのごとく、あの改正案の条文は、非常に限界があるといいますか、妥協的なといいますか、読みにくいものではあるのです。ただ日本の風土の中で、もとの条文と判例を前提として改正すると、あそこまでの改正が限界だったかなとは思うのです。そして、あの条文でも、もし立法されていれば、離婚訴訟の現状はずいぶん改善されただろうと思います。
瀬木		そのことを前提として、今の慰謝料の問題です。
水野		はい。私は離婚の慰謝料というのはなくなっていいと思っているのです。財産分与という枠組みが、現存財産の清算という非常に限定された解釈になっておりますね。その解釈が当事者や裁判所を縛ってきました。でも、現存財産の山分けでは、とうてい離婚給付としては足りません。それを上乗せをする枠組みとして慰謝料が働く側面はあります。破綻慰謝料という有責性にとらわれない慰謝料概念を提唱する学説があるくらいで、何とか硬直化した財産分与に上乗せしたものを取らせてやりたいからというので、慰謝料概念も今まで生き残ってきたのではないかと思うのですが、私は扶養的要素を正面から認めてもっと増やしていいと思います。財産獲得能力がある当事者とない当事者、一人は一〇〇万円毎月入るけれども、もう一人はこれからパートに出ても月一〇万円もとても入らないというカップルが別れたときには、継続的な扶養義務にするのは難しくても、財産分与の扶養的要素を将来の分まで集積させてたくさん命ずることは可能だと思います。
瀬木		財産分与の話はまた後でしますので、とりあえず今の点についてお話ししておきたいのは、離婚に伴う財産給付の内容がかなり厚くなったとしても、慰謝料請求というのはおそらくそう簡単に消えてゆかないのではないかということなのです。現在の離婚訴訟には慰謝料請求が伴う場合が極めて多く、それは財産分与の機能の補完といったことだけでは説明できないのです。どうも、裁判離婚の段階にまで至るケースでは、当事者には、相手から慰謝料を取りたいという気持ちが非常に強いようなのです。そして、これは離婚訴訟ではかなりあるのですが双方が離婚を求める場合、実務は離婚原因の立証は必要ないとしている場合が多いと思います（村重慶一＝梶村太市編著『人事訴訟の実務〔三訂版〕』九四頁）が、その場合でも双方が慰謝料を求めて相手のほうがより悪かった、ひどかったとるる主張するので、水野さんが批判するような物語的な有責性の主張立証を許さざるをえなくなる。だから、離婚慰謝料を限定するような立法的な手当てがなされる、例えばそういう形でコンセンサスができればともかく、そうでなければ、おそらく、弁護士の感覚でも、家裁の裁判官達にきいた感覚でも、慰謝料請求によって相手の非をただしたいという当事者の気持ち、あるいはそれに沿った弁護士の考え方、これが非常に強いということからすると、慰謝料請求は、少なくとも裁判離婚では、そう簡単になくなりそうにない。それでは慰謝料の審理をもう少しスマートにできるとしたらどういうことが可能かということなのですが、例えば私の感覚からいくと、ある程度客観的にはっきりした事由、さっきおっしゃった不貞なら不貞、悪意の遺棄なら悪意の遺棄、そういうことを中心に慰謝料請求を組み立てることとし、全体として見たらどっちがどうといった物語的な判断を控えるという形での限定ということですかね、考えられるとすれば。
水野		立法によって封じるわけにはいかないでしょうね（笑い）。解釈論で封じるというわけですか。
瀬木		封じるというより、争点の限定、焦点を絞るための方法です。
水野		争点の限定という手もひとつでしょうね。軽い有責事由は不法行為にならないとして、不貞行為などのいくつかの重い事由だけに限定して不法行為を認めるのですね。でも、それも認めないというのは、駄目ですか。ある種の過失相殺とでもいうのかしら。つまり、そういう配偶者を選んだこと自体に、あなたに責任があるのだという判断ですね。婚姻制度は、私はかなりそういうものだろうと思っていますので。自分が選んだ結婚相手を丸ごと引き受ける義務が大幅にあると思います。
瀬木		おっしゃるとおり、婚姻には、異常性格者であることを隠していたとか執拗な暴力を加えられたといった例外的な場合は別として、一般的には、自己責任という部分があると思います。個人の人格の確立、個人主義を前提とすればそうなりますね。私も基本的にはその方向で審理や和解を行っているので、水野さんのおっしゃることはわかります。でも、問題はおそらくその先に、あるいはその前にあるのです。離婚法について今回水野さんとお話しし、また、家裁実務に詳しい裁判官達とも初めてその分野の話をしてみて思ったのは、現実に存在する現実の当事者というもの、その期待というものから大きくずれてしまうと、理屈としては正当であっても、裁判として成り立つだろうかというところがあるように感じるのですね。だから、私自身は自分の審理は大体モダンで貫徹していると思うので、水野さんのおっしゃることは理屈としてはよくわかるのです。一般論としていえば、水野さんのおっしゃったことと、現在の裁判官の平均的な感覚が、そんなに大きく齟齬があるかといったら、多分ないと思うのですね。水野説は家族法を財産法、契約法との連続でとらえるので、かえって私のような地裁民事型の裁判官にとっては、家族法にはいわく言い難いところが存在するのだといったところから説き始める考え方よりもわかりやすいくらいなのです。いただいた論文を読んでいると、うん、そのとおり、そうじゃないかと思ってしまうようなところがある（笑い）。でも、例えば、判決から例を挙げますと、妻である被告が非常に気の毒な事例五というのが、これは国際結婚なのですけれども、夫のほうがかなりしたい放題のことをして別れたいと、もう夫は身体をこわして生活保護を受けていて資力もないし、何も給付的なことは期待できないわけですね。それで妻のほう、それと娘二人ですけど、別れたくないということで、その理由は、やっぱり、あんなにひどいことをしてきた夫かつ父親の言うことを裁判官は認めてしまうのですかということが一つ、もう一つは、まだ夫、父の世話をして一緒にやっていきたい、それはまだ可能だと思うので離婚を認めないでほしいということなのですよね。国際結婚で妻は元々ヨーロッパの人ですから、日本人の気持ち、水野さんのいう意識の古層というところからは外れてしまうはずなのですが、訴えるところは同じなのです。これは本人訴訟で始まったので、代理人がつく前に妻と付き添ってきた娘の生の声を聞いたのですけれど、まさに水野さんがおっしゃるような、そのような期待は裁判でまかなうべきものではないといった期待が非常に強く出ている事案なのです。そこのところが最後に消極的破綻主義の正当性の根拠として残らないのかと。水野さんは、レジュメの中で、離婚されたくない権利という形で形式的に妻の保護をする、妻とは限らないですけど、離婚される配偶者の保護をするのは問題で、そこは積極的破綻主義と離婚給付の充実でやるべきだ、そして、離婚訴訟から不毛に傷付け合うだけの有責性の立証を極力排除すべきだとおっしゃる。これは議論としてはわかるのですが、消極的破綻主義の根拠として最後に残る気持ちの問題というのはどうなのでしょうか。
水野		二つの問題があると思います。一つは、もっと非常に大きな話で、近代法として我々が継受した裁きのあり方というものが、日本人の持つ素朴な大岡裁きを求めていく期待とずれていることをどうするかという問題。継受法と土着の文化とのギャップがあって、当事者が大岡裁きを求めているときに、近代法の裁判所は答えることはないのだと言って切ってしまうことの是非ですね。この点については、私は近代主義者ですから、切るしかないとは思っています。紛争の当事者が陥っていく出口のない責め合いや、自分が被害者だと思ったときにとんでもない加害行為をしても平気になってしまう心理や、事なかれ主義の周囲が追いつめる残酷さや、要するに、人間はかなり度し難い存在であるので、そういう人間の社会を治めていく法律学の知恵は、近代というよりも、時代を超えて、人類にとっての得難い発明品だと思っていますから。裁判所にできることとできないことを区別し、でもできることは果断に行う必要があります。むしろ従来の家庭裁判所の実務のように、とかく判断を下して強制することに慎重なあまり、紛争の悲惨さを増してきたことのほうが問題だと思っています。でも、この問題の是非は取りあえず横に置くことにしまして、今、瀬木さんが挙げられた、尽くした末に捨てられた妻のケースの問題があります。この事件はたまたま外国人妻ですが、国籍を問わず、今の流行語で言うと「エンパワメント」されていないために忍従の立場におかれていた妻は、同じような反応を示すのかもしれません。日本は外国人差別の強い国ですから、彼女のおかれた位置は、今どきの元気な日本女性たちよりずっと大変な重圧下にあったのでしょう。これでは彼女がとても可哀相ではないか、そして彼女の思いをそのまま切ってしまうということはいかがなものかという感覚には、おそらくこの事案を読まれた数多くの方が、同調されるだろうと思います。そこが信義則派の一番強いところなのだろうと思うのですが、でも、もしこれがここに至るまでの間に、適切な法の援助が入っていたら、どうだったでしょうか。ここが日本の家庭裁判所と家族法に対する私の批判になるのですが、ここに至るまでの間、彼女はずっと放っておかれていました。長い間、彼はやりたい放題をしていました。そのときにもし裁判所が適切に彼女を救済していたのだったら、養育費も取立て、婚姻費用の分担も確実に取り立てて、そして妻子の生活を守りながら事がここまで至ったのだったら、話はまったく違う印象を受けるだろうと思うのです。実際に必要なときにまったく救済しないでおいて、最後の最後にこんな目に遭ったのに離婚されるなんて嫌だという、そこでだけ、それは確かにそうだねと言ってあげる、というのは、その場面だけ切り離すと説得力があるようですが、それはその前が悪かったのだと私は思います。
瀬木		消極的破綻主義についての現在の実務のあり方あるいは法理、これが家族法の通説なのかどうか、ある程度通説的なことになるのかもしれませんが、そこについての根本的な批判という部分は、非常によくわかりました。つまり、別居中の婚姻費用や養育費の請求等が容易に認められ、かつ執行されるような制度になっていて、かつ、そうした救済方法へのアクセスも簡単にできるといった制度になっていて初めて、気持ちの問題の保護という理屈は正当性を主張しうるはずではないかということですね。先日の学会で水野さんとともに司会をされた若林昌子教授も、この対談のレジュメへの感想の中で、水野説に賛成です、離婚を認めないという形が必ずしも妻の保護にはなっていませんでした、と述べられたということですが、おそらく同じ趣旨なのでしょうね。

３　争点限定の方法

瀬木		それで争点の限定の問題ですけれども、慰謝料についても過失相殺ということをおっしゃいましたが、それはまた別の際限のない応酬になりそうですね。それよりも、考えられるところとしては、やはり、端的に、証拠裁判主義で客観的に認定できる部分を、かつ、それ自体でも離婚原因となりうるようなはっきりした事由を中心に、今よりはもっとスリムにしてできるのではないかと、そういう方向のほうがよいのではないかと思うのですが。慰謝料の審理をするにしても、もしも積極的破綻主義の方向に進んだ場合には、現在のような審理とは違って、かなり客観的なメルクマールを立ててやっていくことが可能になるかもしれません。
水野		もしそれが可能だとおっしゃっていただくと非常に心強いのですが。それから先ほどの民法改正要綱についてもう一言付け加えさせていただきますと、あれは非常に中途半端な改正ではありますけれども、あの条文を作ったときに考えておりましたことは、この条文が成立することによって、離婚訴訟の争点が変わるだろうということでした。つまり過去の探究ではなくなって、将来の生活が立つかどうか、そちらに争点が変わるだろうと思ったのですね。それは離婚訴訟の現状に対して、非常にいい変更であろうと思いました。
瀬木		現在の消極的破綻主義における審理のあり方のいい点、悪い点はあるかと思いますが、デメリットとしては、有責性というかなり評価的な部分の争いになって、そこで裁判官が争点を限定しようと思っても、いやどんどん広げたいという当事者がいたときに、適切な訴訟指揮を行うのが難しいということが一つあるでしょうね。それと、さっきも述べましたが、相手が自分よりより悪いと言わなければならないので、どうしても嗜虐的な言葉の応酬になりやすい傾向があるが、法廷でそういうことをしないほうがいいのではないかということがもう一つ。こうした点が、消極的破綻主義に対する裁判の場面での批判の理屈としてあるだろうと思いますね。原則積極的破綻主義になりますと、どちらがより有責かという部分が消えますから、これまでよりは争点を絞りやすいでしょうし、未来のほうを見ながらの判断というのは、よりやりやすくなっていくだろうとは思います。ただ、過酷条項を始めとする例外の部分について、過酷条項は諸外国でも非常に限定的に解釈し、それこそ裁判官の裁量を制限しているようですが、そのような解釈が確立しないと、例外が広くなってしまって現在とあまり変わりないということになりかねないので、その点は、実務家、研究者とも留意すべきでしょうね。水野さんのおっしゃったことを一つ補足しますと、これは手続法の立法準備作業や解釈をやってきた経験からいうのですが、例外を定める条項は、明確に限定しておかないと、学者が考えるよりはずっとゆるやかな解釈になってしまいやすいことを指摘しておきたいのです。当初は、当事者には、どうしても、例外を広げよう、それによって従来と同様の主張をしようという指向が強く出がちですから。その点、先の改正案は、別居期間五年の場合について、割合広く解釈することも可能な例外が付いているのが気にかかります。この点は私も水野説に留保なく賛成で、積極的破綻主義を採るならむしろあまり例外を設けない条文や解釈が望ましいし、そのような解釈が確立したほうが、かえって、その代わりに財産給付は厚くするという議論の積極的な根拠ができて、よいのではないかと思います。
水野		例外の解釈についてご指摘頂いた点は、重要な点だと思います。改正要綱が立法されたとしても、たしかにその後の解釈の問題は残りそうですね。過酷条項も、ドイツ法よりはるかに拡大される危険があります。さきほど申しましたように、要綱の棄却条項が「信義則条項」と呼ばれるようになったのをみても、あの条項をきっかけとして双方の「物語」による争いが継続するのかもしれません。私は、あの条項に、離婚したいのなら別居中の扶養義務をちゃんと尽くすように、という以上の効果を認めたくありませんし、多少遅滞していたとしてもまとめて払えばクリアされる要件と考えますが。立法者意思といっても、大勢の委員が関与して作った条文ですから、私一人の心算がどこまで立法者意思といえるかはもちろん問題ですが、少なくとも私は、五年別居のケースからは、過去の有責性についての裁断を排除して、今後の生活をどうやって成り立たせるか、という争点に限定できると考えて、法制審議会の議論に参加していました。ドイツ法のように、短期の別居期間で簡単に離婚を認めつつ、そのかわりに有責性と切り離して扶養義務を離婚後も認める、という構造が、すっきりしているといえば、一番すっきりしているのでしょう。争点を絞ったところで、不貞行為などの立証をさせることもぞっとしませんし、立証可能な大きな有責行為のかげに、それをもたらした夫婦間の微妙な経緯があることも多いでしょうし。私が一人で白紙から立法するのなら、いっそドイツ法のような条文を作ってしまいたいところですが（笑い）、もちろん日本では過激すぎるでしょうから。私が論文で、家裁で合意が成立しないと、いかに血みどろの長い離婚訴訟が待っているかと書いたことについて、瀬木さんが、新民訴になって以来、もっとずっと短縮されているのだと教えてくださったのですが、この辺りは、伺ってみないとよく分からないなと思いました。私は、地裁へ行くことは、それは大変なことだという意識ばかりがありましたし、現実に家裁での当事者たちは、地裁ヘ行く前に何とか決着をつけようというので、どんなに不当な譲歩をしても離婚合意を得ようと努力をする、それが、日本の離婚法の構造の中の最大の問題点であると理解しておりました。地裁に行っても、実際には短期にてきぱきと離婚が成立するようでしたら、さらにもし民法改正要綱が成立しましたら、離婚訴訟の悲惨度ははるかに減ずると思いますので、離婚法全体も随分変わってくるのかなという気がいたします。
瀬木		一つ付け加えておきたいのは、現在の離婚訴訟、判決だけ見る場合には、新様式の判決の中でも、かなり争点の限定がゆるく見えるようなものになっていますけれど、実際の審理自体は割合スピーディー、スムーズで、かつ、やっぱり証拠裁判主義で客観的なもの、メモとか手紙とかいろいろあるわけですが、そういうもの中心の認定をしていくので、水野さんのおっしゃるほど裁判官にすべてがゆだねられていて、恣意的であるということは、おそらくないとは思うのです（笑い）。
水野		もっと離婚訴訟は地裁へ行っても大丈夫だよという啓蒙をしなくちゃいけないのかなと思うのですけれども（笑い）。もっとも弁護士費用でお金がかかるという問題はありますけれど。
瀬木		私から見ると、条文の問題が根本だなという感じが強いのですね。だから、条文自体のたたき方がもっと十分であれば、離婚訴訟の形もかなり違ったものになっただろうとは思います。人身保護法の条文を見ても思いますけれど、子の引渡しに使うこと自体がそもそもちょっと難しいということ以外に、人身保護法それ自体としても不備がある。戦後すぐにできた法律には、ちょっと条文の組み立て方に問題のあるものがありますね。そこが非常に尾を引いたかなということを一つ感じます。
水野		日本民法の家族法の条文の悪口は、私は一般論としてはずいぶん書き散らしているのですけれども、瀬木さんと議論をすると、一つ一つの条文についてもっと厳密な議論をすべきであったと痛感します。それにしても、条文の不備は離婚法に限らずあちこちにありますね。とくにただ当事者の協議に委ねて、基準もなく、最後は裁判官にお任せという枠組みです。でも民法が改正されるのを待っておりますと、いつのことになるかわかりませんので、私は実務の中で、基準を明らかにして、それを補完していくことによって、民法の中身を詰めていくほうがいいと思っています。また後で家裁への人訴移管についてもお話することになるのかと思いますが、ドイツでは家事事件は基本的には非公開ですけれども、扶養料の請求だけは公開されています。なぜならば扶養事件は全部客観的基準で決まるので、公開されても問題がないと考えられるわけですね。日本でも、扶養料の経済的な給付の基準などはすべて明示して公開するという家裁実務が行われれば、民法典の白地条項の問題はかなり解消されていくのではないかと思います。
瀬木		それでは次の論点に入る前に、私のほうから今の発言を受けて申しますと、これは最後のまとめでも言おうと思っているのですが、財産法とか手続法の分野に比較して、解釈論の部分を磨く努力というのが、これは学説も実務も、双方だと思うのですけれど、家族法の分野に関しては弱かったのかなという気がいたします。たとえば離婚慰謝料の問題にしても、そもそも離婚慰謝料とはどういう性格のものであり、どのような事由についてどういうメルクマールで決定されるべきなのか、といった議論がもっと尽くされて、解釈が具体化していれば、もう少し争点の限定もできるはずだと思うのですね。離婚慰謝料の解釈論が、個別的有責行為をみるのかそれとも離婚に至る一連の経過を不法行為ととらえるのかといったごく初歩的なところにとどまっていることが、相手の気に入らないところや悪いところを生の社会的事実のままで並べるという主張立証の一つの原因になっている。今回初めて離婚訴訟に関する文献をまとめて読んでみて、そうしたことを痛切に感じました。このあたり、やはり、「身分法の特殊性」のドグマの弊害は大きいかもしれません。裁判官も弁護士も学者も、通常の民事訴訟であればいろいろ言い、考えるのに、離婚訴訟というと、水野さんの言葉を借りれば、そういうものだから仕方がないと思って思考停止してしまう、その一つの原因になっている。もう一つは、水野さんのおっしゃることというのは、実務に対する批判という面ももちろんあってそれは受けなければいけないのですけれども、それよりもむしろ根本的には、条文のあり方、そして、その条文の解釈について例えば裁判官に白紙で委任する、それがいいのだというような考え方を採っていた学説、そういう学説に対する批判という部分が大きいのではないかという気がするのです。つまり、個々の裁判官の感覚から言うと、今おっしゃったような問題点は一応わかった上で悩みながら審理をしているという部分があるし、学説との間に共通のタームを作って、それでメルクマールを詰めてゆく、これがまさに手続法では日々やっていることで、これが手続法の解釈作業の主要な部分なのですが、家族法の分野ではどうもそういうのがしにくかった。だから、かなり議論が未分化のままに、非常に大きな対立のまま推移してしまったという部分があるのではないかと感じます。
水野		おっしゃることはよく分かります。知人の地裁の裁判官が、離婚訴訟では自分の偏見を言う気がして非常に気が重い、そんなに僕の偏見でいいのですかという気分で、忸怩としながら判決を言い渡す、と言ってくれたことがあるのですけれども、それが忘れられなくて。彼のように誠実に自己を客観視できる裁判官であれば、きっとそういう重い気分になりながら判決を書かざるを得ないだろうと思うのです。離婚訴訟の判断の大きな切り口という枠組みは、訴訟の枠組みには相応しくないものなのに、それを裁判官に押しつけてきたところがあるのでしょう。立法者も、家族法学者も、あるいは日本人の古層の幻想のようなものが背景にあったのかもしれませんが、その無理をあまり自覚しなかったのではないでしょうか。もし全離婚が裁判離婚になるのであれば、このような問題点も国民全体の共有するものになったでしょう。欧米法の離婚法が破綻主義に変わっていったのも、やはりすべてが裁判離婚だという背景があって、でも、日本では何しろ一パーセントだけですから、離婚訴訟は、多くの人には遠くに起こる稀な事故に過ぎません。その稀な事故に対しては自分たちの無理な期待や思いを押しつけてしまうということがあったのでは、と思います。

・第三者に対する不貞慰謝料請求

瀬木		それでは次の話題、配偶者の不貞行為の相手方である第三者に対する不貞慰謝料請求の問題ですが、これについては水野さんは非常に批判的で、否定説を取られているということですか。
水野		極端な否定説ですね（笑い）。
瀬木		その根拠を、わかりやすく簡潔に述べていただけますか。
水野		初めて書きましたのはまだ学部を卒業したての助手時代で、でたばかりの昭和五四年判決の評釈としてでした。当時は否定説をとる学説はまだ誰もいないという段階で、極端な否定説を書きました（最二小判昭54・３・30民集三三巻二号三○三頁、同評釈・法学協会雑誌九八巻二号二九一頁）。二○代前半の若書きではあったのですが、今でも基本的にはその意見は変わっていません。最大の理由は、相手の配偶者の人格を尊重することと、この請求権とには背理があることでしょうか。それから実際にも強制認知の抑制作用などの弊害が大きい請求権だと考えます。平成八年判決がおそらくはいくらか否定説に歩み寄るつもりで、破綻して以降の不貞行為は請求権の理由にならないとしましたが、これでは最大の弊害のある場合つまり破綻していない場合の請求権行使を封ずることができません（最三小判平８・３・26民集五○巻四号九九三頁、同評釈・民商一一六巻六号九四頁）。離婚の承認や非嫡出子の平等化という時代の婚姻法体系とも矛盾しますし、この不貞行為に関する請求権については、私は一貫して疑問をもっております。この法理と離婚訴訟の消極的破綻主義とに通ずるものがあるように思います。最高裁はすべての夫婦関係に適用されるルールとしてよりも、道徳的な宣言をする効果にとらわれていて、その判例が現実に果たす機能をきちんと考えていないという点で、消極的破綻主義の判例と重なるものがあるような気がします。
瀬木		水野さんは、家族法において事実と法律を連続的にとらえる考え方、例えば内縁を準婚的にとらえるとか、婚姻についても破綻した以降は法的な保護を与えないとか、そういう考え方自体に非常に批判的で、今おっしゃったことはその一環ということですね。
水野		ええ、とくに平成八年判決批判には、その側面があります。つまり事実上の生活と法律上の身分が乖離したときに、法律上の手続きをとらずに解釈論で婚姻法の適用を排除する考え方一般に批判的であることですね。事実上の破綻は、離婚手続きのなかに組みこんで評価すべきでしょう。
瀬木		不貞慰謝料の問題については、これは最高裁判例は認めていて、さっきおっしゃった平成八年判例がそれに一定の限定を加えているということです。それで実際の訴訟の場面で言いますと、先ほどと同じようなことになってくるのですが、まさに気持ちの問題という部分がありまして、自分自身が第三者によって傷つけられた、それで自分の配偶者を責めるよりは、その第三者の非を追及したいのだという、そういう、ある意味で素朴な気持ちの現れですね、これが強いように思います。配偶者との関係をどうするかを決めないままにこの訴訟を起こしてくる当事者が結構多いのですね。そのあたりは、やはり、日本人の気持ちの持ち方の問題ということにつながる部分があるかと思うのです。それで、そのこと自体にはそれなりの根拠があるのかもしれないとも思います。ただ、ここは水野さんのおっしゃることもよくわかるので、それを私なりに敷衍すると、性というのは非常にデリケートで個人的な領域の事柄であり、したがって、貞操は法的にみればあくまで配偶者どうしの間での約束であって、配偶者が第三者と性交渉を持ったときに、配偶者はともかく、その感情の移った相手の第三者まで責め、プライヴァシーを暴くということは、配偶者を自分の持ち物のように意識していること、その意味で配偶者の人格を尊重していないことの現れということになるのではないかと、こういうふうにパラフレーズしてよろしいでしょうか。
水野		そうですね。基本的におっしゃるとおりだと思います。夫婦関係、男女関係がこじれたときは、当事者は愛憎の渦のなかにいます。本人はとてもひどい目にあったと思っていても、国家権力の保障を求めて、裁判所に行って救済してもらえるとはもちろん限らないわけで、法律婚に限ってかつその当事者間についてだけ国家権力が干渉するということで、ちょうどいいと思うのです。どうも従来、内縁関係に法律婚の規定を準用したり、婚約破棄に損害賠償を認めたり、裁判所が請求を認めすぎる傾向があったように思います。不法行為の条文を根拠に、裁判所が男女間の紛争を対象としすぎたのではないでしょうか。もちろんドメスティックバイオレンスとか児童虐待とかいう人身被害になったら話は別ですし、その救済が遅れていたことはたしかですが、これらの被害も必要なのはむしろ実際の救済であって、損害賠償という救済ではないでしょう。自己決定と自由の領域を尊重することは、原理的に、国家権力が裁判によって損害賠償を命じる領域について、謙抑的に設計すべきことを意味すると思います。法律婚においては、国家権力が当事者に介入して守ってやらなくてはならないところですのに、まさにそこにおいて十分なことをしてこなかったから、その歪みがほかのところで妙に介入する結果と結びついてきたような気もします。配偶者が他の恋人を作って家族を捨てたら、配偶者にしっかり責任をとらせれば、それで足りるでしょう。
瀬木		消極説の指摘に沿って考えてみると、原告が配偶者に対する態度を決めていない場合については、不法行為の侵害利益が婚姻共同生活の平和の維持ということであるのに、第三者を訴えることでその利益自体がかえって不安定にならないかということがいえるかもしれませんね。一方、離婚後の請求については、確かに、損害の賠償を求めるというより、むしろ、相手を法廷にさらして復讐したいという気持ちが強く出ている場合も、ないではありません。弁護士としても訴えを起こす前にまず訴訟外でよく交渉してみてもよかったのではないか、そうすれば訴訟外で解決したのにと思われる事案があります。ただ、反面、実際のケースにおいては、第三者の側に原告を積極的に傷付ける行為、良くない行為があったという場合も多いですね。たとえ原則的に消極説を採ったとしても、そういう場合には不法行為と評価しうる場合があるでしょうね。いずれにしても、ヨーロッパ的な考え方、それがすべて正しいとは思わないのですけれども、ヨーロッパ流の洗練された個人主義というものを前提にして、個人の人格の尊重ということを非常にデリケートに考えた場合に採るべき一つの考え方が消極説であるということはうなずける部分があります。調査官の解説に要約されている欧米諸国の考え方（最高裁判所判例解説民事篇平成八年度（上）二四五頁）も、ここは大体きれいに消極説でそろっているようですね。その根拠もおおむね水野説と同様のようです。ですから、この点に関しては、水野説の意味というのは、現在の通説的な考え方に対する一つの根本的な批判ということになるのでしょうね。
水野		平成八年判決がこの請求権によって守られるべき法益とした「婚姻共同生活の平和の維持」ですが、まさにこの法益を守るのが全婚姻法の体系の役割です。婚姻法の体系外で、この請求権を認めるべきではないと考えています。
瀬木		水野説全体が、非常に原理的な部分をみる、それから法解釈の背後にある法社会学的な部分をみるというところがあると思いますが、そういう観点からみると、現在よりもより根本的なところから考えるべきだということになるのでしょうか。
水野		離婚同様、法体系全体から見なくてはならないということです。この慰謝料請求権が非嫡出子の強制認知抑圧機能をもつことも、体系全体からみれば、見えてきます。先ほど原告がひどく傷つけられる被告の行為があることがあるといわれました。実務をたくさん見ていらっしゃると、たしかにそういうケースもあるのだろうと思います。でも、そう簡単に不法行為になるとは思えません。恋愛に失恋して傷ついて逃げた恋人を追いかけたという場合ですと、それは法的な問題にはならないわけですが、あるときその追いかけ方が異常になった。追いかけている本人は相変わらず失恋で追いかけているだけのつもりかもしれないけれども、法的に評価したときに、ある時点からそれはストーカーという犯罪行為になっていたということがあり得ます。不貞行為の相手方がそのようなレベルの行為までしてしまったときに、それは不貞行為を理由としてではなく、つまり失恋をして追いかけたということではなくストーカー行為をしたということによって違法行為になるように、ひどい嫌がらせをしたこと自体をとらえて不法行為で評価するということはありうると思います。
瀬木		この問題については文献もかなりありまして、学者の間でも実務家の間でも論じられているところで、相対的にみればかなり詰めた議論がなされつつある領域だとは思うのですけれども、不法行為の成立要件やその評価のあり方をよりきめ細かく行ってゆくべきではないかということは、現在の実務を前提にしても、一つ言えるのかと思います。

・離婚給付のあり方

瀬木		離婚給付のあり方の問題に入っていきたいと思います。この点も特に水野さんのおっしゃりたいところだと思いますけれども、まず、現在どんな状況になっているかということを少しお話しします。数人の裁判官の平均の数字という程度ですが。バブル期には相当高額の給付がなされる例が多かったのです。バブル崩壊後は、それよりは低めになっていまして、これには、訴訟までくる事案では資力のない人、あるいは徹底的に争う人、また微妙な事案が多いということもあります。そのために調停よりは低めになっているのかとも言われています。そういう傾向もあるかもしれません。で、財産がかなりあれば、清算的財産分与としても例えば二、三千万円以上といった大きな金額が認められる場合もあるのですが、現実には、不動産はオーバーローンで債務を差し引くとほとんど価値がないというのが今の現状でして、そうしたことを前提にしますと、例えば一千万円前後、若い夫婦で子供がなかったりすると五〇〇万円程度というのが、財産分与について割合あるケースかもしれません。それから慰謝料について、これも裁判官によって差があるかと思いますけれども、ほとんど有責性に差がない、不法行為として評価できるかどうかがかなり微妙だなという事案で一〇〇万円、それから後はどれぐらいはっきりしているかで五〇〇万円以上もありますが、大体その間ぐらいであろうと思います。養育費については、家裁の裁判官の話を聞くと、家裁では随分高くて厳密な算定をしているようですが、地裁ではほかの要素を補完するという感じで見る部分が大きい、つまり地裁では養育費だけが問題になることがないものですからそうなるのですが、子供一人について月三ないし五万円から一〇万円くらいであろうかと、それで二二歳になるまでというのが多い。例えばそんなところですね。水野さんのお考えですが将来の生活保障がポイントであると、そして、この点について欧米では将来の生活保障までするのがむしろ原則だということですので、水野さんのお考えも含めて簡単におっしゃっていただければと思います。
水野		財産分与が現存財産を前提として、現存財産の分割ということになってしまいましたから、解釈の硬直化が生じています。いまだにその二分の一を目標とすることになっているわけですが、でも、財産獲得能力のある夫と専業主婦の妻の場合に、二分の一であったら、離婚給付としてはとても足りない、もっと多額を妻に取らせたいと思います。民法改正要綱は、寄与度についてはむしろ二分の一ルールを明示する方向でしたが、その上位の基準として「離婚後の当事者間の衡平を図るため」諸事情を考慮できるとしていますから、最低の寄与度として二分の一の権利性を確保した上で、財産獲得能力のない当事者にはそれ以上のものをとらせる基準と読めます。婚姻は一応生涯を約束した契約であったはずで、それがうまくいかなくなってしまったのですから、将来の生活保障というのは当然必要になる、婚姻という契約の中の根本的な部分だろうと思うのです。ですから、婚姻がうまくいかなくなったときに、有責であったからということではなくて、婚姻をしたという事実から、それだけ重い債務を、夫たち、つまり財産獲得能力のある側に課してもしかるべきであろうと思います。フランスの補償給付も離婚後の生活保障をしておりますし、ドイツ法は扶養義務が継続しますし、英米法でも、ずっとアリモニーが認められてきたわけですね。ただ離婚した後も扶養をする義務というのは、日本人の感覚には遠いのかもしれません。日本人の伝統の中にはそういう発想はなかったのでしょう。法的な離婚に至らない事実上の破綻の場合ですら、義務の消滅をいう学説や判例があるくらいですから。子供については、日本人でも、扶養義務の存在はもっともだと思うでしょう、それは両方の子供なわけですから。でも、別れた女房に対してどうして扶養しなくてはならないのかという疑問は日本では説得力があって、離婚後の扶養という考え方はなかなかコンセンサスが得られないことであったのかもしれませんが、私は、それが日本の婚姻法の問題点であったと考えています。婚姻は一生をともにする約束なので、破綻したときには、現存財産が全部妻にいってしまって、かつまだ借金を負うという形で別れるというくらいが、妥当な線だと思うのですね。財産分与の現存財産の山分けという概念は、大幅に修正しないといけないと思うのです。
瀬木		具体的にいうと、先ほどお話しした金額は、水野さんの感覚では低いということになるのでしょうね。
水野		まったく低すぎるという気がしますね（笑い）。
瀬木		感覚的なものですから、何とも言いにくいとおっしゃるとは思うのですけれども、例えば、ごく普通のサラリーマン、婚姻期間が一五年くらいで子供が一人、二人、年収が七〇〇ないし九〇〇万円というようなところで、水野さんはどんな金額を考えられますか。
水野		子どもの養育費は定期的に払うことにして、それ以外の、妻だけへの給付ということですか。
瀬木		それ以外の純然たる離婚給付ですね。つまり、かなりの借金をして払うということになるのかどうかということが一つあると思うのです。
水野		ええ、それはもちろん借金をして払うことになるのだと思います。扶養義務という形にするのか、あるいは借金という形で一時金の定額にしてしまうのか、独仏法は手法はわかれますが。一時金の定額にしたフランスの補償給付は、とても高額でかつ硬直化しすぎだというので、最近の改正で、事情変更で修正される可能性を広くする形で手が入りましたけれども、それでも、給付の内容は、離婚した二人が生涯にわたって生活程度を同じくらいにする金額ということですから、それは随分の金額です。ほとんどの男は現存財産では払いきれないので、定期金という形で将来の借金になるわけです。
瀬木		ごく簡単に考えても、例えば三千ないし五千万円というような金額は、一括でやれば出てきそうですね。
水野		それぐらいは当然いいのではないかと思います。それから、分与者に譲渡所得課税がなされる現行の税制も問題ですね。
瀬木		この点については、水野説の汲めるところは後でお話しするとして、ある程度実務感覚というものからお話ししますと、まず、水野さんがおっしゃったとおり、婚姻というものを一つの約束、契約というふうにとらえる、これは私のように地裁民事を中心にやってきた者にとっては、割合わかりやすい考え方というか、共感できるのですけれども、一つは、そこで婚姻に込められうる意味付け、コンセンサスということだと思うのです。今回一〇人ぐらいの、特に若い男性、女性の法律家ないしその卵の人達にきいてみたのですが、水野さんのおっしゃるような生涯保障的な考え方を述べたのは、女性で一人あったという程度でした。まあ、法律家の考えですから、かえってその常識に毒されてしまっているのかもしれませんが。男性の場合、訴訟までくる事案では、本当に払いたくないようですね。日本のインテリについては、ダブルスタンダード、トリプルスタンダードと思想の基準がいくつもあるのだと言われていますけれども、それこそ一流の著述家や学者や医師など非常に洗練された欧米的教養の持ち主でも全然払いたくないという例はいくつも見てきましたし（笑い）、女性についても、今回きいた範囲では、自分が結婚してうまくいかなかったとして、自分のほうが収入が低い場合に、なぜ男性にそこまで面倒をみてもらわなければいけないのかおかしいように思うという感じ方もありましたですね。もう一つは、現存する社会的不平等を個々の人間にどこまで埋めさせるかという問題がありますね。実際問題として男女の社会的不平等は経済面でもありますが、それを個々の当事者に持ってゆくか、それとも社会的な制度のほうに持ってゆくか、その程度の問題、振り分けということがあると思います。それから三番目というか、これは根拠というよりは単なる指摘というだけなのですが、もしも離婚給付を非常に広い意味で法的な一つの賠償、保障的なものと考えるならば、ほかの場合とのバランスを考えなければいけないと。例えば、不法行為の場合は過失相殺がなければ原告には全く非がないわけですからそれこそ完全賠償でなければいけない。ところが、結婚というのは、さっきもおっしゃったように、かなり自己責任的な要素を含んでいるので、詐欺的にだまされたというのでない場合は、あばたもえくぼと思ったのに実際にはしばらくしたらいやになったという要素もあるわけで、そこで自己責任的要素が一つ問われそうな気がします。
水野		私も、慰謝料を否定するところでは、自己責任的要素をいうわけですが（笑い）。でも結婚という生涯をともにする制度的約束は、その関係に入った意思を根拠に、責任をとらせていいと思います。もと配偶者の将来の生活保障については、離婚した妻の負担を負う責任は実家にあるというほうが、伝統的発想であったかもしれません。しかしもう、あるいはかつても、そのような「実家」は存在しません。また、社会の中における男女間の格差がなくなったら、婚姻制度で経済的保障をする必要は、夫婦間については、なくなるかもしれません。でも現状では、そうではありません。日本の女性の地位の低さは、社会の中のみならず、家庭の中でも深刻です。内閣府の「女性に対する暴力に関する専門調査会」に所属しているのですが、そこでの調査によると、日本の社会における「養ってやっているんだ」という夫たちの横暴は、ＤＶの根底にもあり、ときには目を覆わんばかりです。別れたら食べていけないという恐怖が妻たちをそんな家庭に留めています。そこまで含めて日本の「風土」だといってしまえばそれまでなのですけれど、離婚法が独仏並だったら、こんなひどいことにはなるまい、と思うのです。思春期の精神的問題を専門にしている精神科医の知人がいるのですが、彼は、「結局、主婦は、弱者なのですね。弱者である主婦自身がかかえている自分の問題を、子供にすがったり転嫁したりすることでやりすごすので、子供が精神的に問題を抱えてしまう、という構造です」と分析していました。女性を守ることは、子供を守ることを意味するでしょう。人間の生活を支える家庭は、一定の財とサービスによって維持されます。アンペイドワークであるその私的サービスを供給するのは、これまで役割分業で女性の仕事とされてきました。婚姻による生活保障は、婚姻が作り出す家庭生活におけるアンペイドワーカーの生活保障という側面もありました。婚姻によってアンペイドワーカーになったために、賃金労働者になる機会を喪失したと考えれば、その機会費用を請求できる、とも考えられます。離婚後の母子家庭は経済的にとても大変です。それでも女性たちが、離婚できるようになったのは、社会保障のおかげです。少なくとも社会保障で生きてはいける、となった女性たちが、忍従の一生から逃れて、離婚するようになりました。タックスペイヤーの私からすると、その母子家庭の生活を保障すべきなのは、税金より先に、まず別れた夫だろう、と思います。
瀬木		おっしゃることはよくわかりますが、水野説の基盤になっている「生涯をともにする契約」という婚姻の解釈については、やはり一つの留保を付けておきたい部分があります。「できればそうありたいものだが、もしかしたらうまくいかないこともありうる」というのが、現代の婚姻当事者の正確かつ正直な気持ちであり、契約意思の内容ではないでしょうか。これはもはや純然たる話題にすぎないのですけれども、一つくらいはくだけた話題を提供しようかと思ってここに持ってきたのは、アメリカのヘレン・Ｅ・フィッシャーという女性人類学者の、「愛の解剖学」、邦訳が「愛はなぜ終わるのか」という題名になっている本（笑い）です。何を言っているかというと、人間はどういう動物か、一夫多妻でも一妻多夫でもなく、一夫一妻が基本であると。しかし、その遺伝子の中には離婚をするという要素もまた含まれているというのです。つまり、婚姻も自然であるが離婚も自然であると。様々な異なる文化圏において、離婚数のピークがほぼ結婚後四年目と共通していることを一つの根拠としています。より能力の高い子孫を残すための適者生存のための繁殖戦略という観点から考えると、継続的な一夫一妻制よりも、逐次的な一夫一妻制のほうがすぐれていると言うのですね（笑い）。
水野		（笑い）
瀬木		水野さん、笑っていらっしゃいますけれど、離婚訴訟をずっと見てくると、なかなかこれは説得力があるのですよ（笑い）。つまり、婚姻の四分の一の数の離婚があって、そして、日本の社会はまだ離婚に関しては相当の制約が働いていることを考えると、この四分の一というのはかなりの数字だと思うのですね。実質的に破綻している婚姻はおそらくこれよりかなり多い。ですから、この点に関しては、生涯を予定する契約だ、だから生涯の生活を保障すべきだという考え方自体が、やっぱり文化的なものではないかという気がするのです。裁判官も何人もが言っていましたが、それは、ヨーロッパのキリスト教秩序の下での婚姻法、本来離婚はあるべきでないんだ、だから昔は許さなかった、それは不合理なので破綻主義になった、でも、本来あるべきものでないものなんだから当然その場合の得べかりし利益は保障すべきだという、そういう暗黙のコンセンサスがあるのではないのかと。いかがでしょうか。
水野		動物としての人間行動と結びつける家族論については、確かにいろいろ（笑い）本が出ていて、お話としてはすごく面白いと思いますけれども（笑い）。山極寿一さんの『家族の起源』など、私もとてもおもしろく読んで、かなり説得力も感じました。ただ、遺伝子レベルとか動物レベルとかで、人間の行動を説明できるでしょうか。まだそのごく一部がわかっただけですし、いろんな矛盾がありますし、文化的な遺伝子という議論もあります。アメリカの本は、とくに遺伝子に関する壮大なお話が多くでていますが（笑い）、将来、どのくらい生き残るものでしょうか。確かに、瀬木さんが言われた、一夫一婦制でかつ生涯を通じた契約ということが、一つの文化であり通念であるということ、それ自体は否定しません。ヨーロッパでもアメリカでも、手厚い離婚給付の背景にキリスト教的な文化があったこと、これももちろん全く同意見です。ただ、それが守ってきたものがあって、それは捨てられる妻たちの保護ということだったのですね。逐次的な一夫一婦制の自由に任せたときに、結局何が起こるかというと、弱肉強食が起こるので、それを政策的にどうやって救済するのかということです。個々の当事者が救済するのか、社会的制度が救済するのかという選択肢で考えると、これは現在の枠組みで言うと、社会保障に流れ込むのか、別れた夫からとってくるのか、ということですが、私は夫からとってきてもらいたいと思います。また、政策的な判断というレベルの議論の他に、もっと根本的な、人間の持つ観念の機能ということも思います。人間の社会をどうやって構築していくかというときに、人類は大脳皮質が肥大して本能が壊れた動物のようなところがありますから、共通の観念で行動を縛られるので、皆がそうだと思うとそういう社会を作っていくという側面がありますね。共通の観念をもつとその観念に沿った社会を作っていくとすると、やはり子供を育てるときには、その両親である夫婦には、できるだけ添い遂げてもらいたいと思うところが、私にはあります。もちろん夫婦が崩れざるを得ないことはいっぱいあると思います。私はよく、間違った結婚はあるけれど間違った離婚はないから、という言い方をしますけれども、離婚するときには、おそらくそれはやむを得ないことなのだと思っているのです。思ってはいますけれども、そのときに気軽に自由の身になって次の相手を求めていけるということであってはならないはずです。夫婦は生涯の絆だという社会通念や制度が守ってきたものは、案外大きかったと思うのです。結婚するときには、その中で子どもを育てるにふさわしい安定した家族という繭を二人が作るのだという覚悟で、結婚してもらう。それを壊したときには、重たい責任が待っていますよという形で、それを担保する。そういう制度を持っていることが、具体的な弱者も救済するし、人間の社会全体の構築の仕方としても、いい社会通念を構築していくだろうと思っています。
瀬木		遺伝子的な本能の次元という、それが現代の人間に当てはまるのかどうかは疑問のあるような部分について述べたので、今度は少しまともなことを言いますと、イエスの言葉の中に「これらいと小さき者の一人のためにあなた方がしたことは、私のためにしたことである」というのがあって、私はクリスチャンではないのですけれども、キリスト教の一番いい部分というのは、そういう「いと小さき者」、被害者、弱者あるいは被告人なんかまで含めての弱い人間全部に対する、あるいは人間性のうちのデリケートな部分に対する姿勢みたいなものだと思うのですね。水野さんのおっしゃったことのいい部分を汲み取ればそういうことだろうというので、これも理解できます。日本の社会は、人間性のデリケートな部分にあまり敏感ではないですね。それが、日本人が思いやりや配慮を欠くという誤解の大きな原因になっていると思います。ですから、先ほどのはちょっと述べてみたという程度の部分もあるのですが（笑い）、それはそれとして、契約という言い方に少し突っかかってみたかったところはあって、契約という以上は、契約に込められた意味内容が問題にされるはずだから、例えばの話ですが、夫婦財産契約みたいなものとして、夫婦扶養契約といった類型がいくつか設けられていてこの類型を選びますよと言ったのだったら、当然それはそうすべきだと思います。それでも事情によりある程度制限すべきだとかいったことにはなるでしょうけど、基本は契約の履行でいいですね。だから、現代の日本の婚姻にどこまでの意味を込められるかが重要なのだと思いますが、それはまた後で論じるとして、水野説の汲める部分についてお話ししたいと思います。仮に実務を知る研究者的な目から水野説を汲むとすれば、まず、離婚に伴う財産給付については有責的要素からなるべく解放するということでしょうか。先にお話ししたとおり、有責的要素が強い場合には慰謝料を求めたいというのはあるでしょうけど、基本的には、給付の問題を考える場合には有責性をあまり重視すべきでないだろうということがあります。それから、一番汲めると思ったのは扶養的財産分与の見直しということなのですが、それに先立って財産分与のうち清算的なものについてまず言ってしまいますと、これの重要なのは手続法的な部分で、財産開示だと思うんです。夫がどんな預金を持っているかわからない。逆に妻のほうが全部持ち出してしまって内容がわからない。これを開示しろというのだけれど、制度がないから、弁護士も、自分の依頼者に対して全部開示しなければ駄目ですよと言いにくい。水野さんからいただいた文献を見たところでは、開示制度があってもなおかつ従わない人が外国でも多くて、それは開示しない場合の制裁ないしみなしが難しいからだろうと思うのですが、それでも何らかの財産開示制度を設ける意味、それが訴訟で一番大きいのは、一つは離婚訴訟かと思うのです。現在、担保・執行法制の見直しということが検討されていて、そこで財産開示が一つ出ていますが、こういう部分こそ家族法がまず注目すべき点だったのではないかと思います。さて、扶養的財産分与では、少なくとも、所得機会の喪失を補うということは言える、一定の合理性があると思うのです。結婚したために、より高い収入を得る機会を定型的に失った、実際そういう場合も多いわけですし、それはある程度みなすということもできるわけですから、それで生活水準の差ができる場合に、例えば少なくとも相当期間、何年分かの差はきちんと埋めるという形で、扶養的財産分与といっても、現在の実務で割合よくある調整的なレヴェルの金額のもの、あるいは一括しての財産分与算定の一要素として考慮するものにとどまらず、ある程度実質的な金額を出していくことが可能になるのではないか。そういう実質的な扶養的財産分与のあり方は、今後考えられていってもいいのではないかと思います。もう一つは養育費で、支払うべきことについて争いがないのは子供の部分だと思うのです。先ほど種としての人類の話をした、それはもう種としての部分ですからそれを現実に当てはめるのは乱暴だということはよくわかるのですけれども、少なくとも言えるのは、おっしゃったとおり、家族は子供を守る繭であるという面が大きいわけですから、養育費については、現実の必要額をきちんと算出して負担させるということ、もう一つは大阪弁護士会からそういう案が出ていますけれども、従来の執行制度では難しいので、例えば給与天引制度といった形により行政レヴェルで裁判の実現を確保してしまうということ（「家事事件審理改善に関する意見書」本誌一〇四五号一六頁）、これは、養育費以外でも、例えば年金分割といったことがあるかと思います。そういう意味でこの部分は、ことに積極的破綻主義の方向へ進めば、これから変わってきうるところだし、そして、こういう部分は本当に家裁のお家芸なのですね。給付とか財産分けという部分についてはノウハウがある。だから、ここは移管によって大きく変わってくることが期待できるところ、そのメリットの一つではないかと思いますし、家裁実務に詳しい裁判官からもそのような感想はありました。
水野		ご指摘いただいたような点が、もっとも建設的な方向の議論だろうと思いますし、かつ、今まで一番不足していた部分だろうと思います。これらが必要であることについては、それほど異論はないでしょう。扶養的財産分与を命じられると、二人の関係では自分が我慢ばかりする被害者だったのに、と不満を覚えるかもしれません。そのことについて、ドイツ人の同僚に聞いてみたことがあります。ドイツ法が破綻主義に変わったときに、有責性を問わないにもかかわらず、離婚後も一律に扶養義務を課しているので（もちろんドイツの離婚後扶養も例外はあるのですが、男女平等の規定になっていますから、働く気のない元夫を元妻が扶養することにならないためなどの定型的な限られた例外です）、こういうことになって当事者に不満はないのですかと素朴に聞いてみたのです。確かに有責主義から移行した直後は、悪いことをしていないのに、なぜ僕たちはこんな負担をという不満はあったけれども、今では皆そういうものだと思っているというのが、彼の返事でした。民事法のルールには、普遍的にそういうことがあると思います。つまり自分だけではなくて、皆がそうなってしまうということだと、まあ承服するかということになる。それが民事法による社会通念の形成のされ方なのでしょう。婚姻というものはそういうものだというので、皆が重い扶養的財産分与を命じられるのだということになれば、裁判所へ行ってもそうなのかということになったら、もうそれで納得するのではないでしょうか。そこが事情次第で、合意によっていくらでもありえて、ゼロから天文学的数字まで、いかようにも変わり得るということだと、支払う側は納得しないと思います。具体的な強制執行取立の手続等の制度的な整備の必要性もおっしゃるとおりだと思います。離婚後だけではなくて、事実上の破綻に入った段階から手厚くすぐにそういう形での扶養料や婚姻費用の取立てが確実に行われるようになっていれば、婚姻事件や離婚事件の姿はずいぶんと変わってくるでしょう。
瀬木		そうですね。水野さんのおっしゃる承服の根拠としては、やはり、婚姻の意味付けについてのコンセンサスが必要であろうとは思いますが、いずれにせよ、離婚給付については、法律家の間に、実務家、学者を含めて、これから、何らかの新しい合意や基準を作っていくべきかとは思いますね。

・事実婚と法律婚、国家の婚姻規制のあり方

瀬木		さて、協議離婚の問題も含め、水野さんのお考えについて私としては一つおききしたいところ、法律婚の意味ということです。水野さんは、法律婚に非常に大きな意味付けをされます。そして事実婚と峻別する。それはおそらくヨーロッパ的な考え方、法律婚であって初めて国家が介入できる、また、法律婚である以上は一律に手厚い保護をするということなのだと思いますけれども、これに関連して、水野さんは、協議離婚についても当事者の自由に任せておくべきではないというふうにお考えになるのか、また、これを規整するとしたらいかなる方法によるとお考えになるのか、ということについておききしたいのです。ここは、ごく普通の実務家の感覚でいくとなかなか難しいように思うところなのですね。
水野		事実婚と法律婚については、内縁準婚理論批判を書いたり（「事実婚の法的保護」石川稔他編『家族法改正への課題』）、フランスのパクスと比較して日本の状況を書いたりしています（「カップルの選択」ジュリスト一二○五号八四頁。パクスについては、同号所収のマゾー・ルヴヌール教授の講演を参照）。私は、法律婚と事実婚を区別することと、事実婚や非嫡出子に対する差別論とは、別の話だと思っています。日本社会に存在する差別構造があることは否定しませんし、もちろんその構造に対しても批判的です。事実婚は自由に行われてしかるべきですし、非嫡出子差別は許し難いと思います。だからといって、法律婚と事実婚を同様に扱うべきである、法律婚と事実婚を同視すべきだというのは、おかしいということなのです。そういう意味で今まとめていただいたような表現で異論はありません。それから協議離婚についてですが、とても安上がりだなというのが素朴な実感ですね（笑い）。欧米法の離婚訴訟というのは、国家的に多額のお金を使っていると思います。当事者主義を守るために、フランスでもドイツでも法律扶助で弁護士を付けて、皆に裁判所を経由させるわけですね。それに比べますと、ほんとに日本は安上がりです。そして家庭裁判所の中で行われている調停も、お安いですね、調停委員は裁判官のような給料はとりませんし。家裁における関与の仕方も、安上がりであるがゆえに、公権的かつ後見的な親切の範囲と当事者主義の原則が、なにかそれこそ「身分法の非合理性」的に混沌として混ざっているような気がします。安上がりにすむように、当事者の合意の枠組みでどんどん落としている。安いに越したことはないと思うかどうかですが、私は、やはり安かろう悪かろうはある、という気がしています。とくに日本民法のように基準がありませんと、弊害は大きい。一定の基準というものがどうしても必要で、基準がないときにすべてを合意に任せておきますと、どうしても離婚したい側はバーゲニングパワーを失ってしまって、不当なまでに全部譲るだろうと思います。今の女性たちは、結構しっかり、権利意識を持っていて、そう甘くはない、という話も家裁の実務家から聞きますが、やはりその危険はあると思えます。このようなケースを、しかもマスコミのセンセーショナルな記事で読んだだけで口にするのは不謹慎なのかもしれないですが、池田小事件の容疑者が調停離婚をしているようですね。私が読んだものは不正確な報道かもしれませんから、それを留保したうえで申しますと、その調停離婚は、彼が非常に執着した妻との調停離婚なのですが、この結婚は、内容からしますと結婚詐欺のようなものでしたし、婚姻中ずっと彼女はドメスティックバイオレンスの被害者でした。彼女は彼から一刻も早く逃げたいと思い、彼女の側で何百万かのお金を積んでようやく彼の離婚合意を得ています。極端なケースではありますが、こうなってしまうと、合意に基づく離婚というのは、日本の離婚の欠陥だなと思います。彼女をなぜ日本法は救えなかったのか、家庭裁判所の中にまで入りながらなぜ守ってやれなかったのかと、その記事を読んでからずっと考えています。ドメスティックバイオレンスの被害者保護が遅れているという問題もありますが、離婚法だけを考えても、合意に任せておいたときに、離婚するために被害者はどんな犠牲でも払うというケースがあると思います。客観的に基準というものがはっきりしていて、必ず離婚できるということになれば、彼女は何百万も払って離婚を買うことはなかったでしょう。彼のドメスティックバイオレンスのひどさを考えれば、それは法的に不法行為、犯罪行為として評価されるものでしょうし。ただし、今後の日本の制度設計としては、母法のフランス法やドイツ法のように、離婚を全部司法に任せて、裁判所を経由させるという設計が必ずしも不可欠な解決策とも思いません。これも一つの伝統に規制されたあり方かもしれませんし。現在の日本の協議離婚は、これは行政的な処理ですね。特に日本の法曹人口の少なさ、裁判官の少なさを考えますと、今後も行政的な処理ですむ離婚を維持したほうが現実的かとも思います。ただそのときに必要なのは、当事者を守れる基準であり、その基準をチェックできる機構ですね。それは司法であるとは限らずに、行政であってもいいかもしれません。
瀬木		非常に大きな問題ですね。まず基準の点ですけれども、水野さんは日本の家族法には白地規定の部分が多くて、社会に対する規範としての意味が非常に小さいのではないかとおっしゃる、確かにそういう部分があるかと思います。例えば交通事故の場合とか、いろいろ比較するところがあるのですけれども、法律家の間でかなりコンセンサスのできている部分があるのですね。で、離婚給付に関しては、まだそうした大まかなコンセンサスができていない。これは家裁実務に詳しい裁判官達からも、何らかの形での明確な基準があって、かつそれが明示されているほうが当事者に対する説得や説明もやりやすいだろうという意見はありました。基準には、当面全体を引き上げる、底上げするという面と、基準ができてしまって硬直化してしまうという面と二面ありますが、離婚給付に関してはまだ今は基準を作ることで引き上げてはっきりさせるというメリットのほうが大きいのでしょうね。そのこと自体はそのとおりだと思います。ただ、その基準を作るときにどういう作り方をするのか。立法ではかなり大まかなことしか言えませんので、実際には、例えば裁判官、弁護士、学者の間でなるべく透明性のある開かれた形で基準を作れれば一番いいなと、民主的な議論の過程の中でできていくものであれば一番いいだろうなと、これは感想ですが。
水野		ただ、現状では、原理的な理解と主義、価値観が、学説の間でも随分かけ離れていますので、本当の筋としては、あるところの大まかな線は立法で出す必要があるかなとは思います。
瀬木		そうですね。それは私もそうだと思います。立法が原則を示すことが効果的だし、必要ですね。でも、ものが大きいので、立法の基準を作るときにかなりよく考えて作らないと禍根も残すかなと。いずれにせよ、今日お話ししてみると、水野さんの批判というのは立法論にいく部分が大きくて、立法をきちんと整えることでかなり解決できる部分があるのかと思います。
水野		立法を目指すべきだという筋がもっともなことは、今、私自身が申したところなのですが（笑い）、ただ婚姻法改正の経緯を考えますと、法制審で時間をかけた私の五年間の立法準備作業は何だったのかという経験もあるのです（笑い）。条文が白地規定ですから、逆に基準を盛り込むことにも立法的な制約はないわけで、基準作りについて実務家が解釈を手伝ってくださると、そのほうがよほど実現への現実感があるのですね。国会に任せておくと、素人の保守的な議員の先生方が潰しちゃうという（笑い）実感が背景に見え隠れしているところがあります。フランスも本来はカトリック国ですから、一九七五年の段階でよく破綻主義離婚法の立法ができたなと思うのですが、拒否権行使の可能性を留保しつつも、原則的には、国民から国会議員へ代理権を授与し、国会議員から法律専門家へ代理権を授与する、というシステムが、うまく機能したのだろうと思います。まあこんなことを申しますと、日本の法律専門家集団が、権威を認めて尊重してもらえるだけの実力がないからいけないのだ、といわれてしまうかもしれませんが（笑い）。
瀬木		ですから、そこは先ほどお話ししたように、例えば法律家の内部でも、とりあえずある程度透明性のあるものを作っていくことは、しようと思えばできるかもしれないし、それが先行するということも考えられますね。それから次の点です。水野説は論理的に筋の通った、全体として一貫した考え方だとは思うのですけれども、私には一つよくわからないところがあって、それは、国家の役割ということなのです。国家が直接前面に出るのは謙抑的であったほうがいいとおっしゃる。例えば裁判の場面では、かなり裁量性を厳しくチェックしていこうという指向がある。ところが、協議離婚の規制といった部分になると、今度はかなり国家が出張ってきて後見的に保護してしてやってもいいというお考えなのですね。その辺がどういうふうに統合されるのかなと疑問に思ったのです。離婚規制に関する水野さんのお考えは、社会の階層化を前提として、その底辺のほうに目を向けた議論ということであるとよくわかる部分がありますが、日本の社会というのは、前近代的な部分から脱近代的な部分までが雑居していると昔から内外の思想家に指摘されている、そういう社会で、洗練度の高い部分も結構あるのですね。ですから、簡単に、近代はもう超えられた、これからはポストモダンだなんて言ってしまってはいけないのですけれども、反面、この離婚規制という局面で見ると、先のような水野さんのお考えにはちょっとねじれがあるように感じるのです。つまり、協議離婚などという大きな場面で、国家が行政的にそこまで出張ってチェックしてゆくということになれば、それこそ離婚訴訟における裁判官の裁量なんて小さい問題で、国家によるすごく大きな裁量の行使が、協議離婚のレヴェルで、国民、市民に対して働くと思うのです。そこについては不安を感じられないのか、あるいは裁判官の裁量を規制する議論との兼ね合いでどういうふうに考えられるのか、そこをちょっとおききしたいのです。
水野		それは婚姻制度全体に対する規制の設計の仕方に対する議論であって、私の中では、それほど矛盾するものではないのですね。婚姻制度をどういうものと構想するかということですが、婚姻制度は国家がカップルに関与する制度、あらかじめ明示した効果を当事者に強制することによって関与する制度だと考えます。扶養義務があり、嫡出推定があり、将来離婚するとなるとこれだけの負担が課せられる、そういう関係にあなたたちは入るのですね、と国家が用意をしておいて、当事者たちは、それでもその関係に入るか、あるいはそんな面倒なことはいやだから勝手に事実婚でやります、という選択肢をもちます。選択肢があるのにそれを承知で婚姻した当事者たちに対しては、国家が予告しておいた婚姻制度を働かせることができる。国家権力行使に対する謙抑性の要請は、それでクリアされます。もっとも法律婚の中身を妥当なものに改良していくべきことは、もちろんです。法律婚に入ることをためらわせるような不当な効果、たとえば夫婦同氏強制のような効果は強制すべきではないので、その改善の努力は絶えず必要です。裁判官の裁量性については、すでにお話ししたように裁判の公平という観点から、考えます。ちなみに日本の裁判官の質は平均してとても高いものだと思いますが、そういう質の高さに全面的に依存した大岡裁きの制度設計ではいけないと考えています。また、裁量性については、裁判の公平性という観点の他に、国家権力行使に対する謙抑性からも、消極的にならざるを得ません。婚姻制度として予告した以外の形で、当事者が予期しない形で、当事者の生き方、プライベートな性生活、婚姻生活の形成の仕方に、国家権力が、内縁準婚理論で、あるいはまた不法行為を理由に関与してくるのは、いかがなものかと思うのです。そこはやはり謙抑的であるべきでしょう。婚姻制度という枠に入ることを当事者が選んだことによってはじめて、数多くの規制が正当化し得るだろうと思います。
瀬木		原理的にはおっしゃることはわかります。裁判官の裁量云々の議論も、裁判官に対する不信でなく、現在の離婚訴訟の形がよくないという意味合いで言っているのであって、国家の介入それ自体がいけないと言っているわけではないということでしょうか。しかし、それにしても、先のような行政による協議離婚の規制をすれば、個々の場面で担当官がかなり杓子定規なことを言って、個人主義の夫婦達からは、どうしてこんなプライヴェートな場面で、しかも裁判手続といった場所を利用したわけでもないのに、いろいろ言われなければならないのか、大きなお世話であるという不満が、それこそ出てくるのではないでしょうか。私や私の友人達なら、法律家に限らずそう感じるのではないかと思うのです。行政的な規制が、例えば一定の条件を満たさないと離婚させませんよといった形を取ったりすると、その個々の場面で働く裁量性は、多分、現在の地裁の民事訴訟で裁判官がかなり厳密に法を扱って行使している裁量性とは比較にならない実質的な意味で大きなもの、あるいは硬いものの行使を許容せざるをえないのではないかと感じるのです。カフカは、下位の権力の行使というのは、現実の場面では上位の権力よりもずっと苛烈でありうると、『城』や『審判』で言っていますよね。離婚訴訟や第三者に対する不貞慰謝料請求の議論における水野さんのデリケートな配慮、その背後にある懸念がこうした場面で消失してしまうのが、やはりちょっと解せないのですね。バランスの問題、どうして裁判の場面では非常に厳密に国家を規制するということがありながら、それ以前の段階では割合安心して介入してもらってもというふうにお考えになるのかということなのです。ここは一つ指摘を残しておきたいと思います。私の感覚からすると、要するに不正が行われなければいいのですから、水野さんがおっしゃったように基準が明示されていることと、もう一つは法的なアクセスを容易にしておけばよいのではないかと思うのです。つまり、自分の権利が守られていないと思ったら、容易に相談にゆける、アドバイスを受けられる、あるいは法的な手段に訴えることができる、そういう場所と手続が確保されることが大事なのではないかと思うのです。もちろん現状は必ずしもそうではないので、それはよくないのですが、でも、反面、右のような情報とアクセスが満たされればそれで一応のところは十分ではないかなと私は感じるのです。もっとも、子供を公立中学校に行かせることについてためらいを感じてしまうような近年の状況、そうした学級崩壊の背景には家庭崩壊があるわけで、ここでも、協議離婚といいながら弱肉強食を放置したり、不正を野放しにすることになっていないかという水野説の根本的な指摘は、正しいものを含むと思います。
水野		離婚事件を必ず司法を経由してきた、今だにたくさんの国家費用をかけながら裁判所をくぐらせている、ドイツやフランスのやり方は、それなりに筋の通ったものだと思っています。私が行政的なものでもしょうがないのかもしれないと言いましたのは、日本の協議離婚の歴史を前提にした発想ですし、日本の裁判官人口や国家予算の状況も前提にした発想ですので、そこには瀬木さんが言われるような矛盾は確かにあるのかもしれません。ただ理想のものに近づける現実的な提案としてご理解ください。現在の協議離婚の、まあいわば極端にいえば無法地帯を、無法地帯というといいすぎでしょうか、瀬木さんは笑っておられるけれど（笑い）。
瀬木		うーん、どうなのでしょうか。家裁実務に詳しい裁判官なら、もしかしたら何らかのお答えがお出しできるのかもしれませんが、私にはちょっと、推測による回答が可能な範囲を超えた問いかけなので（笑い）。
水野		ともかく現在の協議離婚のあまりに野放しな状態を、もう少し何とかするためには、中身をちゃんとして行政的なチェックをかけるという辺りの線が現実的提案なのかなと思うのですね。当事者の届け出だけで成立する離婚という、極端に私的なものにされた離婚制度が、望めば法的なアクセスという道が用意されるだけで、正当化できるほど安全なものには思えないのです。本人たちがいいならいいじゃないかという、一見、わかりやすい自由の論理は、人間の意思の決定過程のもろさ・あやうさをあまりに軽視しています。ある意味では、純粋な「自己決定」なんて存在しないとさえ、私は思いますから。身分行為の名のもとに、婚姻も協議離婚も養子縁組も離縁も一括して論じてきた日本家族法の前提は、これらの行為が当事者の意思だけで決まることでした。私はこの身分行為という家族法学説の伝統にも、非常な違和感をもっています。それぞれまったく違う行為ですのに、意思の戸籍上の表現行為だけを要件にして同じように議論してしまいます。これらのどの行為にももちろん当事者意思が不可欠ではありますが、意思は所詮、制度の中の構成要素の一つです。そして意思がもっとも絶対的で大きな役割を持つのはこれらのうちでは婚姻であって、離婚はもっと制度的な設計が必要な存在でしょう。婚姻に意思は絶対的なものですが、離婚では意思そのものの要素はもっと薄いですよね、一方が反対でも成立するのですから。でもいったん社会的にも法的にも成立した絆をほどくのですから、その他の要素がはるかに重くなって当然です。裁判によらないと成立しないとまでかっちり制度化することが、日本では難しいのなら、ほかの形の制度化を模索してみたにすぎません。子供の養育費や離婚給付の確認などが、制度的にチェックされてはじめて離婚が成立する、とすることが、それほど国家権力の硬い行使を意味するでしょうか。具体的には、もちろん、瀬木さんのおっしゃる下位の権力行使が苛烈なものにならないように、チェック権能の限界を慎重に設計する必要はあるでしょうけれども。
瀬木		ですから私なりに水野説を理解すれば、先ほども申しましたけれども、日本の社会も実際には階層化がどんどん進んでいく。ただ見えにくいだけですね。で、底辺に近いほうでは家庭が崩壊していったり、親子関係が無残に崩れていったりする現象が出てきている現状で、その問題のある部分に目を向けるならば、より深く手を差し伸べてもいいのではないかというお考えなのかなと思うのです。それから、水野説の、法律婚に対する深い意味付け、これに対する含意が大きいということが、今のことと関連しているのでしょうね。ただ、これについても思うのは、婚姻のとらえ方に関しての日本人の感覚が、ほかの生活場面との間でかなり差がありそうだというふうに感じるのですね。例えば、もうある程度前ですが、あまり見ないテレビをその時はたまたま漫然と見てたら、大学生達がいろんな議論をしていて、そのうち、事実婚と法律婚の選択ということになって、非常に賢い女子学生、常に筋道立ててしゃべっていた学生が、あなただったら学生で事実婚しますかと問われて、やっぱり同棲だと親が悲しむから籍は入れたいと思います、って言ったのです。そこで私は、うーん、親が悲しんじゃうのか、そうかあ、とちょっとショックを受けたのですけれど、もし水野さんだったら私よりもっとショックを受けたのではないかと（笑い）。その学生の一般的な思想や人格のでき方と、その部分の発言には、すごく大きな落差があるのですよね。水野説の中のある部分は、こういう落差をいくぶん度外視して成り立っているところが、ないではないように思います。そして、その部分というのが、実務では、地裁ではまだ何とかなりますけれども、家裁実務ということになってくると、なかなか無視できないのでしょうね。これも感想にすぎないのですが、事実婚か法律婚かというときに、入籍とか外聞とか世間体とか、実にそういうレヴェルでとらえられてしまっていて、法律婚の法的な意味合いなどといったことはあまり考えられていない。これはまさに教育の問題も含むのだと思うのですが、きちんとしたコンセンサスが市民の間にできないと、なかなかそこは変わらない面があるのではないか、法律婚に水野さんのおっしゃるような深い意味付けをする基盤が形成されにくいのではないかと思います。
水野		日本の社会は、女性にとって生きにくいところがあって、ピル解禁の非常識な遅れが象徴するように、女性の性的な自由も非常に抑圧されています。その女子学生がいったように、親が悲しむとか、同棲したらなんらかの世間的な制裁を受けるという抑圧ですね。成熟した年頃になったら異性に惹かれて一緒に暮らし始めるのが自然だと思うのですが、そういう本能的自然すらおさえてしまうほどの抑圧で、同棲率は非常に低いですし、一方では、女性が結婚ストライキをして晩婚化するくらい（笑い）、婚姻の魅力がありません。そういう社会の抑圧を、私は問題ではないと言っているわけではまったくないのです。どう改善していくかを考えなくてはならないでしょう。その手段としては、性教育の充実や男女共同参画社会のさらなる進展が必要です。でも事実婚に法律婚効果を準用することは、決してその手段ではないと思いますし、国家権力との緊張関係を見誤った筋違いの議論だと思います。むしろ、日本の法律婚の力があまりにも今まで弱かったのですね。日本の法律婚は、弱者を守る力がないどころか、婚姻によって女性にシャドウワークを義務づける社会通念があり、唯一、カップルが籍を入れると、社会の抑圧を免れて社会に認知してもらえるという効果だけが突出して強い。その女子学生の反応はそういう現実を反映した「賢い」回答であったともいえるわけで、法律婚と事実婚の制度的な認識と、社会的な抑圧の存在の認識とを混同してはいけないなと思いますが。
瀬木		今のお話はわかりますが、でも、水野さんのお言葉を返すと、ちょっと物語っぽいところもないではないですね（笑い）。この学生は、そういうことまで意識して発言しているわけでは、おそらくないと思います。もっとすっと素直に言葉が出ていた。また、水野さんのお言葉の最後の点については、私も全然混同しているわけではないのです。だからこそショックを受けたので（笑い）。つまり、実務というものが、これは私は本当は学説も同じだと思うのですが、無視できない一つの意識の溝ということなのですよ。そして、その溝は、水野さんのおっしゃるような社会的な問題から理性のレヴェルで導かれたものだけなのでしょうか。そういう部分ももちろんあるとは思いますが、より感覚的な、それこそ意識の古層に触れる部分もあるのではないかと思うのです。
水野		そうですね。おっしゃるように、そういう社会通念の存在はもちろん無視して議論すべきではないでしょう。それをどう組み込むか、という点では、慎重でなければならないでしょうけれども。

・家裁の裁判の強制のあり方とこれについての思想

瀬木		時間がなくなってきたので、簡単に意見を述べ合うということにしようかと思うのですが、家裁の裁判の強制のあり方とこれについての思想という大きな論点です。これについては、従来、私は保全をかなりやってきましてその関連ですが、家裁の保全処分というのが、審判前の保全処分が一九八〇年、昭和五五年に明文化されるまでは、明文の規定がなかった、それで執行力がないと解されていた。これでは民事調停法一二条の調停前の仮の措置と何ら変わりないのですけれども、保全をやっていると、年輩の弁護士さんは、家裁の保全処分は執行力がないからだめですよ、地裁でやって下さいよと未だにおっしゃることがあって、そのことが鮮烈な印象を伴って残っています。それから、これも今担保・執行法制の見直しに関する検討課題になっていますが、例えば家事関係の小額債務の履行確保がきちんとできないために、弁護士さんが、民事保全ではできないような家裁の裁判の保全を地裁のほうに持ってこられてすごく粘られる、民事保全法に明文の規定ができたのだからだめですよと説明してもなかなかきいてもらえないという、そういう例がかなりありました（詳しくは、瀬木『民事保全法』三〇頁、三三頁）。さらに、先日、水野さんと一緒に議論した子の引渡しの関係では、別居夫婦間等の子の引渡しに関しては、非常に長い間、人身保護請求が適切ということで地裁に事実上ゆだねられていて、先の平成五年判例以降の一連の判例で初めてその点が是正されたということがあります。ここは主として思想的な問題になってしまうのかもしれませんが、どうも、家族法、それから家裁実務というものが、裁判の強制の側面について比較的消極的だったというように感じるのですね。その点について、水野さんのお考えはいかがでしょうか。
水野		おっしゃるようなことはあったと思います。今いわれた子の引き渡し請求では、その結果、とても悲惨な例も生じています。先日、東北大学の研究会で、最二小判昭61・７・18民集四○巻五号九九一頁のケースを紹介したら、名誉教授のお一人が「国家賠償ものだ」といわれました。これは、実親が短期間のつもりで叔父夫婦に預けたら、預かった方が離せなくなってしまって、実親の悪口を吹き込んで育てたケースで、比較的初期から実親は裁判所に救済を求めていましたのに、救済に非常に時間がかかってしまったのですね。子供は実親に怯える痛ましい成長を遂げてしまいました。でもこれを「国家賠償もの」と感じるような感性は、家族法学者にも実務にも、薄かったのではないでしょうか。このような強制力を欠く問題は、子の引き渡し請求に限らず、家事事件一般に見られたと思います。昨秋の学会で報告を担当された家裁の実務家は、最近はかなり変わってきていて、迅速になっていると言っておられましたが。とくに次第に地裁的な裁判官が増えてきたために、体質が変わってきているそうです。でも従来は、活字になった裁判記録を読んでも、かなり長い間、積極的な判断を下さずに当事者の合意に委ねて、いつまでも調停を繰り返していたという経緯が少なくありません。
瀬木		それは、審判に移行せずにという意味ですか。
水野		審判にも移行せずにいつまでも調停で紛争を抱え込んでいたケースが多いですね。私の個人的な推測による意見なのですが、それにはいくつか理由があったと思います。ひとつは、調停論になってしまいますが、家事紛争の解決は当事者の合意で収めるのが一番望ましいという考え方が伝統的に強くあって、家庭裁判所が迅速な紛争解決の任務を負った司法裁判所だという考え方は、その後景に退く傾向があったことです。もう一つは、民法の条文が白地規定になっておりますから、審判をするにしても、判断をするときに頼りになる基準があまりないこと。白地規定を解釈して審判してみても、その基準は何とでもいえますから、高裁にあがったときに、覆されてしまう可能性があります。その危険をなるべく冒したくないということはきっとあったでしょう。もう一つは、強制執行手段の不備です。低額で継続的な家事債務についてはふさわしい強制執行手段がありませんので、命じてみても空しいということになります。これらの理由があいまって長期間抱え込んでしまう事態になっていたのかなと思うのですけれども。
瀬木		今おっしゃったのは、実効性のある執行が難しいという意味ですか。
水野		ええ、執行手段が立法的に不備で、実際にはないに等しいのですね。
瀬木		執行手段がないとおっしゃるのは。
水野		ないというのは、言葉が過ぎたかも知れません。要するに、家事債務の強制には、高額の土地代金債権などの強制と異なる強制手続きが必要ではないかといいたかったのです。フランスは、直接税の取り立て手続きにのせています。少額執行については期限到来前の執行も許すとか行政が取ってしまうとかいった相当大胆なことをしないといけないと思います。扶養料債権者は弱者ですから。もっとも踏み倒しても平気だという日本の社会通念と、それを作ってしまった法の甘さが問題だったのかもしれません。英米法では裁判所侮辱罪になってしまいますし、ドイツでも扶養料債務を踏み倒すと刑事罰が待っていると当事者は認識していて、必死で払うそうですから。日本では、債務の履行が行われる可能性が高いということが調停の存在意義とされるありさまです。家庭裁判所の審判は、もっと権威がなくてはいけません。執行手段の不備だけではなくて、もちろん、その背景には、執行に対する消極的な考え方があったし、現にあるでしょう。消極性を正当化する理屈が一貫してありまして、とくに「身分法の非合理性」と言われるテーゼですが（「中川理論―身分法学の体系と身分行為理論―に関する一考察」山畠＝五十嵐＝藪古稀『民法学と比較法学の諸相Ⅲ』所収）、身分法の領域では、財産法のような領域とは異なり、強制ということは基本的に望ましくないという考え方が、強固な理念としてあったことは否定できないと思います。「身分法の非合理性」は同時に「事実的なことが法律的である」というテーゼですから、事実上離婚状態になっていると、解釈論上も離婚状態に合わせて、婚姻費用分担義務も消滅、親権も事実上監護している親の単独親権、となって、つまり婚姻法の保護をすべて否定することになります。さらに金銭債権の強制執行以外になると、最初から否定する学説も勢力をもっていました。昨秋の学会で、瀬木さんが子供の引渡しについて、強制執行について肯定的なお考えを表明してくださったので、非常に心強かったのですが、外国法を見ましたら、子供の引渡しについても、それなりの工夫はいりますけれど、もちろん強制執行があるわけですね。それどころかフランスは刑事罰による制裁が主戦場になっているくらいです。金銭給付以外は一切強制執行をしてはいけないというような硬直化した考え方ではなくて、場面場面でどうやって何をしていけばいいのかという、細かい考察が必要であったと思うのですが、日本では、実務も学説もそうではありませんでした。現実にこういう強制執行は専門の手当がないとやりにくいという制度的な不備の理由があり、白地条項の条文上の不備という立法上の不備があり、これらの二つの制度的な理由があってやりにくいところに、やらないことを正当化してくれる一つの思想的な基盤があったということなのでしょう。
瀬木		その点について少し付け加えますと、私が子の引渡しについて学会報告をした関係で、また、今回、この対談もするということで、家裁のヴェテランでもあり、東西の哲学にも詳しい友人の裁判官がこの問題についてメモを書いてくれたのです。水野さんにもお見せしましたね。その内容を簡潔に申しますと、家族法上の権利、ことに身分上の権利というのは必ずしも執行になじまない、少なくとも従来の民事執行にはなじまない、かえって継続的な親族関係に禍根を残しかねない、もしそれを全面的にやるのであれば身分法上の権利の特質に応じた独自の体系が必要ではないか、というようなことです。そのメモの内容自体は、地裁実務、特に手続法をよく見てきた私にとっては、もう一つわかりにくい部分もあるのですけれども、おそらく、ここまで意識化はされないまでも家裁実務家にはある程度一般的な感覚としてあるものではないかと。水野さんが家族法の従来の通説として批判されるような、そういう、身分法（家族法）の特殊性、ある意味での非合理性を重んじる考え方、私は、それは、水野さんが前記座談会でおっしゃっているように中川家族法から生まれたというよりも、むしろ、それこそが中川家族法を生んだ思想ではないかと思うのですけれども、そこに何らかの根拠はないかということは一つ思うのです。つまり、例えば、この前の子の引渡しの問題でも、あの問題については、私としては考えられることは全部詰め、分析した上で、民事執行としてここまではできるはずだというぎりぎりのところを述べた、そして、刑事的制裁を伴う人身保護というものは、手続的フェアネスとか手続的保障の観点からは、あくまで民事執行という通常の強制手段が功を奏しなかった場合にのみ用いるべきであるとの議論を展開しました。その論点については私は今もそう思っているのです。ただ、執行全般ということになると、彼が書いてくれたメモにも何かしら根拠があるのかもしれないという感じをもまた持つのです。自分にはよくわからないところがあるのだけれど、あるいはそうかもしれないという感じ。
水野		日本人が代々と作り上げてきた法システムですから、それなりのものはあるでしょう。我々はまさにその理屈が説得力をもつ社会の中で生きています。美しく言えば「和」の精神ということになるのでしょうか、世の中で自我を殺してお互いに譲り合うこと、その譲り合いの部分を大切にすべきであるという文化ですね。中川善之助先生が命名したとしても、この文化の中で生きてきた我々が作り上げてきたものとして、身分法の非合理性という概念があるのでしょう。また実態としても、この文化がそれにふさわしい紛争解決の力をある程度もっていたのかも知れません。つまり具体的には「世間」が日本の社会の中で果たしてきた機能ですね。でももはや日本社会からかつてのように実際に共同体で援助作業をする「世間」は失われて久しく、力のあるのはマスコミの集中砲火を意味する「世間」だけだろうと思いますが。この概念の中に、何らかの根拠と言いますか、あるいは文化として大事にしていくものがあるのではないかという感覚は、それは私も共有します。そこまですべてを否定するつもりはないのですが、この概念を制度設計のところへ持ち込みますと、ある種の思考停止をもたらしているのではないかと思うのですね。それが大前提になってしまって思考停止をしたときに、現実として起こってくるのは、弱肉強食です。子供の奪い合いの場合には、悲惨な自力救済が起こるということになると、もっと思考停止をしないで突っこんで考えなくてはいけないだろうと思います。大前提から考えてしまうと、非合理性の家裁の調停制度か、当事者主義の美しい近代の訴訟構造の地裁か、という選択になってしまいます。地裁の離婚訴訟で全部かたがつくかと言ったら、決してそんなことはない。特に子供の部分です。子供については当事者主義の構造ではかたがつかない部分です。その部分をどうやっていくのかということを、個別具体的に分析していく必要があります。これは当事者構造の民事訴訟の枠組みでやるべきだと言うか、あるいは身分法の非合理性なのだから、そういうものには馴染まないのだと言うか、そういう対立的な議論の仕方は、双方に不毛なものをもたらすという気がいたします。だから今度の家裁への移管の問題になると、まさにそこのところで本当に緻密な議論が必要になってくるのだろうと思っております。近代の裁判理念が、対等な当事者その他の虚構に基づいた、相対的なひとつの紛争解決の仕組みであることは、認めますし、その虚構を有効に機能させる弁護士強制や裁判官の大幅増員が難しい日本で、それなりにやりくりをしていかなくてはいけないことも、わかります。何より、しかるべき武器や手段を準備する法律もない現場で、当事者のために尽力される家裁実務の努力について、安易に批判すべきものではないことも、自覚しています。でも、比較法的な視座から、疑問を提起するのも、学者の任務ではないかと思いますし、家裁の調停を中心とする実務が本当に必要な救済を与えてこられたのか、大いに疑問をもっていることもたしかです。比較法的にもきめ細かい研究をすれば、西欧法でも、財産法的な対審構造と異なって、家族の個別的な問題ごとにふさわしい解決が模索されてきていることがわかると思います。
瀬木		最後におっしゃったことは私もわかります。つまり、一つ一つの局面について、権利として認められるのか否かを考え、もしそれが肯定されるなら、その権利をどこまで強制できるのか、そのための適切な方法は何かを検討し分析する努力を、まずすべきではないかということですね。たとえば子の引渡しの問題について学会で一日かけて詳しく行ったような議論を、これから、家裁、家族法サイドでも、一つ一つの局面ですべきだろうと。そのことは、家裁実務に詳しい裁判官達も否定されないだろうと思います。

・移管関係

瀬木		次にいきたいと思います。もう親権者指定の項目は省きましょう。これだけは当事者主義になじみにくい、調査官が中立的な立場から適切な情報を収集して裁判官に提供するという形がよいという基本は、二人ともほぼ同じですから。移管の問題を、最後に駆け足でお話ししたいと思います。子の引渡しの論点でも、私は、子の引渡しに関する紛争は本当を言えば家裁で一元的に解決できたほうがいいので、人身保護も子の引渡しのそれだけは家裁でやれたほうが、連携という意味からいっても、双方の審理の思想の違いからくる齟齬を小さくするという意味でも、司法的なコストという側面からいってもいいと思うのですが、同じように、離婚訴訟についても、移管は基本的にいいことであり、うまくゆけば当事者の信頼や利便も高まるのではないかと思います。それから先ほど申しました給付の側面、これも、家裁でまとめて処理することで、基準がはっきりし給付の水準が高まることが期待できると思います。反面、家裁における審理のあり方については、これまでと違って家裁ですべてが終わるわけですから、決定的な影響を国民生活にも及ぼし、責任重大になってくるということであろうかと思います。そこで、一つ一つの項目について簡単にお互いの見解を述べておきたいと思います。まず、家裁は割合実体重視の思想が強い、例えば子の利益というような面で、実体重視の思想がことに強いと思うのですが、離婚訴訟においては、手続的な感覚、手続的なフェアネスも重要だと思います。その関係で透明性の確保、例えば公開という点ですが、これはいかがでしょうか。
水野		私は日本の憲法は、戦前の暗黒の刑事裁判への反動で公開の原則については厳しすぎないかと思っていますので、家事事件は公開である必要はないと思います。公開であることに透明性の確保を頼りにするというのはちょっとよく分からないのですけれども。
瀬木		私はちょっと意見が違って、保全の関係では、私の仮処分の特別訴訟化の考え方（本誌一○○一号）について、手続的保障をもっと重視してとか、公開原則の意味とかいう声も上がるので、それに対しては私は今の水野発言と同じことを述べたいのですが、でも、ここは判決手続ですから。
水野		いえ、手続的保障は必要で、それと公開とは別です。
瀬木		手続的保障と公開の意味、それは思想が少し違うというのは、今もお話ししたように、私も同じことを保全の関係で言ったことがあるのでわかります。でも、広い意味では公開のメリットはやはりある。つまり誰かが見ているかもしれないということが一つの担保にはなりうる。そのメリットと公開のデメリットの比較、それが必要でしょう。やはり、ここは決定ではなく判決にいく裁判で憲法上の要請がありますから、公開が原則で例外を広く認めるというところが穏当ではないかと、一気に全部閉めてしまうということまではどうかという気がいたします。
水野		公開の閉め方にも、やはりいろいろときめ細かな公開の閉め方というのがあると思うのですね。先ほど申しましたように、ドイツでは離婚事件は非公開ですが、扶養の部分については公開です。具体的には、ドイツ裁判所構成法ＧＶＧの規定が細かく規定しています。ＧＶＧ一七○条は第一文では、家事事件訴訟の原則非公開を規定しており、第二文で扶養関係が例外となると書かれています。でもＧＶＧ一七三条は、判決言い渡しについては、原則公開としています。ではすべて判決言い渡しは公開かというと、同時にそれについても、同じ条文の二項でさまざまな例外（当事者のプライバシーや国家機密に関する場合など）を認めています。要するに、公開といっても判決へのアクセスの仕方も多様にありえて、誰にどのようなときにアクセスさせるかという閉め方のバリエーションもあり得ます。外国の離婚訴訟だったら、審理の中でいろいろとあって、子供が将来読んだときにこの離婚理由をどう思うかというようなことまで配慮して閉めたりいたします。その辺りでも公開か非公開かの二者択一ではなくて、例えば書かれた活字の判決については公開されても、対審の段階ではアクセスできないとか、どのレベルでの公開についても何段階もあるので、きめ細かい議論が必要ではないかと思いますが、いかがでしょうか。
瀬木		はい、そのことには異論がありません。それでは次ですけれども、訴訟事項と審判事項という問題があります。現在の地裁の感覚では、訴訟事項に完全に寄せてしまった感じで審理をしているのですね。そのデメリットがあるとすれば、それは先ほど意見の一致した親権者の部分だと思うのです。しかし、それ以外の部分については当事者主義のメリットもかなりあると思うのです。で、家裁のある程度後見的な職権主義というもの、ここは家族法の観点からいっても一定のメリットがあるのだろうと思いますが、それといかにして調和させていくかということが一番基本の問題ですね。私は、訴訟の部分については、やはり当事者主義的なものはそのまま残したほうがよかろうと、構造的に民事訴訟の今の形はそのままでいいのではないかと思っています。いかがですか。
水野		おっしゃることには基本的に私も賛成です。ドイツやフランスの離婚訴訟構造を勉強していますと、当事者主義には実に気をつけて配慮しています。もちろんドイツもフランスも、日本の人事訴訟手続法一四条のように、離婚は公序に関わる問題だからという理由で、婚姻維持の方向だけで、職権探知ができるとはされていますけれど。ちなみに日本の人訴法は継受法で一四条を作りましたが、公序の要素をきれいに無視した協議離婚制度のある日本がこの条文をもっているのは、私にはなんだかブラックユーモアに思えます（笑い）。ともあれ、ドイツやフランスと比較すると、日本の家庭裁判所の後見的職権主義というのは、親切と言えば親切なんですけれども、うんと悪くいえば公権力行使の原理原則をちゃんと自覚してやっているのかという気がするのですね（笑い）。もちろん家庭裁判所の実務の長所も認識する必要があります。とくに大きかった長所は、家裁調査官の存在ではなかったでしょうか。調査官は実質的当事者主義の確保にかなり力があったのではないかと思います。弁護士がつかないときには、当事者が実質的に当事者として振る舞えず、当事者主義の長所も十分に発揮できないわけですから、ドイツやフランスは、法律扶助で弁護士をつけてしまうという根本的な解決をとっていて、一律に当事者主義を発揮できるシステムになっています。でも、日本ではそういう仕組みになっていないし、また法曹人口からも国家予算からも、それがそう簡単にはできないという段階で、家裁の調査官が当事者が自己決定ができるように助力してきたこと、しかも当事者の自己決定でなんとでもなる自由領域が非常に多い日本の実体法の中で、自己決定ができるように当事者をサポートしてあげる努力をしてきた調査官の役割は、かなり大きかったのではないかと思います。もっともこういう形で双方のサポートをすることに原理的には大きな疑問は残りますが。もう一つは、なんといっても子供の保護です。子供の問題は、当事者主義が一番相応しくない領域で、当事者に任せておいたら、子供を保護できません。ここは職権主義が働かなくてはならない領域なのですが、ここでも家庭裁判所は調査官を使って上手にやってきましたから、もし人訴の家裁移管によってこの実務が失われるとすると、子供の保護は危うくなるだろうと思います。もっともこの種の職権的活動が原理的にどう位置づけられるのか、どこまで可能なのか、という議論は、あまり自覚的に行われていなかったと思うのです。子供のために親切でやることだからいいのだと思われたのでしょうか。例えば調査官は、保母さん等に、親には内緒にしますから、といいながら、子供の様子を尋ねて、情報収集をすることができます。そしてその結果に基づいて、裁判官が判断を下すのです。しかしこのように当事者たちが全く知らない情報に基づいて裁判官が判断を下すということになりますと、これは当事者が自己防衛することはできません。もちろん、こういう情報をとるなということまでは、私は言いたくありません。当事者の主張だけに依拠しては、ラフジャッジになってしまって、子供を保護できませんから。ただ当事者主義の点からは、原理的な疑問がかなり大きく残ります。ドイツは、当事者主義に厳格ですから、調査官を送って調べるようなことはできず、証人として呼んでくれば足りる、とされているようです。でも、例えばフランスの社会調査という手続きを見ますと、当事者主義の中にこの種の調査が組み込まれています。子供の問題については第三者に調査をさせますが、ただしその結論は当事者に公開する。そこで、当事者はそれに対して反論できるという手続です。こうして当事者主義的な手続の公平性・フェアネスと、子供に関する公権的な保護の部分を、組み合わせています。こうして考えれば十分組み合わせ得るだろうと思います。職権主義も子供の問題では必要ですが、それも全面的にお任せで秘密裏に何をしてもいいという形でやるのはよくないでしょう。今度の移管でその問題はどうなるのか、現在法制審で移管の議論をしておられる委員の方に伺ってみたのですが、まだ筋が見えていないということで、ただ、相互にメリットを失わせないような形で、二本立てでという形で考えておられるそうです。
瀬木		その二本立ての趣旨ですが、まず訴訟事項、次に非訟事項というふうに段階を分けるのか、それとも並列的な二本立てなのでしょうか。
水野		二本立ての中身までは、残念ながら私はそちらの法制審には加わっていないので分かりません。近いうちに明らかになってくるだろうと思います。
瀬木		では、今の点について私のほうから少し補足しますと、これまでと違って調査官の法的性格付けをかなり詰めて明確にしなければいけないのでしょうけれども、そのときに家裁の裁判官達からは、これは若林教授のように家裁実務の長い研究者の方も含めてですが、一般的には調査官の仕事は子の問題中心がいいのではないか、例えば離婚原因といったような訴訟事項、争訟的な部分にまで広げていくことは調査官の性格をあいまいにして問題ではないかという指摘が多くありました。もっとも、一方では、いろんなことに関与できる余地を残しておいたほうがいいという意見もあるようです。私は、調査官の調査の、今おっしゃったようなプライヴェートな性格からいくと、あまり広げないほうがいいと思います。つまり非訟事項に限定するほうがいいのではないかと。あまり広げると、弁護士がそれにもたれかかって自分で調査をしてくれなくなるのではないかという意見もありました。弁護士だって実はあんまり離婚訴訟がやりやすいとは思っていない、一般的には気の重い事件のようなのですね。ですから、調査官が何でもできるということになると、全部やって下さいなということで調査官にいろんなことをゆだねてしまうかもしれない。そうすると、場合によっては職権主義の悪い部分が出てくるかもしれないと思います。それから開示の問題なのですけれども、これは非常に難問で悩ましいところで、全部開示するというと、例えば、実は本当はこの夫婦の子ではなかったとかそういう秘密事項まで開示してしまうのか。で、開示しないということになると、今度は、裁判官だけはそれを見てしまっていいのか、見てしまった場合に文書提出命令のいわゆるイン・カメラ手続（民訴法二二三条三項）のように、心証からは排除するということも考えられるけれども、それは、通常の民事訴訟では大体オーケーだと思いますが、例えば子の問題で非常に重要な事項の場合、それが実際に可能なのかと。手続法的に見ると、そのあたりがすごく悩ましいと感じます。大まかに言うと、かなり広く開示していくべきだろうと、しかし、子の福祉の観点から非開示という部分は残してもいい、ただ、それは厳密に限定して、かつ心証からは自覚的に排除する、そんなところですかね。でも、あまり難しくいうと、仕方がないから非常に微妙なことは文書にしないで口頭でそっと裁判官にだけ耳打ちしましょうといったことが極端な場合には起こって、かえって透明性がなくなりかねないですね。手続法の規制にはそういう部分があることも、考えておくべきかと思います。
水野		難しいですね。これも先ほど申し上げたように、きめ細かい議論が必要なのでしょう。とくに今おっしゃった実親子関係の情報については、私は医師も裁判官も、この秘密がいかにプライバシー中のプライバシーで、本人すら知らされてはいけない情報なのかということについて、あまりに無自覚だったと思っています。法律上の実親子関係が血縁上の親子関係とは別物だということが、日本人は本当にはわかっていなかったのでしょうね。実親子法について話し出すときりがありませんのでやめておきますけれど（「実親子関係と血縁主義に関する一考察―フランス法を中心に」『星野古稀・日本民法学の形成と課題・下』所収）。
瀬木		それからもう一つ、訴訟担当の裁判官が調停と連続でいくかどうかということが実際には意外に大きなところだと思います。というのは、これも保全でよくある議論なのですが、保全に対する同一審級の不服申立てである保全異議・取消しについて、発令手続と同じ裁判官がやったほうがいいか、違う裁判官がやったほうがいいかという論点があります。これは、構造から形式的に見ると、同一審級ですから同じ裁判官でいいのですけれども、当事者の関係からいくと、別の裁判官にやってもらうほうが断然いいのですね。同じ裁判官だったら、たとえ新証拠を発見して出してみたって結論は見えているじゃないかという不安が無視できない。実際に私がこれまで見てきたところでも、別の裁判官がやったほうがうまくいきますし、裁判官も気が楽です。
水野		実務家にそういわれるとそれは重くて、私も考えてしまうのですが。
瀬木		今の議論は、心証が切断されているほうがいいということですね。その議論を応用すると、この場合には調停からの連続で、別に不服申立てではないので連続でいいだろうと思うのと、それから保全と違って三審級の保障があるわけですから、いよいよ連続でかまわないじゃないかと、私はそう思っていたのですが、やはりここも家裁実務に詳しい裁判官にきいてみましたら、意外にそうでもないのです。調停でかなり突っ込んだことを言ったり、あるいは、調停では、ここで言ったことは全部秘密にしますから何でも話しなさいよというふうにすべてをさらけ出させて、今度はその裁判官がそのまま判断にまわるというのでは、当事者は納得しないだろうと。だから、連続だと、調停に関して裁判官があまり深くは関与できないようになるだろうということなのです。それはそうだと思います。ただ、一方では、調停における裁判官の役割はもっとクールでよい、問われればいつでも答えます、そしてアドヴァイスや方向付けはしますということでいいのだから、連続でいいのだという意見もあり、私は、やったことのない者の、感覚だけの意見にすぎませんが、いずれかといえばこちらに賛成です。いかがでしょうか。
水野		調停に対する評価が、背景にありますね。調停をどのようにイメージするかということによって、お答えは変わってくるのだと思います。調停の中にカウンセリング的なものを入れて、秘密裏の話合いなので、何でも話していいのだと安心させてはきださせる、そういうことをしているので切り離さなくてはならないと考えるか、それとも調停がカウンセリングを取り込むのがそもそも無理な要求だったのではないかと考えていくか、そのどちらかによって、判断はおそらく変わってくるのだと思います。私自身はそういうカウンセリングを調停に求めるのは間違っていると思いますので（笑い）、そして当事者も実は必ずしもそういうつもりでもなかろうと思いますので、おっしゃるように連続性を保っていていいと思うのですけれども、おそらくそのような判断は家裁実務家からは大きな反対を受けるだろうと思います。離婚の成否や離婚給付の内容が、今までのような有責性探求による「物語」から切り離された、客観的な基準で決まるということになりましたら、この問題への実務の対応も、ずいぶん変わるだろうとは思いますが。
瀬木		簡単に釈明をしておきますと、調停についてはちゃんと弱者の保護でやっていますというお話でした。ただ、ブラックボックスのままではいけないのではないかという話は、家裁実務に詳しい裁判官達もしています。調停については、ある程度抽象的な研究は既にありますが、そこでどのような法が現実に形成されているのかの検討、検証は、どうもまだあまりなされていないようですね。でも、そこは、実際には、家族法の領域における非常に大きな法が形成されている領域なのだから、それを明らかにしてゆくこと、実証的な研究は、むしろ、調停の性格論や技法論以上に重要なのではないかと思います。研究者と裁判官の共同研究が必要ではないかと。それから、調停を訴訟とつなげることで調停が空洞化することを危惧する声も、特に調停のメリットを重視する立場からはあって、それについても私は一定の尊重をしたいと思うのですが、今日の話のパースペクティヴからいきますと、むしろ、訴訟のほうに開いていく方向もあっていいのではないかという気もいたします。つまり、きちんと説明した上で、不満なら判断に移行できますよということだけは、少なくとも明らかにしていったほうがいいのではないかと思います。これまた地裁でもあることでして、和解と判決・決定の関係の議論になるのですね。判決はもちろん書けるけど、でもそれよりはなるべく和解がいいのだという考え方と、和解の効用も一定限度まで、つまりある程度謙抑的であるべきで、当事者がなお判決を求めたそうであれば、そこは判決すればいいのだという考え方とがある。私は、最近は、手続保障的な観点から、以前よりはいくらか後者のほうに傾いてきているので、そういう意味でも、ここも開いていくことが、一定は必要かなと思います。それから弁護士の利用のしやすさという意味では、弁護士費用の透明化、平均的な離婚訴訟で大体いくらかかるのかということ、これは、法律家以外の人は、知識人だって結構不安、不信を持っているのです。私も、友人知人隣人、あるいはその周辺の人々などからこの関係の相談は結構受けるのですが、私だって相談されても費用のことだけは全然わからないので、かなりの経験を積んだ裁判官でもわからないような大変なものなのか、と皆さん怖がりますね（笑い）。それから弁護士費用の一定部分の敗訴者負担も、これはほかの訴訟でも全く同じだと思いますが、勝てばそんなにお金をたくさん負担しなくてすむという制度、引き延ばし的な上訴には付き合わなくてもすむようになるという制度を、実質的な当事者保護の観点から、弁護士会にも、ぜひとも早期に検討してもらいたいと思います。一律にそうするのはよくないという意見もわかりますが、そこは裁量的なものにしておけばクリアできるわけですから。さっきのような相談で、離婚訴訟では、勝てるとは思うけどお金がないから頼めないというケースが結構あるように感じるのです。

・結びの言葉

瀬木		それでは結びの言葉です。今日は私が主として問いかけ役でしたので、その観点から最初に申し上げたいと思います。第一ですが、以前に福永有利教授と個人的にお話ししたときに、学説の役割として今後どういうものが求められると思いますかとお尋ねになったのです。私は、実務との関係でいえば、実務に対する批評ということが重要ではないでしょうかと申し上げたのですが、それは今でも変わっていません。水野説は、ある意味で非常に先鋭なのですけれども、実務に対する批評という意味では、先鋭であるために非常にクリアでもあって、汲むべき部分がたくさんあると思います。外国法を基盤としながらもその意味がちゃんと消化されていて、それはまれなことだと思いますし。特に私の場合は、割合考え方が近いのですね。結論はともかく、視野を広くとり、その中でのバランスや合理性を重視するという方法論が近いので、理解、共感できる部分が多いのです。ただし、これは家族法全般について、家裁実務に詳しい裁判官達の要請でもあるのですが、実務を知る必要もあると思うということで、私は、実務がわかっていない学者の言うことは無意味だ、駄目だというようなそういう古い議論をする気は全くないのですけれども、批評には常に定点が必要だと思うのですね。定点がないと、どうしても批評自体が全体として浮き上がってしまうという事態が起こりうる、その意味での定点となるのが実務の現状をひととおり把握しているということではないのかと。前記座談会の中で、梶村太市判事から水野さんに、象牙の塔にこもって実務に汚されない純粋培養の理論家もあってよいというお話がありましたが、それには、古今東西の学問、学説と人情の機微に通じ切っているという大変な付帯条件が付いていたので、そのままに受け取ることは危険かもしれません（笑い）。レトリックとしてのお話かもしれない。つまり、そうした純粋培養の学者というイメージ自体が既に一つの幻想かもしれないということを踏まえてのお話であった可能性もあると思うのです。
水野		確かにそれは幻想ですね（笑い）。「文学部唯野教授」が実態だとまでは申しませんが（笑い）。おっしゃるとおり、梶村判事も、私を励まして下さる趣旨でそうおっしゃって下さったのではないかと想像して、ありがたく思っています。
瀬木		特にこの家族法の領域というのは、当事者を無視できない。個々の当事者がどういう人間であるかということ、これはぜひ、何らかの形で家族法の研究者には見ていただきたいところです。地裁で日々の仕事をしている私でさえ、家裁の当事者の話や紛争の話になると、いささかイメージがつかみにくいくらいなのですから。時間がかかるということであれば、調停委員等までされなくとも、よく知っている家裁の裁判官に一定期間の継続的な見学を可能な範囲で求めるとか、そういったことだけでも大分イメージが変わってくるのではないかと思うのです。第二には、先ほどもお話ししたことですが、家族法の分野について、もっと解釈論を磨く努力が、これは我々も含めて必要かなと。つまり手続法の分野では、解釈のための言葉の技術というものはかなり進んでいる。例えば保全ですと、戦後から一九六〇年代いっぱいぐらいの間に、学者、裁判官、弁護士が協力して随分ターム、共通語を詰めたのですね。その蓄積があったために、その後の議論や立法準備作業が共通の言葉でできるという部分が大きかったと思います。その点、私のようにやや門外漢の者から見ますと、家族法の分野は、遺産分割の話でもそうですし、家族法全般もそうですが、これは今隣の建物で仕事をしている松原正明さんなんかもそうだと言っていましたけれども、実務の言葉と学者の言葉というものがちょっと離れている、そのための行き違いも大きいので、そこを詰めていく必要があるのではないかと思います。今日の議論にしても、消極的破綻主義の条文上の根拠という基本的な点についてさえ、もうかなり法律家としては古ギツネになってきた（笑い）水野さんと私の間でさえ認識に大きな食い違いがあった、そういうことは、手続法のみならず、財産法の分野でもあまりないように思うのです。争点の限定、離婚慰謝料の性格等、どの問題も、解釈論でまだある程度は詰められそうですね。第三に、これは、レジュメに対する感想の中で若林教授も家裁の今後の充実を強調して下さいとおっしゃっていましたし、また、家裁実務に詳しい裁判官達の意見でもあるのですが、家裁について、特例判事補等の若くてフレッシュな裁判官が数多く体験するようになるとよいと思うのです。先ほど話の出ていた、人事訴訟事件における若い裁判官の判断の安定性といった点は、集中して家裁の事件を担当し、あるいは指導を受けることで、十分に改善可能だと思いますし。家裁実務というのは、これは家族法の特殊性といったこととは少し次元が違うのですが、仕事の内容、性格、指導原理等について、地裁のそれとはかなり異なった部分があります。それはやはり、柔軟性のある若い時期に一度体験しておかないと、入っていきにくいし、わかりにくいのですね。私も、離婚訴訟と子の引渡し（人身保護）だけはやってきたからある程度ものがいえるのですが、それ以外の家族法の分野の文献だと、今回少し読んでみたのですが、先ほどのタームの問題もあって、正直いってなかなか頭に入りにくかったのです。手続法の分野の二倍くらいは時間がかかる感じがするのですね（笑い）。今後、離婚訴訟等の家裁移管を一つの契機に、若手の裁判官が数多く家裁実務を体験するようになると、今日お話ししたような論点についても、新しい視点や、より広い視野に立った視点が出てきて、家裁、家族法実務が活性化されるのではないかと思うのです。何だか傍観者的な言い方になってしまって大変失礼だとは思うのですが、私も批評が好きな人間なので、最後にちょっとだけ批評家の批評をさせていただきました。そして、手続法を軸に民事訴訟をやってきた実務家が、現在の時点で離婚訴訟について言える基本的なことは大体お話しできたかなとも思います。
水野		貴重なご批評を、どうもありがとうございました。基本的におっしゃることには何一つ異論はありません（笑い）。ただどうも一人の人間ができることの時間的な限界というのがあって（笑い）実務にも少しは携わって詳しくなりたいと思っても、その時間的余裕がなくて。もっとも実務の傍らの瀬木さんのお仕事量と比較したら、なぜできないのか、といわれるとまたぐうの音も出ないのですが。それから解釈論を磨く努力が足りなかったこともおっしゃるとおりです。私に限らず、家族法学界全体で、その努力が足りなかったように思います。私も原理的な疑問を提示するだけに終わっていて、解釈論として詰めた議論をしてこなかったことは、ご指摘のとおりで、そういう意味では、あらゆる意味で反論はできないのですが、ただ、ようやく、議論が始まったところなのだということをご理解いただきたいと思います。ずっとある意味では、日本人は、日本人に向いた独自の家族法と実務を作ってきました。そのことについて、学者たちもあんまり突っ込んだ議論をしないまま、憲法の精神や身分行為論などの抽象論にとどまって、その世界に安住していました。むしろ松原正明判事をはじめとして、実務に携わっておられる方々がやらざるを得ない形で解釈論をしてこられ、特に遺産分割などの領域を詰めてこられました。ただ、その詰め方というのも、やはり家庭裁判所の実務に閉じられた世界での詰め方だったので、それがそれでは財産法等の領域にも開かれている解釈論であったかというと、そこでも、ある意味、閉ざされているものでした。そういう中で私は、日本の家族法がある種の閉じられた体系であることに対して、比較法的な観点から指摘をして、日本家族法がかなり変わった特殊な世界を作っているのであり、その特殊性ゆえに現実に弱者を救えない弊害が起きていることを、指摘する作業を始めたにすぎないところです。すべてはこれからに残されているのですけれども、まだ、そういう段階にいるのだということをご理解いただければと思います。日本人に向いた家族法の体系、と申しましたが、それが本質的に、また未来永劫に、日本人に向いたものという意味ではありません。日本の社会も、大きく姿を変えていきました。先日、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』を読んだのですが、現行家族法の基礎になった戦後改正の際の条文や判例が作られた頃、その時代の日本の社会は、こういう世界だったのだと改めて痛感しました。たくさんの浮浪児たちが行き場もなく道にいて、そして女性たちは、夫か父親かの保護から離れて守ってもらえないと、とたんにもう春をひさぐしかない状況でした。そして皆、飢餓線上にいました。そういう中で作られてきた家族法だったのだということを考えますと、女性や子供の人権に対して、法律や制度が、現実に手を下して満遍なく守るのだという感覚や仕組みを作ってこなかったというのも、ある意味では致し方なかったかとも思えます。ただ、今では、ようやくＤＶ対策法（配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律）などもできましたし、国民が飢餓線上にいるという状態を脱して久しく、豊かな先進国になった日本の社会で、初めて家族法をきめ細かく議論をすることができるようになったかとも思えるのです。本当に実効的に弱者を救済していける家族法を作る議論が、ようやくできる事態になったかと思います。そういう意味では、何もかも歴史の必然だったかという気がしないでもありません。
瀬木		一言だけ付け加えますと、水野説の指摘は、原理的なだけにそれぞれ重い指摘というしかなくて、離婚訴訟だけ取ってみても非常に大きな問題がいろいろあると、そういう部分については、これからいろんなレヴェル、つまり解釈、立法、実務の面も含めて、裁判官あるいは弁護士も含めた法律家全体で考えていかなければいけないということがよくわかったと思います。どうもありがとうございました。
水野		対談を終わってみますと、瀬木さんというお釈迦様の手のひらの上で、言いたいことを好きなようにいわせていただきながら、結局、さまざまな限界とこれからの課題を教えられたのだという気がしております。こちらこそ、本当にどうもありがとうございました。

以　上

●資料　民法の一部を改正する法律案要綱（一九九六・二・二六法制審議会決定）〈抄〉

第六　協議上の離婚
二　離婚後の財産分与
１　協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができるものとする。
２　１による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができるものとする。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでないものとする。
３　２の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその協力によって取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮し、分与させるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定めるものとする。この場合において、当事者双方がその協力により財産を取得し、又は維持するについての各当事者の寄与の程度は、その異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。

第七　裁判上の離婚
一　夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができるものとする。ただし、①又は②に掲げる場合については、婚姻関係が回復の見込みのない破綻に至っていないときは、この限りでないものとする。
①　配偶者に不貞な行為があったとき。
②　配偶者から悪意で遺棄されたとき。
③　配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
④　夫婦が五年以上継続して婚姻の本旨に反する別居をしているとき。
⑤　③、④のほか、婚姻関係が破綻して回復の見込みがないとき。
二　裁判所は、一の場合であっても、離婚が配偶者又は子に著しい生活の困窮又は絶え難い苦痛をもたらすときは、離婚の請求を棄却することができるものとする。④又は⑤の場合において、離婚の請求をしている者が配偶者に対する協力及び扶助を著しく怠っていることによりその請求が信義に反すると認められるときも同様とするものとする。
三　第七百七十条第二項を準用する第八百十四条第二項（裁判上の離縁における裁量棄却条項）は、現行第七百七十条第二項の規定に沿って書き下ろすものとする。

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