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2005年03月12日

Cancun -> Chichen Itza -> Merida

Cancunを9時発のADOでまずはChichenへ。3時間ほどのバスは空いていたけれど,Chichenのパーキングには,たくさんの観光バスがとまっていて,実際に中に入るとかなりの人混み。しかも,建物入り口には,アメリカ風のコーヒースタンドまであって,ちょっとアメリカナイズされすぎていないかという気になる。

遺跡の中に入ってみると,とにかくでかい。特に,有名なEl Castilloは,壮大。正面広場の真ん前に立っているので,まずは登ってみる。上から見下ろす景色は絶景。だけれど,回りの人がみな言っているように,「降りる方が大変」。公称45度ということだけれど,上から見た感じ,平均斜度38度(部分的には45度超)山形蔵王の横倉のカベよりも緩やかな気がする。雪が積もっていてスキー履いていれば一気に降りられるんだけれど。ちなみに,ロープのある西側はみんなが上り下りして階段がすり減っているので,ロープのない北側がおすすめ。El Castilloの中に入ると,生贄の心臓を捧げた台があるけれど,フラッシュ禁止ということで,ISO1600でも暗すぎてオートフォーカスが迷う。マニュアルフォーカスに切り替えても,暗くてピントが合っているかどうか全然分からない。えいやで撮ってみたのがこれ。
続いて,Gran Juego de Pelota(球技場)。この壁面には壁画が付いているので,その解説を聞くためにその辺にうじゃうじゃいる英語ガイドグループの後ろにひっついて解説をfree ride。文句言われたら英語が分からない日本人の振りをしよう(笑)。建築の評価はガイド無しでもできるけれど,壁画の解読はガイドがいないと無理だ。ガイドは,ここで行われていたスポーツがどういう意味を持っていたかを,壁画を指しつつ教えてくれる。負けた方(といっても,当時のゲームでは「勝ち」「負け」が当てはまらず,儀礼的な意味合いが強かったらしい)のcaptainがこんな風に首を切られるとのことで,ちょっとおどろおどろしい。そういえば,この隣のTzompantliも,台座に骸骨が並んでいて,ちょっと中央高原の影響を伺わせる。
続いて,Cenote Sagrado。Yucatan半島はlime stone(石灰岩)でできているので,雨水がしみこんで地下に水のたまった大鍾乳洞ができている。それが地表に出てきている水たまりがcenoteということらしい。ChichenのcenoteはYucatan最大。人と同時に写したこの写真だとよく分かる。ある英語ガイドが,そのグループの若い女性を指さして"They threw young beautiful virgin ladies, like you, into this cenote"と解説していたのが耳に入ってきて,思わず吹き出してしまった。
またEl Castilloの広場に戻って今度はGrupo de las Mil Columnasへ。その名の通り柱だらけ。ここで,Huber Reiseとかいたリュックをしょった若い女性+初老カップルと遭遇。おそらく若い女性は娘さんなのだろうけれど,初老男性がビデオカメラを担いで二人を一生懸命撮っているところがほほえましい。El Castilloの上からたまたま撮影中に僕が通りかかってしまうので,見るペースがほぼ同じ人たち。英語でちょっと場所を空けてねetcの会話を僕と交わしていたことからしても,多分ドイツ人だろう。
続いて旧Chichenへ。最初に出会うのはEl Osarioというピラミッド。新Chichenよりも建物は小さくなる。様式的にも,Toltec文明の色が薄くなる。この次にある崩れかけたTemplo del Venadoあたりから,角の丸い柔らかい建築になってきて,こっちの方が好みだなぁ,という感じ。Puucが入っているらしい。
そして,El Castilloと並んでChichenのシンボルである,El Caracol。observatoryのことで,今は上部が崩れているので現代の天体観測ドームのように丸くなっているけれど,当初はむしろ塔型をしていたらしい。でも,崩れて丸くなっている今の状態の方がいいので,これ以上の修復はしないで欲しい。最後に,Edificio de las Monjasことnunneryへ。この周囲の建築,Chichenの中で一番彫刻が良く残っているんじゃないだろうか。やはり大きい建物だけれど,Puucの入った彫刻が美しい。裏に回ると,イグアナを見つけたので,近づいて激写。そこへ,20歳前後のMexican女性が通りかかって立ち止まったので,"Don't mind. Please go ahead."と言ったら,"Brabrabra... Engles?"と返されたので,多分「英語話せるの?」と聞かれたのだと解釈して"Yeah, I can speak English"。そしたら,"How do you say 'hello' in Chinese?"。おい,中国人に見えるのかよ,確率的には日本人の方が高いだろ,と思いつつ,"You say 'にいはお' in Chinese, but in fact I'm a Japanese and we say 'こんにちは' as hello"とまじめに教えてやる。おきまりの発音練習に付き合わされた後,今度は"How do you say 'good bye' in Japanese?"。そこで,"Good bye is 'さよなら' in Japanese; and, by the way, '再見' in Chinese"と微妙に皮肉を込めて返したけれど,皮肉は通じなかったらしく,友好的に別れる。押し弱し...
これで終わりで,ゲートを出てMuseoによると,もう午後3時をすぎていて,2本しかないMerida行きのprimeraバスは次は5時まで待たなければならない。それはたまらないので,再び3時30分のsegundaを選択。今度は,Orienteという会社の黄色いバス。今度のsegundaは,MAYABのものよりもさらにすごかった。primeraと違って,集落ごとに高速・幹線道路を降り,若しくはそもそもそれに乗らないだけでなく,集落ごとに物売りが乗ってきて,1停留所分くらい売り歩いてさくっと降りていく。それが集落ごとに繰り返される。あまりきれいでない集落を次々に通過していくので,Yucatanの田舎のメキシコ人の暮らしぶりを見るにはいいのだけれど。
そういえば,面白かったのが,墓地。だいたい集落のはずれに固まってあり,こういっては失礼だけれど,まるで犬小屋である。屋根に十字架が付いているところがただの犬小屋ではないけれど。そして,いかにもメキシコらしく,色とりどりの犬小屋が固まって並んでいるのは,funnyな感じがする。
さて,Orienteバスは,快調に進んで午後6時前にMeridaのsegundaバスターミナル到着。宿を探さねば。まず,zocaloまで歩いてから,北東にある安宿に向かってみる。ドミ60ペソということだけれど,shabbyで人もほとんどおらず,最もダメなことに,おっちゃんがスペイン語しか解さない。パスして,LPに載っていたNomadas YHへ向かう(もう一つ,バスターミナル付近にNestというYHがあるけれど,LPにバスターミナル付近は夜の治安がよろしくないとあったので回避)。69ペソで最後の1ベッドがあいているとのことだったので,部屋を見てゲット。同室の住人と話したら,一人はオランダ人で昨年10月くらいから中南米をさまよっている強者。スペイン語ペラペラ。もう一人は,イギリス・ロンドンからのChrisで,こいつと後で夜に出かけようと約束。受付で,今日(土曜)はマリアッチ等の音楽を午後7時からやると聞いていたので。
その後,court yardに出ると,Casa Yoshidaで見かけた日本人女性3人組がもう一人の日本人女性と会話していた。どういう流れかそのグループについて音楽を聴きに行くことになってしまった。Chrisごめんよー。もし僕がいなかったら勝手に行ってくれ。
この音楽――LPには週末しか催し物がないとのことだけれど,3人組が聞き出したところによると,平日も毎日あるらしい――,生バンドではなく,ダンスが主体。なかなか楽しい。踊り手の女の子が出てきたところで,みんなで記念撮影。ダンスの次は,おっさんのカラオケ熱唱である。まるでど演歌で聞くに堪えない。もうそろそろ帰ろう,ということに。
ちなみに,ここの屋台のタコスは,今まででに食べた中で最高。まず,tortillaが,その場で焼くのだけれど(これでポイント1),良くあるtortillaのばし器でのばすのではなく,手でのばすので,ふかふか(ポイント2)。やや焦げ目が付いているのも香ばしくてよし。さらに,具も,においからしておいしそうで,実際においしい。local peopleで混雑していたけれど,それもうなずける味。
そうこうして9時にNomadasに帰ると,Chrisが待っていてくれて,再び音楽を聴きに行くことに。微妙に後ろめたいので... 組み合わせは他に二人。イタリア人のMarioとオランダ人のマウリカ(紅一点)。このマウリカ,「私のmother-in-lawが...」と言っていたので多分既婚なんだけれど,Marioとできている感じ。イタリア男やスペイン男は,こういうときにめちゃくちゃ手が早いと今までの経験から思うので。とすると,Chrisは,自分が一人のけ者にされるのを嫌って僕を誘ったのか?と深読みもしてしまう。
またまた元の会場に戻ると,今度は違う組がダンス。靴をダンダンと打ち付けてリズムをとっているので,ChrisにIrish danceみたいだねぇと言うと同意していたけれど,よくよく考えるとむしろ,スペインのフラメンコやタップダンスと見た方が正確か。元々スペインの植民地だし。ちなみに,ダンスのレベルは,日本人4人と来たときよりはるかに上で,とても上手だった。これなら,もう一度来た甲斐がある。その後,4人でだべりつつ見ていたら,午後11時前くらいから,ついにマリアッチの生演奏開始! こういうもんか〜と思いながら聴く。しかし,すごいことに,12時近くなっても終わる気配が見えないので,もうそろそろ帰るか,とみんなでNomadasに戻る。

ソスソスソスeソスソス hatsuru : 2005年03月12日 22:00

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