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2010年08月01日

real or fictional?

法人実在説と法人擬制説っていうふるーい議論があるけれど(今,あれを議論する人はほとんどいないと思うけれど),それに似たような対立(というか誤解)ってあるんじゃないかな,と最近とみに思うわけです。

もちろん,法人実在説vs法人擬制説という議論には,さまざまなレベルでの議論があって,それぞれのレベルではどっちの方が妥当かっていうのはいろいろ。なので,どっちが正しいとかどっちが間違っているとか一概に言えるわけではない。ある側面では法人実在説が正しいし(なんか樋口せんせを思い出す),また別の側面では法人擬制説が正しいこともある。その辺を理解せずに論争するのは全く不毛なわけだけど。

で,最近気になっているのは,policy questionのレベルでの議論。このレベルの議論であれば,あるpolicyを採用することによって誰にどういう利害が帰属するんだ,っていうことを分析していかなければいけないので,基本的には,「法人」って言われているものの背後にはいったい誰がいるんだ,ということを分析に見ていく法人擬制説的な考え方が妥当しやすい。

たとえば,会社法を学ぶときは,「会社」っていう訳の分からないモノが存在していて,なんて考えるよりは,株主・債権者・経営者っていう3人のアクターの間をどういうふうに利害調整するか,って考えることの方が単純明快なわけ。で,実際,たいていの会社法の教科書は,そういう視点から書かれているはずだ(そうじゃないのもたまにあるwww)。ちなみに,会社法を教えるときは,「会社法ってこの3人しかアクターがいないから,もっとたくさんのアクターが登場する民法なんかと比べると,単純明快で楽だよねー」って最初に言うことにしてるんだけど,どうもあまり実感されていないっぽいorz

ところが,他の法分野に行くと,そういう視点がごっそり抜け落ちてしまうことをしばしば見る。たとえば,憲法の生存権の周辺とか。この場合,国とか地方公共団体とかっていう1個の切り離された存在があって,そこが何か必要な給付をしてないね,っていうことになると,「じゃあ給付しろ,給付しないのは違法or違憲だ」っていう結論に行きやすい。
けれども,そういう国とか地方公共団体っていうのは切り離された存在じゃなくて,僕ら国民・住民の税金で運営されているものだよね,っていうことになると,「そのように追加給付をするなら,その分,消費税(でなくてもいいけど)を上げるんですか」っていう話になるし,あるいは,「そのように基準を緩めるなら,不可避的に不当な受給者の割合も増えて,その分,無断な給付にたくさんの税金が回ってしまう(そしてその分,また増税する)けど,それでもいいんですか」っていう話になる。後者の例は,生活保護とか水俣病認定基準とかに当てはまる可能性があって,ひょっとすると,現行基準っていうのは,その辺のコスト・ベネフィットのバランスを考えて作られているのかもしれない。
それで結構すごいな,と思うのは,こういうタイプの訴訟で,提訴してくる原告(とその弁護士)は,自己利益だけを考える(=他の国民・住民がどうなろうと知ったこっちゃない)インセンティヴがあるので,そうするのは分かるんだけど,その場合に原告勝訴の判決を書ける裁判官。もちろん,原告勝訴の判決を書くべきケースがありうることは分かるけれど,もしも自分がその立場に立たされたら,「自分のような裁判官に,上のような色々な政策的な利益衡量をできるほど情報が集まっているのか?」っていう点は相当思い悩むだろうなぁ。特に,巷では,消費税のせいで民主党が負けたことになってるし(僕の評価は違うけど),「無駄を省く」事業仕訳が人気なわけで。そういった「民意」(?)があるところで,増税や無駄の増加につながる政策判断をすることは,相当に気が重くなるだろうなぁ,と想像されるわけです。

他にも,「増税するなら法人税」なんてことをおっしゃる人々も,法人の背後にいるのは株主・債権者・経営者だよ,っていうことを理解していれば,「法人税増税したら,給料減ったり,解雇されたり,会社が外国逃げたりするでしょ」という予測がつくはずなんだけどね。いや,そういう帰結でも構わない,と腹をくくっているのならいいんだけど(いいのかw)。

で,法(?)を学ぶことの一つのメリットは,一般人と違ってこういうきちんとした理解ができるようになることだと思うんだけど,そうせずに感情的に考える方々が意外に多いなぁ,というのが,謎&悩みなわけです。

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コメント

>「会社法ってこの3人しかアクターがいないから,もっとたくさんのアクターが登場する民法なんかと比べると,単純明快で楽だよねー」

先生に最初にこう教わったので、会社法が楽&好きになりましたよ♪
意外とローに入ってもこのへんの考え方(結局この条文はどのアクターの利益保護の条文なの?って話)が曖昧な人は多いです。。。

おぉ! ありがとうございます。

ちなみに,抽象的権利説とかプログラム規定説っていうのは,まさにこのことを言っていると思うんだけど,そこを実感しながら答案に書いてくる学生って多分そんなにいないんじゃないかなぁという気がしてます。

そういえば、金商法21条の2の議論はそんな感じですよね。
狭義の会社法ではありませんが...

裁判官にはわからないと思いますが
もりた先生ですらわからない問題は
国会議員や官僚さんにもわからない気がしますけど...
とくに官僚の能力がじつはそこまでではなかったことがばれちゃったから
「だれがやってもおんなじだ(めちゃくちゃだ)」
ってことで
プログラム規定説は廃れちゃったんじゃないですかね
ただ、最近の理論状況なら、財政学の総論を社会保障の各論にまでリンクさせることができるのかもしれませね
そうなると生存権ないし社会権の司法審査の在り方も考え直さなくてはならないのかも。

ついでに
会社法を3つのエージェント問題で説明するのは
非常に分かりやすいと思うのですが
会社法が苦手な学生が苦しんでいるのは、それ以前の「言葉」ですよね。
「違法性の錯誤」や「瑕疵担保」がわからなくても「殺人」や「契約」ならだいたいわかる。
でも、会社法だと「経営判断の原則」もわからないし、「取締役」もわからない
(取締役と経営者は一緒なのかどうか、とか)
だから、何を言っても拒絶反応を示されてしまう
かといって、拒絶反応を解きほぐすのは正確な定義を最初に与えることでもないんですよね
ってことでなんとなくのイメージを与えるような教材ができるといいですね

そうそう,金商法21条の2も同じだし,同じく金商法の課徴金を,個人からでなくて法人からとるのも同じ。昔金融審で,「そこで課徴金を法人に課したら,(一部の)株主は二重の被害を受けますよね」って言ったんだけど,スルーされた記憶がorz

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