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June 17, 2007

●maybe tomorrow

maybe tomorrowといっても,stereophonicsのオサレな名曲のことではなく,こんにゃくゼリーについてだったりします。こんにゃくゼリーをのどに詰まらせて子供が死んだ場合に,こんにゃくゼリー製造者は製造物責任を負うもんなんだろーか?

まぁ,一般人がこの話を聞いておそらくまず最初に思うだろうと予想されるのは,「そんなこと言ったら,毎年お正月になったらお年寄りが餅をのどに詰まらせて死ぬぢゃん。こんにゃくゼリーがアウトで店頭から撤去されるなら,餅も店頭から消えることにならない?」というポイントじゃないだろうか。細かいことを言うと,こんにゃくゼリーの死亡率と餅の死亡率のどっちが高いのかは知らないけれど(もちろん,絶対数で比較しても無意味で,「実際にそれを食べる人」の数を分母に取る必要がある),とりあえず「客観的」な危険性は同じくらいだとしておこう。

似たような問題はあちこちであって,有名な(都市伝説という説も)「濡れたネコを乾かすために電子レンジに入れる」とか「マクドナルドで食べ過ぎて肥満になった」とかと,ポイントは同じなような気が。つまり,どんなものであっても,リスクがゼロになるということはあり得ない。だから,事故の発生というリスクに対する予防行動は,常に製造者と利用者(こんにゃくゼリーだと親とか保育施設の監督義務)の双方がとらなければならなくて,問題は,予防のためのインセンティヴを,どちらにどれだけ割り振ることが効率的なのか,ということになる。
面白いのは,こんにゃくゼリーと餅の「客観的な」死亡率(=ランダムに1000人選んで投与したら何人死ぬか?)が全く同じであっても,効率的なインセンティヴの割り振り方が両者で違ってくる可能性があり得るところ。

その1。こんにゃくゼリーと餅とでは,利用者側のoppotunity costが違うかもしれない。日本人にとっては,餅を食べられないということのopportunity costは,こんにゃくゼリーを食べられないということのopportunity costに比べてはるかに高いかもしれない。お餅が好きな日本人は多いだろうし(僕も大好き),特に正月に食べたいという人は多いだろう。こんにゃくゼリー食べたことがないのでどんな味なのか知らないけれど... 万が一おいしかったらopportunity cost大きいかも。例えば,餅をあまり食べない文化の国では,opportunity costは小さい。
その2。死亡率に関する情報の普及率が違うかもしれない。例えば,電子レンジは乾かすものでなくて加熱するものだという情報,マクドナルドで食べれば太るという情報,老人が餅をのどに詰まらせやすいという情報は比較的よく知られているから,利用者側の予防コストが小さいのに対し,こんにゃくゼリーをのどに詰まらせやすいという情報はあまり知られていないから,利用者の予防コストが相対的に大きくなる。だとすると,こんにゃくゼリーの危険性についてパッケージに記載したり広告をうったりすれば情報は広まって予防コストは小さくなるかもしれない。
その3。けれども,単に現時点での情報量の問題だけでなくて,path dependentなコストの違いが出てくるかもしれない。例えば,食品の安全性があまり問題にされていなかった時代から危険性が認識されていた餅については,「餅をあえて食べるならその危険性が分かって食べるよね」という行動基準が暗黙のうちに普及してしまっているのに対し,食品の安全性に敏感な時代に危険性が徐々に解明されてきたこんにゃくゼリーについてはそれとは逆の行動基準が既に定着してしまっていて,危険性についての情報が普及しても従来の行動基準を変更するのにより大きなコストがかかるかもしれない。いったん成立した社会規範がより効率的な状態への移行を阻害する,っていうシナリオですね。
その4。製造者側の予防コストが違うかもしれない。多分違うんだろうなー,と思いつつも,想像力貧困なのでどう違うかは分かりませぬ。

というわけで,望ましい結論がどうなるかはいろいろな要素を考えなければならないけれど,仮に現時点では製造者側がこんにゃくゼリーについて責任を負う方が望ましいという結果になっても,その2とその3について製造者側が広報活動とか頑張れば,将来いつか望ましいルールが変わるかもよ,ということでmaybe tomorrowなのです。

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こんにゃくゼリーをのどに詰まらせるなどの事故が相次いでいます。あなたは、こんにゃくゼリーを食べたり、食べさせたりする際、注意を払っていますか?特に注意を払... [Read More]

コメント

こんにゃくゼリーに窒息を誘発する危険があるというのは実はけっこう前から知られていて、某社のこんにゃくゼリーの形が丸型からハート型になったのは窒息防止のため、というのは有名な話だと思います。形態変更からここしばらくは窒息事故の話を聞かなかったのに、最近になってまた聞くようになったのは、

1)報道されていなかった事故が報道されるようになっただけ?(つまり、形態変更はほとんど意味がなかった?)
2)子供の食べ方に注意を払わない親が増えた?(あるいは、過去の危険が忘れられた?)

のどっちなんでしょう。

あんまり知りませんが,形態変更→事故減少→知識忘却→事故多発なんてendogeneityがあったりして。
商品の多様性はどんどん拡大する一方なので,「危ないもの」リストもどんどん拡大し,親や保育施設の情報収集・予防コストが逓増していく,という現実はありますね。その中で,話題にならなくなれば忘却するという親たちの行動はひょっとするとある程度合理性があるのかも(そしてそれが社会規範に反映されているのかも)。

こんにゃくゼリーのケースだけに限って言えば,情報が既に一度は普及していた(それもかなり近い過去)のだから,親たちに対処する義務があるとしてもいいような気がします。その意味で,ちょっと日経の元記事で気になったのは
- ヨーロッパとの比較があったけれど,ヨーロッパと日本とでは「その1」で書いたopportunity costが当然に違うから,そのまま比較はできないじゃん
- 製造会社がえらく低姿勢ですが,まぁカスタマー対応はそうするしかないとして,でも裁判ではガツガツ行ってね
というあたり。

 以前、先生ご自身は本当は法社会学的なことをもっとやりたいんだけど、かくかくしかじかで商法をやっていると人から聞いたことがあります。今日のブログを読んでいて、ふと思ったんですけど、今の日本ではまともに法社会学やってる人っているんでしょうか?90年代以降、日本の法社会学は相当廃れたというか人気がなくなってしまいましたよね。ま、かつての日本での法社会学は、何と言っていいかわかりませんけど、イデオロギー丸出しのものでそもそも法社会学足りえたのか疑問であり、廃れて当然だった気もしますけど…。

これは単にFailure to Informではないでしょうか?

それにしてもこれってコンニャクゼリーではなく周りの対処の失敗では?

>棄権さん
棄権してもらえると採点枚数が減ってうれしーです :-)
それはともかく。
法社会学云々は言った記憶がないですね。学部生時代に初めてとったゼミが太田(勝)ゼミだったという縁はあるけれど。

>まぴ
その通りだと思うんだけど,訴える人はいるのです。ちなみに,この事件は,市の学童保育施設がこんにゃくゼリーを与えているので,この施設=市は当然に監督責任を負うでしょうが。
それと,製造者側も,パッケージに「子供やお年寄りに食べさせると喉に詰まらせる危険があります」みたいな注意書きをしておくことはもちろん必要ですね。

ただ,「食品である以上,一定程度の安全性は備えている」という世界の方が,利用者側の情報収集コストを低下させ,全体で見るとプラスかもしれない(=消費者はコストをかけて賢くなる必要はなく,お馬鹿なままでもおっけー),ということはあり得るような気がする。それが生きやすい豊かな世界かどうかはともかくとして(その消費者が,例えば,家庭で何か作って,近所の人に販売し出す,とかいう製造者の側に回るという可能性も考えた方がいいと思うんだけどね)。

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