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2013年10月01日

the purpose of inheritance rule

先日,非嫡出子の相続分規定に関する最高裁判決が出たけれども,そもそも相続分規定がどんな目的を果たすべきなのか,という点に関する分析をあまり聞かないのが,謎。

もちろん,現行民法上では,相続分の規定は,その1/2が遺留分に直結するので,相続人の権利に大きな影響を与える規定であり,その限りにおいて,憲法14条の問題になり得ることはよく分かる。

でも,遺留分との関係を除くと,相続分の定めは,デフォルトルールを設定しているに過ぎない。被相続人が遺言をすれば,それが遺留分を侵害しない限り,民法上の相続分の定めよりも遺言による指定が優先する。このため,相続分の定めが適用されるのは,被相続人が遺言による相続分の指定をしなかったケースだけだ。

相続分の定めがデフォルトルールだっていうことなら,通常の契約法の場合と同じく,デフォルトルールに関する分析が使える。デフォルトルールの定め方については,よく知られているように,基本的に2つ。majority defaultとpenalty defaultだ。

majority defaultは,契約を書くのにコストがかかる(このケースだと,遺言を書くのに金銭的時間的コストがかかるとか,心理的葛藤を招くとか)ことを前提に,社会の中の多数派が希望するようなデフォルトルールを置いておけば,そのような多数派による契約作成コストを節約できる,というもの。
他方,penalty defaultは,当事者に不都合なデフォルトルールを用意しておけば,当事者がデフォルトを回避するような特約を結ぶだろう,というもの。

このようなデフォルトルールの設定には,2つのトレードオフがある。1つは,社会全体で発生する契約コスト(取引費用)。もう1つは,被相続人の意思を実現できるかどうか,というコスト。両者は必ずしも同じような構造を持っておらず,ときにはトレードオフの関係にもなるので,どっち(あるいはどのようなミックス)を民法規定の目的に設定するんだ,というので最適なルールは違いうる。

たとえば,社会全体の契約コストを最小化したい,って考えるのなら,被相続人の希望する相続分指定の分布の仕方を調べて,分布が一番大きく山になっているところ(割と対照的な分布なら)をデフォルトに設定するのがいい。
けれども,このようなデフォルトが,被相続人の意思の実現,という点からすると最適かというと,そうではない。なぜなら,このデフォルトだと,デフォルトの上下の一定幅の被相続人については,遺言を書くことによって得られる自己の意思の実現という利益が,遺言を書くコストが上回るから,遺言を書かずにデフォルトルールに委ね,結果として,被相続人の意思と実際の相続の結果との間に乖離が発生することになる。被相続人の分布の一番分厚いところでこれが発生するから,社会全体で,被相続人の意思が実現されない割合は,かなり高くなってしまうわけだ。

これに対し,被相続人の意思の実現を民法規定の目的に設定するのであれば,極端なデフォルトを設定するのがいい。たとえば,非嫡出子は嫡出子の10倍の相続分があるとか,あるいは,その逆とか。このようなデフォルトであれば,被相続人の大部分の意思とは大きく異なるデフォルトが設定されていることになるから,被相続人にとっては,遺言を書く便益が遺言を書くコストを上回り,遺言によって自らの意思を実現できる。そして,こういう極端なデフォルトであれば,その周囲の被相続人の意思の分布はとても薄いから,自らの意思が実現されない被相続人の割合は非常に小さくなる。
もちろん,こんなデフォルトでは,社会全体に発生する取引費用は,相当なものになる。

なので,いったいどのようなデフォルトルールがいいのか,っていう点は,民法規定の目的として何を設定するのかによって左右されうるはずなんだけど,なぜかこういった視点からの分析がなされない不思議...

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コメント

久しぶりにお邪魔します。
hatsuru先生とは異なる視点からこの決定を考えてみます。

今回違憲とされた民法900条4号但書は、婚外子の法定相続分を婚内子のそれの2分の1と定めています。この相続と対称的なものとして扶養を挙げることができます。民法877条に規定があるものの、婚外子の扶養義務は婚内子の2分の1という訳ではありません(そもそもこの規定に存在意義があるのかよく分からない状態です)。

我が国では、これまで、親族の介護費用の負担をあまり考える必要はありませんでした。
しかし、近年では公的介護費用の償還請求が論じられるようになってきました(数年前の日本私法学会の個別報告)。

負担のない受益(相続は放棄出来ることを考えると1つのコールオプションとも言える)に関し、婚内子と比較していろいろと困難な場面に遭遇してきた婚外子にも同じ割合で法定相続分を認めるべきという主張は一定の合理性があります。これを負担(扶養)にも拡張し、婚内子と同じ割合で費用償還義務を負うと考えるのか、扶養については請求対象に含めないと考えるのか、非常に難しい問題ではないかと思われます。相続財産を受け取るのであれば公金で一時的に介護費用を賄うとしても、相続財産をもって償還すべきと考えるのが素直ではないかと思います。そこで、相続分が小さいことを踏まえて負担部分を小さくするという立法をした場合、相続のみに着目して不合理とは言えなくなります。

最高裁は扶養との関係をどのように考えて今回の判断を下したのでしょうか?
今後我が国で間違いなく問題になること(公的介護費用の増大に伴う相続人への償還)を考えずに今回の判断を示したのでしょうか?

介護費用の負担を加味して考えると、婚外子が婚内子と同等の相続分を得たのであれば、国家(血縁関係のない大多数の国民)が介護費用を負担する前に、婚外子が少なくても相続で得た資産の限度で負担すべきと考えてもおかしくはありません。

介護費用の償還について立法がなされ、婚外子については婚内子よりも負担を軽くすると規定された場合、同規定と併せて考えると不合理とは言えないということになるのかもしれません。

更には、婚外子については父親の生前に相続放棄すれば扶養免除される(これもオプションですね)制度を導入することも1つの選択肢だと思います。成年子の認知に本人の承諾が必要なことを考えると、婚外子に自ら積極的に扶養から逃れる機会を与えることを否定すべきではないと考えられます(婚外子として親とは完全に切り離された経済主体として独り立ちし生活している以上、その生活は保護されるべき(個人の尊厳という修辞にあてはまるのか否かは措くとして)だと思います。保護が必要な時に保護されず後に義務だけ負わされるのは著しく不合理です)。

加えて、婚内子と婚外子が、同等に相続税の連帯納付義務(相続税法34条)を負うことになるのかも検討する必要があります。現行相続税法は、民法900条4号但書を前提した(婚外子の納税義務を軽減する)規定を置いていません。実際の徴税を行う時の運用は知りませんが、租税法と私法との関係を考えると微妙な問題があるように思われます(詳細は不知(ふち))。相続税については遺産税と考えるのか遺産取得税と考えるのか、2つのモデルがありますが、介護費用の償還請求を加味すると簡単にどちらかに割り切れるものではないように思われます。

この最高裁決定については、法学教室10月号で蟻川先生が詳細な検討を行っています。蟻川先生にあそこまで分析され、hatsuru先生、さらにはサラリーマンからも疑問点を指摘されると、最高裁判事も判決(決定)を下せなくなりますね。

このエントリの分析は,「遺留分にかからない範囲内で」という前提ですが,実際には遺留分が問題となり得る(最高裁は遺留分にも言及している)わけで,最高裁がだめだと正面から言ってるわけではないです。

扶養など,ほかの制度との関係については,具体的違憲審査なので,事件が上がってきたごとに判断するのでしょうね。

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