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2007年02月24日

natural resources in developing countries

昨日の知的財産法研究会:

報告者 :  加藤浩氏 (政策研究院(大学院大学))
題目 :  知財保護と利益配分を巡る法的諸問題(遺伝資源、生体材料を事例として)
要旨 :  発展途上国(先住民)から入手した薬草(遺伝資源)から新薬を開発して利益を得た場合、その利益の一部を先住民に配分すべきか。または、患者から提供された血液サンプル(生体材料)から新薬を開発した場合はどうか。このような知財保護と利益配分を巡る法的諸問題について考察する。

僕は知財はシロウトだけど,報告を聞いていて思ったのは,「この人は法律わかってねぇーなー」。ついでに言うと,「経済学も分かってねぇーなー」ということも思いました。いくら僕がヘタレとはいえ,このレベルのものは書けない。

まずは出発点がおかしくて。報告者は,「特許権の場合は,特許権者は特許から得られる利益を全て得られるはずなのに,発展途上国から入手した場合などは先住民等に利益を分配しなければならないのはおかしい」というところからスタートするのだけれども,それはおかしい。
だってそもそも,特許権の場合だって特許権者は特許から得られる利益を全て自分のものにできるわけではない。例えば,先行特許Aがあって,それを自らの構成の不可欠な一部分とする後続特許Bがあったとする。そして,Bだけでは最終製品を製造できず,AとBとの双方の技術をあわせて初めて最終製品が製造できるとする。この場合,最終製品製造者は,Bについてだけ特許ライセンスを取得すればいいか,というと,そんなことはない。AB双方のライセンスをとらなければならない。そうすると,Bの特許権者は,Bから得られる利益を全て取得しているわけではなく,Aの特許権者と分け合っていることになる。
と突っ込んだら,「でも,特許の場合と遺伝資源のように物の場合とでは違うでしょ」という反論が来た。うー,わかっとらんなぁ。どっちも排他的な支配を持っている者がbargainingに登場するという意味では同じ。そこで,次のような例を出して説明し直してみた:

仮に,僕の家の庭に――といってもマンションなので,本当は庭はないけど...――,世界でたった一つの花が咲いていたとする。そして,その花が,これまでに研究されていない遺伝子を持っている可能性を秘めているとする。この場合,僕にアプローチしてきた製薬会社と僕とは交渉して,例えば製薬会社から利益のx%を受け取る,といった形の契約を締結して花を引き渡すだろう。そして,もしも,製薬会社が実力行使に訴えて,僕の家の庭に不法侵入して花を奪っていってその花で画期的な新薬を発明したとしら,僕は民法の不法行為によって"うべかりし利益"を賠償請求できるはずだ。このことは,僕のその花に対する権利が特許権で保護されている必要はなく,日本民法の所有権で保護されていれば足りる。

と説明してみたのですが,そしたら今度は,「でも,物と特許権が保護する情報とは違いますよ」という回答。あぁ,この人,全然分かってない。というか,この受け答えだと,自分に不利なシロウトからの質問が来た場合は,「物と情報は違う」と言えば逃げられると思っているんぢゃないか,という悪印象を抱くよ。

とまぁ,入り口で止まっていては進まないので,おそらくメインである,その先。で,以上を前提にして,先住民側が単独であって,製薬会社ときちんとしたbargainingができる場合は(双方独占のケース),asymmetric informationの問題がある場合などを除いて,基本的には当事者任せにしておいてもうまくいくから問題ない。問題は,先住民側が複数主体で構成されていて,bargainingがbreak downしてしまう場合。この場合に,制度設計の仕方には2通りあり得て,
- break downしたbargaining mechanismを再生するための枠組みを整えてやる
- 法律か何かで,強制的に「公平」(または効率的でも何でも)と思われる利益分配を直接実現する(<- いわゆるliability rule型の解決)
がある。この2つのうち,どちらがどのような条件で望ましくなるのか,という質問をしたのだけれど,実質的な回答は返ってこず。むしろ,蘆立さんから回答が来た。
ついでに言うと,報告者は,先住民側が複数主体のケースについて,需要曲線と供給曲線を書いて「経済分析」をしているのだけれど,おかしい。需要曲線と供給曲線さえ書けば「経済分析」になる,とでも思っているのだろうか? この場合はむしろ,製薬会社側としては,複数いる先住民のうちの一人からサンプルを入手すればいいから,先住民側の利得がゼロになる,というのが基本的なbargainingの帰結だ。需要曲線・供給曲線を書くべき場合とは前提が違う。

その他にも,生体材料についての所有権の所在の議論もひどいですね。報告者は「そういう議論をしている人がいるので,それをうつしただけだ」と弁明していたけれど,元の議論があまりにひどい場合は,「こういう議論をしている人たちがいるけれど,あまりにバカげているので考慮するに値しない」と一言書いておけば足りる話であって,そのまま引用すると,引用者も引用元の議論が有効な議論だと認めていると受け取られます。

後は,イントロダクションとして,知財史として「西洋と東洋の違い」というのが議論されていたけれど,これも無惨でした。西洋には知財的なものの考え方があって知財制度が早くから発達したけれど,東洋にはそういう考え方が希薄で知財制度の発達が遅れた,という主張なんだけれど,「おい,それだけかよ」と当然突っ込みたくなります。これは昔から言われることですが,「東洋だから」とか「西洋だから」とかいったような,「文化」をキーワードにして説明することは,思考停止を招くので非常によろしくない。ポイントは,「なぜ」そのような違いが生まれたか,です。その場で適当に思いついた原因としては,中央集権国家の成立の時期,というのがあります。すなわち:

特許というのは,アイデアを公開する代わりに独占権を国家が付与する制度であって,特許を通じた公開によりどれだけのベネフィットが発明者に生じるかは,国家が付与した独占権の範囲に応じて決まる。だとすれば,都市国家や日本近世の藩制のように,司法権力が及ぶ範囲が限定的な場合には,特許制度というメカニズムを通じた発明促進は非効率的であり,むしろ,不正競争防止法型に「秘密は自分で守る」(一子相伝とか)の方が経済合理的だったのではないか。実際,「西洋」とひとくくりにされている中でも,中央集権国家が早くから成立した順に特許制度が導入されている(イギリスが早く,続いてフランス。イタリア・ドイツは遅い。例外はヴェネチアだけれど,これはちょっと違う制度のことなんじゃないかという気がする)。

と発言してみましたが,反応無し。

なんとゆーか,シロウトによるこの程度の単純な質問にも答えられないような「知財の専門家」ってどーよ,という気が激しくした半日でした。

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