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April 7, 2008

●ex post bargaining

昨日の日経記事から。

ベルギーのデクシア銀、日本の自治体への投融資残高1兆円台に
 自治体向け融資で世界最大手の仏ベルギー系デクシア・クレディ・ローカル銀行の日本の自治体向け投融資残高が、2月末に初めて1兆円を突破した。日本での営業は2006年12月に始めたばかりで、邦銀が手掛けない超長期融資で取引を急拡大している。
 2月末の東京支店の自治体向け投融資残高は、1兆226億円だった。内訳は貸し出しが27自治体向けに3823億円、債券購入が41自治体向けに6403億円だった。
 自治体の債務残高は約200兆円。国が地方自治体への貸し出しを減らし、自治体の新規の資金調達に占める民間資金の割合は6割超にまで高まっている。(06日 07:00)

直感的に考えると,海外の銀行の方が,円建てによる為替リスクがある分,貸し出しをしにくそうにも思える(ユーロ建てで起債しているのならその問題はないけれど)のに,何で「邦銀が手がけない超長期融資」に外銀が進出できるんだろうか?

「邦銀よりも外銀の方が,「超長期」のリスクを評価するために必要な金融技術に優れているから」というのが,一つ考えられる答えだけれど,それだとあまり面白くない。

もうちょっと理論的に面白そうな答えは,「超長期」であることに基づく信用リスクの発現の仕方が,外銀と邦銀とでは異なる,というもの。どういうことかというと,5年とか10年とかならともかく,「超長期」(これが何年くらいか知らないけど,30年とか50年?)の融資だと,信用リスクが現実化してしまう蓋然性がかなり高くなる(←夕張市とかね)。その場合,邦銀が融資をしていると,政治家とか地域社会とかのプレッシャーによって,地方自治体再建交渉のテーブルで譲歩を迫られることがあるのかもしれない(債権放棄とか)。これに対し,海外に所在していてアクセスが難しい債権者との間の再建交渉では,債権者側が譲歩しなくてすむことになる蓋然性が高くなるから(←金融契約理論でよくある,債権者側がex postなbargaining powerを持つ設定),安心して貸し出せる。

もっとも,話はここでは終わらない。
このときに地方自治体が支払っている利率は,適正なんだろうか? この点は,こういった「超長期」貸出市場の競争度によりそうな感じ。この市場で競争が機能しているのなら,こういったex postなsurplusの(不)移転を読み込んだ適正な価格付けがなされる。これに対し,上の記事のデクシア銀が唯一のプレーヤだとすると――もしくは,地方自治体が上のモデルで述べたようなex post bargaining powerを考慮に入れないで契約してるとすると――,高い利率を支払いすぎていて,地方自治体からデクシア銀に利益移転が発生してるかもしれない。

というわけで,他の銀行ガンバレ。

あんまり関係ないけど,懐かしいMVを見つけたので,リンクをば。メロディーラインが破綻してることの多いJewelにしては珍しく普通なfoolish games:

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コメント

第三セクターは内容の割に金利に厳しく、信用格付の枠組みでの金利を使えないケースが多々ありました。
また、担保がないのでリスクアセットも頭が×××
でも外資系ができるのは日本の金融機関があまりにも社会的意味合いを考えていないせいです。そしてそれを処理できる能力のある人材はすでに外資系金融機関に流出?あらどうしましょう?

無担保であっても,「黙示の保証 by 地方自治体」があると,いけるかもしれませんね。というか,みんな案外それを期待しているような気がします。

金利は,絶対額はあんまり意味がなくて,市場金利やリスクとの関係で相対的に決まるものなので,本来は,競争入札させてそれで決まればおっけーなはずなのですが,行政法規上,それがだめというのなら,悪法なのかもしれません。

「社会的意味合い」のところは,うだつさんと僕のエントリの議論はむしろ逆方向で,僕のエントリのロジックは,「日本の金融機関は,社会的意味合いを考えすぎる(考えさせられすぎる)から,ソフト・バジェットやモラル・ハザードを招いてしまい,貸せない」というものです。どちらが現状をより正確に反映しているのかは,シロウトの僕には分かりませんが...

第三セクター向けローンは通常地方公共団体の保証を前提にしていました。ただ、地方公共団体の財務内容も様々で,
先生がおっしゃるように、気にしすぎて、お宅の親の状態が悪いともいえず、また保証があっても債務免除させられるリスクもーーー。
こんなことを言っていると、学問的には意味がないばかりか、金貸は務まりませんねえ。
シラバスを拝見して、次は民法の債権法?と熱い期待が。

ちょwwwwwwwwwwwww

債権法なんて...........

一段目のお話はそれなら日本の金融機関は
国内の地方自治体には融資していないけれども
海外の地方自治体には融資しているのかというのが
重要になってくる気が...

後者がノーだとすると
日本の金融機関は超長期に対応できる金融技術がないとか
法制度などの制度的障害に原因があるということに
なってしまうのではないでしょうか

もともとはお上にお使いいただく幸せで無手勝に貸していた時代、次は地方公共団体の保証があれば最高の格付をつけた時代を経て、千差万別で中身次第に気づいたバブル後、それからシンジケートローンであればリスク分散できるから、まあいいやと言っている時代ではないでしょうか。超長期を組んで採算を取れるほどやりやすい話は余りありませんでした。法制度というよりもそんなテクニックを考えるよりも走り回れという風土の問題ではないでしょうか。根性 根性 ど根性 は今も底辺はおんなじ。

> A.T.君
なるほど,確かに海外に貸してなさそうだ,というのはポイントだね。
でも,(無駄かもしれない抵抗をしておくと)海外の地方自治体の信用度を調べるには,国内の地方自治体の信用度を調べるよりも調査コストがかかるはずなので,その調査コストが大きい割には,海外の地方自治体については,海外の地元の金融機関についてはex post bargaining powerの問題が深刻でないために,地元金融機関が貸出市場にたくさん進出していて,日本の金融機関が追加的な調査コスト付きでそこに出かけていっても競争上不利なだけ,というシナリオが成り立つかも。

> うだつさん
まぁ経済モデルって,後付けで出てくること結構もあります。典型的な例が,いわゆるBIS規制(銀行の自己資本比率規制)に関するDewatripont-Tiroleモデルなんかですね。一時期華やかだったメインバンク論とかもそうでしょう。
根性が基本なのは,研究者の世界でも,博士論文とか助手論とかではそうですね。最後は体力といわれてます。僕は最近ヘタレていて,そういうのを書く気力がなくなっていてやばいのですが。

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