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November 6, 2007

●just expressions?

よく分からないお話:

婚外子の記載拒否、住民票不作成は合法 夫婦側逆転敗訴

よく分からないのは,判決じゃなくて,記事の最後にある

「『嫡出でない子』という表現は差別であ」る

という部分なんですが。

「A」というものと対になって使われる「not A」という「表現」が差別だ,という発想ができるのがよく分かりませぬ。「公開会社」に対して「公開会社でない会社」という(面倒くさいので非公開会社と呼ぶ人が多いと思うけど)「表現」も,差別なんだろーか。
さらに言うならば,ある全体集合が集合Xと集合Yに分割できるときに,それぞれの呼称として,「XとY」と呼ぶか,「Xとnot X」と呼ぶかは,そんなに本質的なことなのかがよく分からない。例えば,「人間」を2つの集合に分割して,「女と男」と呼ぶか,「女と女でない人間」と呼ぶか。どちらを使うのかは,「not X」という用語を使うコストと「Y」という用語を使うコストで自然に決まっている場合が多いような気がします。例えば,「Y」の数が少なければわざわざ「Y」という新しい単語を発明せずに「not X」という言葉を使う方が低コストで手っ取り早いけど,「Y」の数が多ければ「not X」なんてかったるい用語を使うよりも新たに「Y」という単純な用語を使う方が低コストですよね(上の公開会社のケースはちと違う観点からのコストベネフィット計算が入ってるけど)。
だとすると,もしも民法その他が嫡出子と非嫡出子とで何らかの要件効果を違えていることを前提とするのなら(違えていないのならそもそも区別する必要がないので,無駄なコストをかけているアホな記載要求。最近家族法やってないので,この辺り忘れてる...),両者を区別する処理には合理性があるし,その「表現」自体には問題なさそうな気がします。

むしろ本当の問題の所在は,

- 何らかの法律が,嫡出子と非嫡出子とで要件効果を違えているとしたら,その合理性
- 嫡出子の方が非嫡出子よりすぐれているという一般的考え方(そういうものがもしも存在するならば)

なのであって,「表現」を目の敵にするのは,江戸の敵を長崎で討とうとしているような気がしてなりませぬ。

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コメント

印象論でスミマセン。

この夫妻にとっては,「Xでない」の「でない」の部分がネガティブな響きを持っているので,それがヤダという程度のものではないのかと思います。

Xが正常でよいこと。Xでないということは異常で忌むべきこと,という前提がこの夫婦にはあって,そうしたある種のやましさを持たざるをえないってどうなの?と問うてみたかったのでしょう。

論理というよりは情緒の問題な気がしました。

そうなのかもという気はするんだけど,例えば,「公開会社でない会社」といっても「公開会社より劣っている」という意味を読み込むわけではないので,「でない」という部分に「劣った」という意味を読み込ませてしまうのは,結局,そういうものだと思いこむ社会通念(それが存在するとして)がやっぱり事の本質ぢゃないかと思うのです。

なんか刑法の名誉毀損で、病気とか血統とかの摘示は名誉に該当しないんじゃないか、
というさいきせんせいのお話を思い出しました
(刑法各論さいきせんせいでしたので)
たとえば昔は「A.T.はエイズだ」というのが
名誉毀損なのかどうか問題になっていたような...
ここでは「A.T,は非嫡出子だ」というのが名誉毀損になるのかとパラレルのような...

リンク貼られているニュース見る限りでは
原告は事実婚であって、行きずりで子供ができたのではない、
そんなのと一緒にしないでほしい!
という事実婚すらしていないカップルの子供への
差別意識があるのではないでしょうか。
(後者の考え)
あくまで印象ですが...

ある言葉が差別的であるのには,言葉自体がネガティブな意味を持っている場合と,その言葉が使われてきた経緯に照らしてそうである場合とがあるんじゃないでしょか.

昔は,非嫡出子は,「ひちゃくの子」とかなんとか言われて,進学,就業,結婚などの際に(かつては,戸籍を出させる学校,企業があったそう)不利益を受けることもあったという経緯があって,こうした主張になったのでは…?

まさに社会通念なんですけど,戸籍に記載されたくないという気持ちも分からないではないような…

名誉毀損については,妹?に聞いてみたいとこです☆

もう一度整理し直すと:
「表現」が問題なのかどうかの出発点として,まず,法ルールが要件効果を違えているのかどうかがあって。
a) 違えている場合
要件効果が違うものをひとくくりにして処理するわけにはいかないので,違う「表現」を使わなければならない。この場合に,「X」「not X」という形の表現がイヤで,「X」「Y」という形の表現の方がいいというのならば,せめて対案となる「Y」を出して,「Y」の方がいい,という主張をしなければ無意味。それか,もしくは,本丸である「要件効果が違っている」こと自体をたたくべき。
b) 違えてない場合
そもそも「違う表現」を使う必要がない(←エントリで「アホ」と書いたケース)。

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