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2010年12月15日

entrance fee

老人ホームの入居金について

90日以内に解約された場合は,全額返金します

という契約条項があったときに,入居後1週間で死亡した場合,入居金は返還されるのか?

「入居金は返還されない」っていうことにもなりそうだ,っていうと素人目にはそんな~って感じる人もいるかもしれないけれど,よくよく法律家的に考えてみれば,十分成り立ちうる結論だ。

ただし,いくつかのステップがある。

1段目:そもそも入居金って何のためのお金?
入居金は,入居後1年で死んでしまう人も,入居後20年行き続ける人も,同じ金額を支払う。月々の利用料の支払総額が,どれだけ長生きするかによって変動するのに対し,入居金は変動しない。こういう特徴を持つ入居金には,2つの機能がありそうだ:

a) 相互保険(長生きリスク(=それだけ多額の利用料を払わなければいけない)について,早死にした人から長生きした人へと損失填補する)
b) 老人ホーム開設運営にかかる固定費用の一部については,入居期間の長短にかかわらず平等に負担する

おそらく,b)の方の経済合理性は今ひとつ分かりにくいので,おそらくメインの機能はa)なんじゃないかと推測される。
だとすると,「早く死んだんだから,入居金を返してくれ」っていう主張自体は,完全な筋違いだってことは明らかだ。そういう主張って,「生命保険入ったけれども,結局死ななかったから保険金がおりなかった。だから払込済みの保険料返してくれ」っていうのと同じで,筋が悪すぎる。

とはいっても。

1'段目:ホントにそんな相互保険って必要なの?
というところは問われてしかるべきかもしれない。全ての入居者が相互保険を欲しているとは限らない。にもかかわらず大部分の老人ホームにおいて高額の入居金が要求されているという事実があるのだとすると,それは入居希望者の数に比して老人ホームの数が少ないため,老人ホームがその独占的交渉力を使ってレントを引き出そうとしている行動の結果である可能性もある。
もっとも,単に利益を引き出したいのであれば,月々の利用料を増額する方がいいはずで(相互保険に対するニーズがheterogeneousならば),にもかかわらず入居金という形式を使うのは

- 何らかの公的規制によって,月々の利用料は簡単に増額できない
- 月々の利用料よりも,入居金の方がsalientでない

という理由がありそうだ。もっとも,後者は直感に反する(最初に高額のお金を一気に取る方が目立つ!)ので,前者があるんだろうか?
ともあれ,この理由で入居金が徴収されているなら,「早く死んだんだから入居金返せ」って主張にもそれなりの理由があることになる。

2段目:90日以内の解約時返金条項は何のためにある?
これは割と簡単で,情報非対称に対する対処。
つまり,入居前に見学なんかをしてみても,実際に入居して生活を始めてみたら「思っていたのと違う!」っていうことはあり得る。サービスの価値ってのは,実際にそれを享受してみないと分からないことも多い。だとしたら,入居前に博打を打つよりもこういった条項を置いておいた方が合理的だよね,ってことになる。

3段目:じゃあ,90日以内に死んだ場合,返金条項は適用されるか?
90日以内に死んだ場合であっても,入居金の趣旨(1段目)からすれば,どんなに早く死のうと入居金を返還しないことが,みんなのためになる。さらに,老人ホームでのサービスに特に不満がなかったのであれば,そもそも返金条項の趣旨(2段目)は妥当しない。こう考えると,返金条項は適用されない,っていう結論が導かれる。
これに対して,90日以内に死んだ場合は,老人ホームで実際に受けたサービスを十分に評価する時間がなかったのだから,返金条項の趣旨をここにも及ぼすべきだ,という議論も成り立ちうる。ことに,急死した場合には解約するチャンスがないけれども,病状が漸次的に悪化した場合には死ぬ直前に解約して返金条項の適用を受けるチャンスがあることを考えれば,急死の場合だけ不利に扱うのはどーよ?とも言えそうだ。こう考えると,返金条項は適用される,って結論になる。
というわけで,どっちなのかは確実には言えないので,できれば他の契約条項を置いて,どっちなのかを明確にしておいた方がいいね,ってことになる。

4段目:で,仮に他の契約条項で返金条項不適用の趣旨が明示されていたとしても。
入居時の説明義務の履行次第では,再び結論がひっくり返りうる。
法律家だったら,「解約時には」と言われるだけで,「あ,死亡時は含まれないのね」って分かるかもしれないけれど,普通の人に「解約時には」とだけ説明したら,死亡でも何でも,90日以内に契約が終了した場合は必ず入居金がかえってくるって期待されてもやむを得ない。だとすると,解約時と死亡時とをきちんと分けて説明して了解をもらった上でサインさせないと,説明義務違反でアウト(=入居金返還),っていうことになる可能性は十分にある。

というわけで,問題はなかなかそれほど単純ではないのですね。

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