国の行政改革の動向 ーーー 行政改革会議のこれまで

(平成9年10月28日、東京都「都民のための行政改革を考え
          る会第2回会議における講演)

藤 田 宙 靖


 

            はじめに

 「国の行政改革の動向」とのテーマでの講演を依頼されたが、これだけではその射程は極めて広いものとなり、私の手に余る。そこで、昨年11月に発足し、私もその一員として本日まで審議に携わってきている政府の行政改革会議での、これまでの議論のおおよそをご紹介することによって、責を果たすこととさせていただきたい。但し、お断りしておかなければならないのは、ご承知のように、現在行政改革会議での議論は、11月に予定されている集中審議を前に、まさに大詰めを迎えようとしており、その内容も極めて微妙なものとなっていることである。従って、今の段階で、その詳細をご紹介することができない問題も多々あり、ここでは、私の考えで、本日お話ししても差し支えないであろうと判断されることのみに絞らせて頂かざるを得ないことを、ご了解頂きたい。

一 行政改革会議の発足とその性格

 今更ご紹介するまでもないことと思うが、行政改革会議は、昨年11月末、橋本総理の発案で、総理大臣を会長として、計15名の委員を以て発足したものである。しばしば混同されるのは、既に橋本政権発足以前から存在している行政改革委員会であって、こちらは、平成6年に、「行政改革委員会設置法」という法律に基づき、飯田庸太郎氏を委員長として発足している。これに対して、行政改革会議は、独立の法律に基づくものではなく、政令に基づき、総理府本府組織令の改正に基づき置かれているに過ぎないのであって、その意味では、その法的重みとしては、行政改革委員会よりも劣る、とすら言い得るものである。しかし、他方で、行政改革委員会は、通常の審議会と同様、その審議結果を総理大臣に答申し、総理はそれを尊重する義務を負わされるに過ぎないのに対し、行政改革会議の方は、総理大臣自らが会長であり、その審議結果に対しては、自ら直接に責任を負うものである点において、その政治的重みは、格段に大きなものがあることになる。同様のことは、行政改革委員会と同じく、行政改革会議に先行して独立の法律に基づき設置され、諸井虔氏を委員長として審議を続けてきている地方分権推進委員会との関係についても言える。そして、この両委員会の委員長である飯田氏、諸井氏のお二人が、まさにその資格において、行政改革会議の一員となっている、ということが、行政改革会議の政治的意義を一層大きなものとしているのである。
 さて、行政改革会議がこのように政治的な重みを持っていると言うことは、言葉を換えて言うと、それが自ずから、いわゆる有識者を広く集めて構成されている他の通常の審議会等とはいささか異なった、一種政治的な性格を帯びざるを得ないものであることをも意味している。つまり、行政改革会議それ自体もまた、各界から広く有識者を集めて構成されているものである点においては、他と変わりはないのであるが(15人のメンバーの中6名は大学関係者であり、2名がマスコミ関係者である。)、他方、会長及び会長代理が現職の政治家であり、大臣である、ということは、この会議の結果につき、これらの閣僚が、直接に責任を負うことであるのであるから、行政改革会議としては、そのことを全く考慮しないで、一定の結論を出してよいのか、という問題があるわけである。しかし他方で、余りにもこういった政治的な配慮をすると言うことは、各界から有識者を集めた、ということの意義を無にすることにもなる。行政改革会議は、その性格上、はじめから、こういった難しい問題を抱えたものであったと言うべきであり、実は、今我々が対面している問題の微妙さも、まさにここに由来することなのだ、ということができる。

二 行政改革会議の課題と、それへの対処 ーーー 「藤田メモ」の作成まで

 さて、行政改革会議の発足に際して、橋本総理から依頼された審議事項は、次の三つであった。
 第一に、21世紀において国が担うべき機能は何かを明らかにすること、
 第二に、それを踏まえた上で、あるべき省庁の編成を示すこと、
 第三に、官邸機能の強化の方法、である。

   これについての行政改革会議での審議は、1月から始まったが、6月末までの期間は、主としては、各界の有識者、そして各省庁等からのヒアリングであって、委員相互間での審議が本格的に始まったのは、7月に入ってからであった。ところが、7月に入ると、予定された8月末の中間報告までは、2ヶ月しか残されていない、ということになる。この段階で小委員会が設置され、私は、機構問題小委員会の主査として、上記第二の課題について、8月18日から予定されている集中審議のための資料の作成を命ぜられるところとなった。このような状況の下で、私が作成し、7月2日の会議に提出したのが、「省庁再編案作成に向けての覚え書きーーその一」であって、俗に「藤田メモ」と呼ばれるものである。このメモで、私は何よりも、行政改革会議の議論は、「21世紀における国家機能のあり方を明らかにした上で、それに基づき省庁再編のあり方を考える」という、当初の出発点を再確認し、そこから始めるべきである、ということを訴えたのであるが、それは、6月までの間、省庁ヒアリングが続く傍らで、一方では、官邸の危機管理機能の強化として危機管理官なる制度を置くとか、或いはまた、いわゆるエージェンシー制度の導入が、今回の改革の目玉として取り沙汰される等、何が行革会議の本来の目的かが曖昧になりつつあったことに鑑みてであった。
 そして私は、この「21世紀における国家機能」の問題については、行政改革会議として、橋本総理が先に提示された国家機能の四分類を、更に詳細化することから始めるのが筋であろうと考えた。また、こういった機能論を行うに当たってはその前提として、現在の国家行政機能についての、(私の名付ける)「水平的減量」と「垂直的減量」を行うことが不可欠である、と考えた。更にまた、具体的な省庁再編のあり方に関しては、このような機能論だけでは足りず、組織編成に固有の問題、すなわち、一定の「組織論」からくる各種の問題点の解決も必要となる、と考えた。
 こういった考えに基づく「藤田メモ」は、幸いに橋本総理に高く評価して頂き、また、会議でも、ほぼ全面的な支持を受け、爾後、集中審議を含め、行政改革会議での議論は、このメモに沿って行われることとなったのである。そこで以下では、このメモに示された中心的な論点を、「水平的ならびに垂直的減量論」「機能論」そして「組織論」の三つに分け、簡単にご紹介しておきたい。

三 「水平的減量」と「垂直的減量」

 私の名付ける「水平的減量」とは、国が行政として行う事務の分野自体を減らすことであって、民間でもできる分野からの撤退(規制緩和)、地方公共団体への事務移譲、等がこれに当たることになる。このうち、前者については、既に、先行する前記の行政改革委員会が、また後者についても、同じく地方分権推進委員会が、手掛けてきていることであり、行政改革会議としては、本来、その成果を受け、これを前提として省庁再編に取り組めばよい筈であった。橋本総理も、行政改革会議設置の当初、このことを明確に述べておられる。しかし現実には、行政改革委員会は、規制緩和のための一般準則を明らかにしてはいるものの、現在の各種行政活動につき、何を民営化すべきかまで、具体的な結論を出しているわけではなく、また、地方分権推進委員会についても、機関委任事務の廃止は明らかにしたが、これはいわば、地方公共団体が現に行っている事務について、その名義を変えるだけのことであって、現に国が行っている事務の減量に直接結び付くものではない。そうすると、「水平的減量」が省庁再編の前提となる作業であるとする以上、行政改革会議が、自らこの作業を行わなければならないことになるが、しかし、実際問題として、先行する両委員会がこれまで何年か掛けて未だできていない作業を、これだけの短期間に、我々の委員会が完全にできる筈がない。こういった事態と、他方1ヶ月ほどの間に省庁再編案の中間報告を出さなければならない、という政治的スケジュールの間で、どうするか、という大変困難な問題があったのであるが、私は、この点このように考えることにした。すなわち、理論的に言えば、よけいな家具を捨ててから、それにふさわしい収納容量を持った家を建てるのが筋であろうが、逆に、一定の収納容量を持った家を先に建ててしまうことによって、嫌でも応でもよけいな家具を捨てざるを得なくする方法もあるのではないか、ということである。我々の中間報告に対しては、マスコミ等から、一斉に、前提となるべきスリム化が一切行われておらず、看板の掛け替えに過ぎない、との批判がなされたが、それは一面ではその通りであるにしても、我々の前提は、上記のようなことであったことを、十分には理解していない批判であると思われる。
 「垂直的減量」とは、国が依然として国家行政として担当すべきこととされた分野の事務について、事務の性質に応じ、本当に国が直接に行わなければならないものを除いては国の直営をやめ、民間移譲等、いわゆるアウトソーシングを行う、ということであり、この言葉はその後、少なくとも行革関係者の間では、定着したものとなっているように思われる。そしてこの、アウトソーシングを行う基準とされたのが、「企画立案事務」と「実施事務」の区別であり、アウトソ−シングの受け皿として考えられたのが、民営化のケースの他、いわゆる「エージェンシー」すなわち、今日いうところの「独立行政法人」である。
 ここでこれらの詳細について説明している時間はないが、このうち、「企画立案事務」と「実施事務」の違いについては、これはある程度相対的なものであり、全ての事務を二者択一的にこの両者に振り分けてしまうことはできないが、それにしても、アウトソーシングを行おうとする場合には、一般的な基準としては依らざるを得ない基準であるとして考えられている。また、エージェンシー化については、「事務の効率化」ということもそのねらいであることはいうまでもないが、それにも増して、第一次的には、「垂直的減量」という動機があることを、明らかにしておかなければならない。ここは、中間報告に対して、組合等から、国民に対する国のサーヴィスを減らすこと自体を自己目的とするような改革は、「国民のための改革」とは言えない、として、批判がなされたところであるが、事は、何が真に「国民のための改革」であるのか、という判断に関わる問題なのである。誤解を恐れずに言えば、行政改革会議は、水平的・垂直的減量を行うことによって、国家行政を身軽にすること自体が、長期的に見れば、真に「国民のための改革」となる、という判断に立っている。

五 機能論

 橋本総理の国家機能の四分類論は、もともと、機能の類似した行政を大括りして、重複行政や縦割り行政をなくし、行政の無駄を省く、という意図に立ったものであり、この「縦割り行政」「重複行政」の排除、そのための「大括り」というモチーフは、行政改革会議発足当時より、その一つの大きな指導理念となっていた。私自身は、この大括り論に対し、省庁の編成に当たっては、組織による「分節機能」、或いは、組織内部における相互チェック機能ということをも見落としてはならないのであり、機能の共通性のみならず、機能の相反性にも十分目を配った編成を考えなければならない、ということを主張していた。つまり、機能の共通性のみを指導理念として、大括りのみを目指すならば、全ての国家機能は、最終的には「国民の幸福の実現」ということで共通するのであるから、巨大な一つの省があればよい、ということにもなりかねない。従って、編成に当たって本質的に重要なことは、むしろ、どのような機能とどのような機能とは、根本的に相容れないかを検討することではないか、ということである。このような考え方に立てば、いわゆる「大括り」というのは、検討の「結果」ではあっても、「出発点」であるのではない、ということになる。私のこの考え方は、行政改革会議でも、総理始め大方の賛同を得るところとなり、集中審議では、今後国が担うべき機能は何かを広く洗い出した上、これら諸機能相互間での共通性と相反性との総合的な検討の上、いくつかづつの機能の組み合わせによる、いわば機能別・目的別の省庁編成を行う、ということがその基本方針とされたのである。

六 組織論

 省庁の再編に当たっては、以上のような機能論の他に、組織論固有の問題が、更に存在する。それは例えば、こういった機能の組織的受け皿として、どのような組織を設けるか、また、特定の機能を、これらの組織の中のどのようなものに行わせるか(例えば、省か、外局としての庁か、それとも行政委員会か、等々)、といった問題、また、組織相互間にバランス(権限、組織の大きさ、等々)を取る必要はないか、といったことである。また、組織を別にすれば、一般に、その相互間の調整にはスムーズさを欠くことがあるにしても、調整のあり方にはそれだけ透明性が増すのに対し、同一組織内部での調整に委ねるとすれば、その逆が妥当する、といった問題がある。そして、8月の集中審議、またそれに基づく中間報告は、まさにこういった、機能論・組織論等の総合的見地の上に、展開されたものであったのである。

七 集中審議及び中間報告

 以上に見てきたような基本方針につき合意が得られた後、私は、橋本総理から、あらゆる外部的圧力に屈せず、学者の良心に掛けてこれが正しいと思う、集中審議の叩き台としての省庁編成案を作成するように、との依頼を受けた。こうして作成したのが、新聞等にも大々的に報道され、また数々の物議を醸した「座長試案」である。その作成に際しては大きな困難が存在したのであるが、それはここでは省略する。いずれにしてもしかし、集中審議においては、この藤田案は、冒頭に説明はしたものの、それを始めから逐一検討して行く、といった形での叩き台としては扱っていない。それは、限られた時間内で、そのような方法の審議を行っていると、とても一定の結論に到達する見通しが立たない、ということと、他方、各委員からも具体的な編成案が提案されており、その相互間には、重要な論点を巡り、様々の違いもあることから、座長として、私自身、ひとまずは座長試案に囚われず、こういった論点についての議論をまず整理し合意点を見出してて行くことが、何よりも必要である、と考えたからである。こういった各委員間の意見の違いは、何よりもまず、機能論において、どの機能とどの機能とを合わせて一つの省を作るか、ということ、また組織論において、独立の省とするのか、それとも外局たる、庁ないし委員会にするのか、といった点において存在した。こういった相違点を整理し、合意形成を目指して、ようやく辿り着いた結果が、中間報告の「一府12省」案である。しかし、その詳細をここで説明している時間的余裕は、もはやない。
 中間報告はあくまでも中間報告であるが、あれだけの人間があれだけの時間真剣に議論した結果ようやくまとまったものであるから、少なくともその基本的な部分は動かすべきではない。しかし、最終報告に向けて、全く修正の余地がないものとは、私自身は考えていないし、中間報告作成時の各委員の了解もそうであったと言ってよい。ただ、それでは何が「基本的な部分」か、ということについては、必ずしも明確な確認があったわけではなく、現在では「一府12省」という数字が、そのような基本的枠であるとして、歩き始めているようである。正直言って、私自身は、このような現状には、むしろ、政治的な背景ないし動機が大きく影響しているのであって、必ずしも、行政改革会議の行った議論そのものから理論必然的に導き出される唯一の結果がこうであるとは言えないように思っているが、しかし、冒頭に述べた、行政改革会議のもともと半分政治的な性格からするならば、これもまた、一つの必然なのかもしれない。

八 今、行政改革に思うこと

 今回の講演の依頼を受けるに当たって、「都の行政改革を考えるに当たって付言すべきこと」があれば、是非一言、との依頼を受けた。しかし、私は、東京都の住民であることをやめて既に31年となり、その行政の実状を十分には承知していないし、また、国の行政と都の行政とでは、自ずから違いもあるであろうから、国の行政改革にいささか携わったからと言って、都のそれに対し何事かを助言できる資格があるとは、とうてい思えない。ただ、それでは余りにも愛想が無いので、10ヶ月の行政改革会議での経験を踏まえて、今行政改革につき一般的に思うことを披瀝することにより、本日のお話の結びに代えさせて頂くこととしたい。
 今つくづくと思うことは、月並みではあるが、行政改革とは本当に難しい作業である、ということである。そして、その難しさとは、何よりも、「或いは切るべきではないかもしれない部署をも切らなければならない」という所にある。およそ組織ないし制度というものは、存在している以上、必ず何等かの存在意義はあり、その必要性についての説明は付くものである。そしてそうである以上また、その組織ないし制度の周辺に生活している人達は、多く、現状に満足しており、このように上手く行っている現状を何故変える必要があるのか、ということに、真剣な疑問を抱いている、といったケースが少なくない。しかし、少なくとも国のレヴェルにおいて、今本当に必要な行政改革というのは、このように、いわば自己完結的に関係者が満足しているミクロの世界を壊してでも、マクロの見地から、世直しをしなければならない、ということなのである。例えば、デパートでの過剰包装につき、買い手の方は、綺麗で豪華であることに満足し、売り手の側もまた、それで売り上げが増えることによって満足しているからといって、そのままでよいというわけには行かない。それは、こういった当事者間のみの満足では済まない、資源保護・環境保護、といった、より大きな要請があるからである。今回の橋本行革では、このマクロの要請とは、国家行政が国民生活に様々な形で介入し、また国民の側でもこれに頼り切る、といった、過去のパターンを精算し、少子高齢化社会、そして、グローバル化した社会を迎える21世紀において、充分にやって行ける、足腰の強い国家・社会の建設を目指す、ということであった。
 しかしもとより、いわゆる行政改革には、様々のレヴェルのものがある。例えば、本当に腐敗し切った部分のみを摘出することを目的とする行政改革もあれば、また、上記の意味でのミクロの世界の内部で、いささかでもサーヴィスの効率が上がることを狙った行政改革というものもあるであろう。重要なことは、今行政改革の名の下に何を目的とするのかを、これを推進しようとする者において自覚し、またそれなりの覚悟を決めると共に、この点を曖昧にせずに、国民ないし市民に訴え掛けることである。そしてそれは、何よりも、国民・市民をリードする、政治家の責任であるというべきであろう。 

   

fujita@law.tohoku.ac.jp
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