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2013年02月21日

deterrence

先日,ちょっと民法の人と話していて。

民事法のいろんな分野で,損害賠償法の機能は抑止だ,っていう視点から説明した方が簡単にその合理性を説明できる規定がたくさん生まれてきているけれど,何か無理して「抑止」って言葉を使わずに説明するよねー,っていう話になった。

何でそうなのか,っていうのはよく分からないのだけれど,とりあえず思いつく理由は2つくらいか。

その1。「抑止」って言葉が誤解されている。

民法の人が書いているもので,しばしば見かける(ような気がする)のが,「抑止」という言葉を「制裁」という言葉と同じ意味で使っているケース。しかも,そこでの「制裁」が,単にサンクションの設定という機能的な意味を超えて,倫理的・道徳的な非難をこめて使われていることが多い(ような気がする)。

僕と小塚さんが「不法行為法の目的」で書いた(そして,経済分析をする人が共通して念頭に置いている)抑止っていうのは,「社会的に最適な抑止 socially optimal deterrence」だ。その辺が今一つ誤解されているような希ガス。

その2。実はその1とある程度繋がっているんだけど,slippery slopeを本能的に忌避している。

上述のように「抑止」を理解していると,実は,損害賠償法全て,つまり,単に不法行為の損害賠償だけではなく,通常の契約違反の損害賠償も,「抑止」目的の法ルールだ,と整理できてしまう(まぁUSのロースクールに行くと,こういう教え方が標準的だと思うけれど)。

そうなってしまうと,今までの議論を全部書き換えなくちゃいけなくなって,それって大変だし,先達を片っ端から否定して回らないといけなくなるので,民法学会で生きていけなくなる,っていうことなんだろうか。

というのが,とりあえず思いつく2つの仮説。

もしかすると,他の理由があるのかもしれないけれども。

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コメント

初めてコメントさせて頂きます。
森田さんは東大学士助手を経て、現在教授をしておられますが、東大学士助手というと東大法学部の中でもエリート中のエリートだと考えられますが、やはり中学受験をして、東大に入学したのですか?
中学受験が現在主流になっていますが、高校受験では東京大学に入学、さらにその中でも上位になるのはなかなか難しいのでしょうか?
初めてのコメントでブログとは関係のない質問をしてすみません。

いろいろと突っ込みどころはありますが。

確かに僕は中学受験組ではありますが,中学受験したこととその後の人生の因果関係については,選択バイアスが強くかかっているので,中学受験したこと「によって」こうなった,という結論を下すのは無理ですね。
「中学受験をしなかった場合の僕」という反事実を作り出したら,案外,中学受験の効果はほとんどないかもしれません。実際,教育経済学の分野では,教育のパフォーマンスというのは,大部分が選択バイアスで説明できて,教育自体の効果は,一部の場合(たとえば貧困により教育を十分に受けられなかった人に教育を施すとのびる)を除くと,あまりない,というのが割と広く観察される結果だと思います。

この辺については,僕の法セミ連載の16回・17回(2013年1月号・2月号)をごらんください。

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