« witch-hunt | メイン | Gierke-Hauriou-Romano »

April 7, 2007

●why softlaw?

藤田せんせから,ソフトロー研究8号の抜き刷りを送っていただいたのですが

その送り状の中に

多くの法律家にとっては,「ソフトローのようなキワ物に手を出したあげく,ついに気が狂ったか」と思われるような内容ではないかとおそれます。

と書いてあって,めちゃ受けました。

ちなみに,僕自身は,ソフトローは「キワ物」なんかではなくて,むしろ一番自然な姿だと思って今までやってきました。
なんでかって言うと,「法律」(ハードロー)というのは立法者が作るもの。立法者は,そのハードローのベネフィットもコストもinternalizeしてないし,政治をめぐる様々な力関係の影響もあって,よろしくないルール形成をしてしまう蓋然性が結構ある。それに比べれば,実際に社会において活動し,ルールのベネフィット・コストをinternalizeしている人たちが自発的に作りあげてきたルール(=ソフトロー)は,望ましいものである蓋然性が高い(もちろん,externalityがあったりすれば問題だけども)。中世のイタリア商人たちや七つの海を制覇したイギリス商人(海軍じゃなくて)たちが作り上げたすばらしい法体系を見ろよ!っていう風に思うわけです。

こういう風に言うと,「それ何てChicago的」と突っ込まれそうです。はい,その通りですが何か?

というか,よくChicago=market至上主義=self-interested actorな性悪説と思われていることがあるけれど,それはむしろ逆なんじゃないか,という気がします。上に書いたような意味での"Chicago"的というのは,「普通の人っていうのは実はすごい賢い人たちだ」という考えに基づいていてそれって性善説(というか,人間に対する信頼)じゃないか,と。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.law.tohoku.ac.jp/~hatsuru/cgi-local/mt/mt-tb.cgi/1197

コメント

Kaplowの"Rules vs Standard"の議論な気が。立法者の作ったルールだけが法律じゃないですからね~。解釈者に任せてdistinctionとover-ruleを重ねて進化していくCommon Lawもなかなか捨てたものじゃないかと。特に立法者がろくな情報を持っていない場合。ってShleiferもシカゴか・・・・元を正せば。

信頼の話はその通りだと思います。特にBeckerのRational Addiction, Suicideの議論あたりを見れば明白な気も・・・・。

うぉ。Rules vs Standardsは,ちょうどそれをネタに一本ペーパー書いてるところです。

でも,softlawの議論と,rules vs standardsの議論が違うのは,softlawは,ルールの適用対象が*自分で*ルールを作っている(上で書いたinternalizationなお話)のに対し,rules vs standardsの場合は,立法府・行政府か裁判所かという違いはあれ,ルールの適用対象ではない第三者がルールを作っているところですね。rules vs standardsでは,ex post/ex anteの区別が結構大事なんだけど,softlaw vs (rules|standards)ではそれ以前の問題ぢゃ,ということです。

コメントする