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2016年01月29日

Festschrift

ここ数日,江頭古稀を執筆しているんだけど,そんな話をしてたら,相方から

何で法学は,いちいち年齢毎の記念論文集なんてだすの? 医学系ではそんなのやんないよ?

と言われて,さてどうしてだろうと考えてみた。

まず考えられるのは,ドイツ法学の影響。ドイツはFS作るものね。

でも,それだけだとうまい説明にならない。ドイツの影響を受けている分野なんて,ほかにもいくらでもある。

そこで考えたのが,法学の特殊性。つまり,普通の学問分野だと,学術的な論文は,国際的なジャーナル,それもrefereed journalに投稿するのが一般的だ。日本語で,しかも,refereeのついていない記念論文集なんてのに出しても,そんなものは「論文ではない」と見なされてしまうので,寄稿するインセンティヴが全くない。

これに対し,法学の場合,英語で書いて国際的なジャーナルに投稿するという文化は皆無で,むしろ,英語で書くと,日本の裁判官・弁護士・立法担当者は読まないから,日本語で書くインセンティヴしかない(以前,とあるLaw and Econカンファレンスで行ったイスラエルでは,USのローレビューにpublicationがあることが採用・昇進の条件となっているとのことだったけれど,それはかなり例外的な国だろう)。

だから,記念論文集なんて慣習が,法学では生き残っているんじゃないか,と説明したら,相方は納得してくれた。

ちなみに,前にも書いたかもしれないけれど,僕の執筆優先順位は普通の法学者とはかなり違っていて,

国際ジャーナル > 国内商業誌 > 記念論文集 > 紀要

になってる。

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