国立大学独立行政法人化について

新設国立大学歯学部同窓会連絡協議会における講演
（２００１年７月１５日）　　　　　　　　　　　

藤　田　宙　靖　　　　

一　はじめに

　本日は、標記のテーマで講演をするようにとの伊藤先生からの御依頼で、一応お引き受けしたのではあるが、実は、どういったことをお話ししたらよいものか、若干とまどっている。この問題について、私は丁度二年程前に、法律専門誌「ジュリスト」誌上に、「国立大学と独立行政法人制度」と題する一文を書いた（ジュリスト１１５６号１０９頁以下）が、この論文が、予想した以上の反響を呼ぶところとなり、当時、多くの大学・研究所等から、講演依頼を受けるところとなった。そういった依頼の多くは、あの論文が、その性質上すぐれて法律学的なものであって、法律論的には正確であるかもしれないが、法律家でない者にはやや難しく、従って、もう少し素人向けに判り易い話をして欲しい、という趣旨のものであった。実は、今回の伊藤先生の御依頼もまさにこういうものである。ところが、私としては、あの論文は、勿論差し当たっては法律家（それも私と専門を同じくする行政法学者）向けであるにしても、きちんと読んでいただけるならば、全ての大学人の方に、少なくとも問題の根本は理解していただける筈だ、というつもりで書いたものであったから、これを更に分かり易く話せというのは、かなり難しい注文である。ただ、その当時は、おそらくそういった御依頼の趣旨は、多くの大学人が、これまで殆ど考えても来なかった問題を突然眼の前に突きつけられて、今後正面からそれを考えて行こうという場合に、具体的に、何についてどのように考えて行けばよいかについて、ジュリスト論文を越えた更なる手掛かりが欲しい、ということであったように思われた。また、私は、橋本内閣時代の行政改革会議以来、独立行政法人という制度の導入に、その始めから関わってきた一人であることから、一般の大学人に比べると、この問題に関して、当時それなりに多くの情報を持っていたことは確かであった。そこで、そういう立場からして、他の方にはできない何らかのことはできるかもしれないと思い、専ら大学人の皆さんに客観的な情報を提供するということを目的として、様々の機会にお話をしてきたし、その内容を私のホームページで紹介したりもしてきた。

　しかし、それから二年経って、この問題をめぐる状況は、当時とはかなり変わってきた（進展して来ている）ということができる。まず、文部科学省（当時の文部省）は、当時既に国立大学を独立行政法人化する方針に転換することを明らかにしていたが、当初、独立行政法人化に賛成という姿勢は、少なくとも正面からは絶対見せようとしなかった国立大学協会も、その間内部的検討を進めた結果、今では、少なくとも何らかの形での法人化には応ずる姿勢を見せるようになっている（参照、平成１３年５月２１日国立大学協会設置形態検討特別委員会「国立大学法人化についての基本的考え方」）。こういった意味では、国立大学の法人化の問題に関しては、現在むしろ、国大協の委員として直接にこの問題にタッチして居られる阿部総長、馬渡副総長そして北村事務局長の方が、私などよりも遙かに詳しい情報を持って居られると言って良い。従って、現在の段階で、私自身がこの問題について、こういった席で何をお話ししたらよいのか、また、その意味がどこにあるのかということについては、今一つ定かでないものがあるのである。

　ただ、ここ一ヶ月程の間に、国立大学の独立行政法人化という問題をめぐり、その背景に、更に大きな変動が起こりつつあるのではないか、という感じがし、そういった中で、国立大学の独立行政法人化ということは、どういう意味を持ち得るのかということを、改めて考えてみることには、意義があるかもしれないと思うようになった。それはいうまでもなく、マスコミで報道されている、小泉内閣によって当初述べられた、民営化の対象として国立大学をも正面から検討の対象として取り上げる、という方針であり、また、これを受けて遠山文部科学大臣が政府の経済財政諮問会議で表明し、またその後全国の国立大学長に対して説明した、「国立大学の再編・統合を大胆に進める」、「国立大学に民間的発想の経営手法の導入する」「大学に第三者評価による競争原理を導入する」という三つの方針である（平成１３年６月１４日「平成１３年度国立大学学長会議における文部科学省大臣挨拶」）。更に、これは直接国立大学問題に直結することではないが、政府の特殊法人の見直し方針の一つとして、事業が採算割れとなっているかどうかを、廃止するか否かを検討する際の基準とする、ということが、正面から挙げられるところとなった、ということである。但し、お断りしておかなければならないのは、今のところ、これらは概ね新聞等のマスコミ報道による間接的な情報であって、必ずしも私自身が、直接政府機関や文部科学省に確かめた情報ではないということである。私個人についていえば、二年前とは異なり、現在では国の行政改革の最前線からは退いており、専ら、一連の行政改革の結果として新たに導入された、国の情報公開審査委員会とか、国地方係争処理委員会といった制度の現実の運営に携わっているこの頃であって、その意味では、国立大学独立行政法人化の問題に関し私の持っている情報が、他の大学人に比して、特に正確である、という保障はもはやない。そこで、これからお話しすることは、全て、私が間接的に得ている右に見たような情報が仮に真実であるとしたら、という条件付きのものであることを、はっきりとお断りしておきたい。

二　独立行政法人制度とは何か　……　国立大学の「民営化」ということと、「独立行政法人化」との違い

　以上のような観点から、以下、標題について、お話をすることになるが、その際、問題が右に見たようなところにあるとすれば、やはり、「民営化」ということと「独立行政法人化」ということとの違いはどこにあるか、ということの再確認から始めるのが適切ではないかと思われる。

（１）そして、この点については、まずは、かつてジュリストに書いたところを、再度確認しておきたい。すなわち、独立行政法人という制度は、例えば国鉄とか電電公社とかが民営化されてJRやNTTとなったケースのように、独立採算制を導入するものではなく、この意味において「民営化」とははっきりと異なるということである（ジュリスト論文１１１－１１２頁）。このことは、独立行政法人通則法の上でも、第２条１項において、「この法律において「独立行政法人」とは、国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体に委ねた場合は必ずしも実施されないおそれがあるもの……を効率的かつ効果的に行わせることを目的として、……設立される法人をいう。」として明示されている。更に、同法４６条では「財源措置」として、「政府は、予算の範囲内において、独立行政法人に対し、その業務の財源に充てるために必要な金額の全部または一部に相当する金額を交付することができる。」とされている。ここでは「できる」とだけ書いてあるので、一見「しなくても良い」という意味にも取れそうであるが、それはそうではない。この「できる」という表現は、およそ政府が、他の法人に対して金を出すということは、勝手にはできないのであって、法律がこれを許している場合にしかできない、という原則を前提としていればこその表現なのであって、独立行政法人に対して政府が金を出さないということは、許されないのである。このことは、独立行政法人通則法の基盤となっている中央省庁等改革基本法では、はっきりと、「国は、独立行政法人に対し、運営費の交付その他の所要の財源措置を行うものとすること」として（同法３８条４項）明確にされている。つまり、独立行政法人というのは、ある事業が国の直営として行われることによって、法律上（行政組織法上、或いは財政法・会計法上）様々な拘束を受け、自由闊達な運営ができない、という弊害を無くそう、そのためには、独立の法人格を与える（つまり、国の行政組織の外に出す）ことによって、こういった（国であるが故に受ける様々の）束縛から解放しよう、ということと同時に、他方で、民営化した結果採算が取れなくて、事業廃止ということになってしまったのでは困るから、財政的な基盤だけは国がしっかりと保障しよう、ということを狙った制度なのである。

　従って例えば、「国立大学が独立行政法人化されれば、地方国立大学の中には倒産するものが出てくるのではないか」、といった疑念が述べられることがあるが、右に述べたような意味において、独立行政法人には、そもそも「倒産」ということはあり得ない。また、「赤字経営が続くと廃止されてしまうのではないか」という懸念については、そもそも「独立採算制をとったのでは確実に実施されることが期待できない」事業であるが故に独立行政法人としているのであるから、「赤字が続く」ということ自体が、当然に廃止の理由となるものではない。問題は「赤字経営」であるかどうかということ自体にあるのではなく、当該の事業が、依然として、「国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施する必要」のあるものであるかどうかということこそが、決定的に重要なのである。もとよりこういった見地からするならば、例えば、高等教育機関としてその地域に当該大学が存在すること自体にもはや実質的な意味が無くなったが故に、学生数も減り、その累積が大幅な財政赤字となっている、といったケースにおいては、赤字が、必要性を判断するための一つの指標として、当該大学の廃止へ向けて働くことになる、ということはあり得ないではないであろう。しかし、先にも述べたように、問題はあくまでも、「大学」としての存在意義を明確にアピールできるか否かにこそ掛かるのであって、「赤字」の問題は、あくまでも、間接的なものでしかない。むしろ、逆に、余りにも黒字経営に囚われるあまり、商売上手で金が溜まり過ぎるといったことがあるならば、今度は、「民間の主体に委ねた場合には必ずしも実施されないおそれがある」という要件をクリアーしないものとして、独立行政法人としての特権を失い、民営化の道を辿らされるということすら、あり得ないではないのである。例えば、経営赤字を怖れるあまりに、ともかくも多数の学生を入学させることを第一義とし、徹底的にレジャーランド化した大学経営が行われるようなことになったとしたならば、それが、事業としては如何に大当たりしたとしても、それを民営化せず、依然として独立行政法人として国の財政支出を続けるということの意味は、甚だ疑わしいものと評価されることになるであろう。

（２）ところが、このように、「公共上の見地から確実に実施されることが必要」であるが故に、国が金を出すのだ、ということになると、他方では、当然のことながら、「事業が適正に行われるかどうか」また「支出された公金が適正に利用されているかどうか」について、国はそれなりの責任を負わなければならない、という理屈が出て来ることになる。そして、こういった理屈を制度化しているのが、例えば、独立行政法人が定める「中期目標」（通則法２９条）を始めとするいくつかの監督手段なのであり、また、独立行政法人の業務の実績を評価する「評価委員会」の制度（通則法１２条）なのである。そして、こういった制度の基本構造については、それはそれなりの理屈が通っているのであって、従って、およそ独立行政法人一般についての通則法を定めようとする以上、ほぼこういったものにならざるを得ないであろう、ということは、否定することができない。問題は、こういったシステムを、大学における研究・教育という事業にそのまま当てはめることができるかどうかである。

三　大学の場合の特殊性

　大学における研究・教育事業の場合の特殊性は、いうまでもなく、いわゆる「学問の自由」そしてそこから導かれる「大学の自治」というところにある。そしてこのこと自体は、少なくとも一般的には、従来誰でもが承認してきたところであって、そこから、国立大学については、国家行政組織の一部を成すもの（文部科学省におかれた「施設等機関」の一種）でありながら、従来から、その実施については、通常の行政事務とは違って、一定の自由が認められてきた（ジュリスト論文１１７頁を参照）。ところで、独立行政法人という制度は、右に見たように、もともと、このような自由がおよそ無かった行政事務の一部について、独立性を与えることによって業務運営の自由を与えようということを目的としたものなのであるから、始めからこのような自由を与えられている大学などの場合は、その限りにおいて、本来そのターゲットからは、外れたものである筈なのである。むしろ大学の場合、例えば、主務大臣（文部科学大臣）が与える業務達成についての「中期目標」によって、その研究・教育の在り方が縛られ、主務省（文部科学省）に置かれる評価委員会によってその達成度についての評価が行われる、ということになれば、新たに自由が得られるどころか、却って拘束が厳しくなり、これまで一般に認められてきた学問の自由・大学の自治までが削られることになるのではないか、という恐れすら出て来ることになる。国立大学の独立行政法人化ということに対する反対論の何よりも大きな、そして、最大公約数とでもいうべき論拠は、ここのところにあるわけである。こうしたことから、これまでに、大学人の中からは、①そもそも国立大学の独立行政法人化ということなど、およそ考えるべきではない（現状の国の直営方式を維持すべきである）という考え方、②何らかの形での法人化を考えるとしても、現行の独立行政法人通則法が定めている「独立行政法人」という類型からは全く独立の、いわば「大学法人」とでもいうべき特殊の形態を考えるべきである、という考え方、③「独立行政法人」という枠は前提とするが、大学の業務にふさわしい形のものにするべく（いわば「独立行政法人国立大学特例法」とでもいうべき）現行の通則法の特例法を作るべきであるという考え方　④現行の通則法の下でも、その運用によって弊害は排除できる、という考え方、等々が分かれている。極めて雑駁な見方ではあるが、私が受ける感じでは、①は、国大協の中に、地方大学を中心として根強く存在し、②は、国大協の特別委員会（別添資料参照）が採った考え方であり、③は、文部科学省が採る考え方であり、④は、政府与党の中に、少なくともその一部で根強く存在する考え方である、と言って良いのではないか、と思われる。そして、その他に更に、政界・財界の一部を含め、世間には、⑤国立大学を民営化せよ、という考え方も、根強くあることを、看過してはなるまい。こういった状況の中で、現実に、どのような解決が最も合理的であるのか、を考えなければならないわけであるが、以下では、問題を考える際に頭に入れておかなければならないと思われることを、私なりに整理してみたい。

四　国立大学の独立行政法人化へ向けての様々の圧力

　国立大学に対しては、今日、独立行政法人化へ向けての強力な圧力が、様々の形で掛かって来ている。その一つは、いうまでもなく、国の行政のスリム化・効率化、といったことからする、政治的な圧力であるが、国立大学関係者がしばしば見落としがちなのは、より理論的な見地からする圧力である。つまりそれは、「何故、大学は現在のような国の直営方式（国家行政組織法にいう施設等機関……付属機関）でなければならないのか？」という疑問であって、単に一部の政治家が問題にしているというだけでなく、世間にも広く存在する素朴な感覚である。この疑問は、世界的にみても、また国内を見ても、国からは独立の法人格を持った、例えば私立の大学が、立派に教育・研究の成果を挙げているではないか、という認識に裏付けられている。むしろ独立行政法人になれば、国の組織の一部であることからする様々の縛りから解放されるのであって、かえって大学にとっては有利な筈ではないか、独立行政法人化に反対するのは、むしろ自己の支配権を現在のままに維持したい文部省の官僚だけである筈ではないか、というのが、例えば、かつての行政改革会議における積極論者の典型的な議論の一つであった。

　こういった論理に対して、国立大学側から出し得る反論というのは、基本的に言えば恐らく、次のような理屈である。

　第一に、国の直営を離れ、独立採算制を採ることになると、財政的基盤が甚だ不安定となり、営利主義に走らざるを得ないこととなって、例えば長期的な見地に立った基礎的研究教育が行えなくなる。

　第二に、大学の管理運営については、現在でも、大学に相当程度の独立性が認められているのであって、敢えて独立の法人格を持つ必要はない。

　第三に、国の直営を離れ、職員が国家公務員の身分を失うと、公務員としての身分保障がなくなり、安定した教育研究ができなくなる。

　しかし、これらの理屈は、次のような理由からして、必ずしも、先の疑問に対する説得力ある反論とはなり得ない。何よりもまず、これらの理屈は、結局のところ、およそ私立大学では、まともな研究教育は行えない、という考え方に繋がることになってしまうのであって、この考え方は、大方の私立大学関係者の神経を逆なですることになってしまい、共感を得られない。この点を別にしても、少なくとも、今回導入されることとなった独立行政法人という制度との関係では、次のような問題がある。すなわち、

　上記第一の点は、おそらく直営方式に固執する最大の理由であるが、先にも見たように、今回の独立行政法人通則法は、そもそも独立行政法人とは、その業務の性質上独立採算制を採るのが適当ではない業務をその対象とするのであり、従って毎年の予算措置が執られるものである、ということを明言しているのであって、上記のような反論だけでは、的外れな議論となってしまう。また、赤字経営になったからといって、そのことから当然に事業そのものが廃止されてしまう、というような制度ではないことは、先に明らかにしたとおりである。

　第二の点については、この議論だけでは、逆に、現在既に独立性に基づいて管理運営がなされているのであるならば、独立の法人格を持ったとしても、実質的に弊害は無いではないか、という逆反論をも招くことになってしまう。そして、先に見たように、現行の独立行政法人通則法にあるような形では、大学の場合、むしろ従前より独立性が狭められることになってしまう、というのであるならば、そこの部分をそうでないように修正しさえすれば良いではないか、それでも嫌だというのならば、それこそ民営化の途を選べば良いではないか、という理屈が出て来ることになる。

　第三の点については、仮に国家公務員でなければ安定した研究教育ができないという議論を前提するとしても、今回の独立行政法人は、公務員の身分を保持したままでの独立行政法人（法律のいう「特定独立行政法人」）の可能性を認めているのであって（通則法５１条。ジュリスト論文１２０頁）、この議論では、独立行政法人化それ自体に対する反論とはなり得ない。またそもそも、公務員の身分を持つことがそうでないことに比して、本当にそれほど有利かどうかということは、既に以前ジュリスト論文でも指摘したことであるが、更にそれに加えて、今日公務員制度そのものの大幅な改革が試みられていることに鑑みれば、再度詳細に検討すべき問題なのである。

　こういった意味で、国立大学の独立行政法人化という問題については、問題が登場してきた当初から、国立大学の独立行政法人化を進めようとする側が「何故独立行政法人でなければならないのか」という点についての立証責任を負っている、というような状況ではなく、独立行政法人化に反対する側が、「何故独立行政法人であってはならないのか」についての立証責任を負わされている、という状況であった。その後、国立大学協会においても、何らかの法人化を前提した議論をせざるを得ないことになったについては、こういった事情があったことを、十分に理解しなければならないと思われる。

　ところで、冒頭にも触れたように、国立大学をめぐる政治的状況は、ここに来て、二年前独立行政法人化問題が初めて登場してきた頃に比べて、より一層厳しいものとなってきている。それがどのようなものであるかということを、次に概観しておくこととしたい。

五　現下の問題

（１）国立大学の「民営化」問題の再登場

　第一に、先にも触れたように、小泉内閣になってから新たに持ち出された、国立大学の「民営化」ということについてである。

　　国立大学の民営化ということは、かつて、行政改革会議の席でも、議論としては登場したこともあった問題であるが、独立行政法人という制度を導入することによって、問題は、民営化の可否ではなく、独立行政法人化の可否という形で収まることとなった、という経緯がある。そして、政府は、平成１１年１１月に、「国立大学の独立行政法人化については…平成１５年度までに結論を得る」という決定をしたことは、周知の通りである（ジュリスト論文１０９頁参照）。従って、現下の問題は、取り敢えずは、平成１５年度までに、国立大学を独立行政法人化するか否かについての検討を終え結論を出す、ということであって、この問題をさしおいて、民営化の可否という問題が直ちに登場するような状況ではない。ただ問題は、平成１５年にこの問題に一度決着が付いた後の話である。

　まず、平成１５年に、独立行政法人化を進めるという結論が出た場合には、政府としては、一応その成り行きを見守ることになる筈であって、性急に民営化を進めようということにはならないものと思われる。ただ、絶対にそうはならないかというと、それは必ずしも保証の限りではないのであって、それは、例えば、行政改革会議においても散々にもめた郵政事業の民営化ということについて、結局は「公社化」ということになり、しかも、中央省庁等改革基本法では、「民営化等の見直しは行わないものとすること」とまで（３３条１項６号）書かれているにも拘わらず、小泉政権になってから、「公社化」後の更なる民営化ということが、正面から検討の対象とされることとなったことを見ればよい。では、仮に平成１５年度に出る結論が、大学側の強硬な反対によって、独立行政法人化をしない（現状維持）、というものとなった場合には、どうであろうか？この場合、大学側の反対の最も大きな論拠は、先に見たように、これまで無かったような主務大臣の監督手法の導入によって、大学の自治が侵される、ということになるであろうから、「それほど自由が欲しいというのならば、民営化せよ」という議論が、一気に正面に出て来ることが、かなりの確実性を持って予測される。先に触れた、６月１４日付の遠山文部科学大臣の「挨拶」は、まさにこういった危機感から、文部科学省が、政府の経済財政諮問会議において、国立大学民営化への動きに向けての牽制をしたものなのである。

　では、この遠山談話の中で述べられている、三点の改革については、どう理解すべきであろうか？このうち第二点と第三点については、独立行政法人化の是非をめぐって、既に問題とされているところであって、さほど新しい問題提起ではない。問題は、第一点の「国立大学の再編・統合を大胆に進める」という方針、しかも「最終的には当省の責任において具体的な計画を策定したい」という方針であって、これは、これまで文部科学省が取って来た方針、つまり、全国９９国立大学をそれぞれ独立した法人とする、という方針とは明らかに異なっている。この問題について、以下、若干の考察をしてみたい。

（２）国立大学の再編・統合問題

　この問題については、まず、地方国立大学と独立行政法人化という問題から考えて行く必要があると思われる。国立大学の独立行政法人化ということに対しては、例えば旧帝国大学のように規模の大きな大学は十分対応することができようが、地方国立大学の場合にはその力が無く、中には潰れるものも出てくるのではないか、といったことが、関係者の間で心配されている。こういった心配に関し、まず「倒産」のおそれ、ということについては、先に既に説明した。先にも説明したように、問題は「経営の黒字・赤字」ということそれ自体にあるのではなく、ことは専ら、高等教育機関としてその地域にその大学が存在することがどうしても必要であるということが、充分な説得力を以て説明できるかどうかに掛かることになる。ところが、この点については、実は、地方国立大学の場合、従来あまり触れられて来てはいないが看過することのできない、極めて重要な問題が存在している。そしてそれは、これまた現下の行政改革の重要な一環として進められている、地方分権推進との関係である。

　周知のように、国立大学の独立行政法人化の動きに対しては、地方国立大学の中から、独立行政法人化すると経営が困難となり、潰れるおそれがある、ということを前提として、「地域に密接した高等教育機関は是非とも必要である」ということを理由に、反対の声が挙がっている。また例えば、平成１２年５月１１日付の自民党政務調査会「提言　これからの国立大学の在り方について」では、「国立大学を「国立大学法人」に移行した後も、国土の均衡ある発展の観点から、地方の国立大学が地域の産業、文化の振興などに果たして来た役割を十分評価し、その維持強化を図るべきである」と述べられている（同８頁）。しかし、この理由付けには、少なくとも理論的には、論者の意図とは逆に、地方国立大学不要論に繋がることにもなりかねない面があるのである。それはつまり、「地域に密接した高等教育機関が是非とも必要」であるのならば、それは、公立大学のより一層の充足によって果たされるべきなのであって、それと並んで同一地域に国立大学が存在する必要性はない、という議論をも招き得るからである。

　平成７年に定められ、現在進行中の地方分権推進の基礎となっている地方分権推進法は、あるべき国と地方公共団体との役割分担につき、その第４条で、次のように定めている。

　　「地方分権の推進は、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務または全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、地方公共団体においては住民に身近な行政は住民に身近な地方公共団体において処理するとの観点から地域における行政の自主的かつ総合的な実施の役割を広く担うべきことを旨として、行われるものとする。」

　ところで、従前のように、地方国立大学が、文部省という国の行政組織の一部として、少なくとも建前の上では、国の統一的な高等教育政策を直接に担うものとして位置付けられていた限りにおいては、恐らくは、右の基準の中の「全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施」の一環として、その存在意義が根拠付けられることになろう。しかし今や、各国立大学が独立の法人として、その自主的な才覚によってそれぞれ固有の経営を行うこととなり、しかも、その存在意義が、地域に密接した高等教育ということに置かれることになるとすると、公立大学と比較した場合の使命・その必要性は、少なくともかなり不明確なものとなる。つまり、それがどうしても国の出費によって行われなければならない事務・事業である、ということの説明は、それだけ困難となるからである。

　尤もこのことは、仮に独立行政法人化せず、文部科学省の組織の一部として残ったとしても、基本的に同じことである。すなわち、仮に、旧帝国大学等、国立大学の一定の部分が独立行政法人化したとするならば、それはすなわち、国は、高等教育について、必ずしも「自ら主体となって直接に実施する必要」はないのだ、という認識が明らかになったことを意味する。そうした上で、それでは何故地域に密接した高等教育だけ自らが直接行わなければならないのか、ということは、極めて説明がし難くなる問題であることは、明らかであろう。（例えば京都大学の佐和隆光教授は、国立大学の独立行政法人化に対して反対の意見を述べておられるが、その理由として説明されるところは、「今回の独立行政法人化の企みは、地方国立大学を潰そうとする目的を持つものであるから反対なのであって、地方国立大学が地域に貢献してきた実績と重要性に鑑みるならば、国はむしろ、充分な財政的裏付けをした上で、これらの大学を地方に移譲すべきだ」ということなのである（私も同席したある会議での発言））。

　こうして、地方国立大学の場合には、今日、独立行政法人化もさることながら、地方移譲の可能性、という問題が存在する。先に見た遠山談話の第三点は、一つには明らかに、大学運営の効率化ということであるが、しかし他方で同時に、まさにこの問題に対して、文部科学省が牽制をしたものと理解することができよう。つまり、それは、再編・統合を進めることにより、特殊地域的な業務としての性格を薄め、地方への移譲を避ける、という狙いである。

六　現下においてなすべきこと

　以上見たように、私には、国立大学の独立行政法人化の是非をめぐる問題は、二年前とは若干様相を異にし、実質上、「従来通りの国の直営方式かそれとも独立の法人化か」という選択肢の問題から、むしろ、「独立行政法人化かそれとも民営化か」という選択肢に変わって来ているように思われる。その場合、大学人にとっての問題の困難さは、いうまでもなく、先にも触れたように、大学の独立性・自律性を強調すればするほど、「それならば民営化しろ」という方向の議論を招き、他方で、国の財政的支援の必要を強調すればするほど、「それならば、それなりの国の監督に服すべし」という議論を招くことになる、という二律背反である。しかも、「自由も金も」という、いわば大学人にとって最も望ましい要求が、そのままの形で国民に直ちに納得してもらえるような政治的状況ではもはやない。実は、国立大学がおよそ一切の法人化に反対という頑なな立場をとり続けていたならば、むしろ民営化への政治的圧力を招くことになるおそれがある、ということは、既に二年前から私が、折に触れ指摘してきたことであったし、また、いずれ、国公私立の別を越えた、大学の再編成が始まる可能性がある、ということについても、昨秋のある講演で触れたところであった。しかし、それが、国立大学独立行政法人化問題についての結論を出す期限として閣議決定で定められた平成１５年を待たずして、このように急激な形で正面に登場してくることになろうとは、私もまた真剣には考えてはいなかった。

　こういった中で、先に触れた、国立大学協会設置形態検討特別委員会の検討結果とりまとめ「国立大学法人化についての基本的考え方」（５月２１日付）は、恐らく、一つの、あり得るぎりぎりの現実的判断なのであろうと考える。例えば、そこでは、いわゆる「大学の自治」との関係からこれまで最も問題とされてきた、「中期目標」の定め方について、通則法では主務大臣が定め、当該独立行政法人に「指示する」ものとされているのに対して、「中期目標は大学が申請し、文部科学大臣が認可する。」（代替案：中期目標は、大学の申請を踏まえて、文部科学大臣が定める。）としている（同「II.目標・評価　５」）。５頁参照）。国立大学の業務に関し、文部科学大臣が定める中期目標については、私自身は、本来ならば、学問の研究・教育の在り方に関する事項はその対象から外す制度とすべきものであると考えているが（参照、ジュリスト論文１２０頁参照）、この「とりまとめ」では、定められる目標の内容そのものを正面から制限するのではなく、目標設定に際して大学側に手続的参加の機会を保障することをを以て、こういった問題に対処しようとしている。これは、二年前に既に、旧文部省が明らかにしていた考え方と同様であって、例えば過日、朝日新聞が、この点を捉えて、大学側の弱腰を批判していたところでもある。当時、私に対して、文部省関係者及び中央省庁等改革推進本部事務局幹部が説明していたのは、「大学に学問・教育の自由が保障されるべきことは、誰でもが承知している」が、「中期目標の内容的制限ということを正面から書くことは、政治的反発を招き易く、却って逆効果になりかねない」ということであった。つまり、正面からは、手続的保障を制度化するに止め、内容については、実際の運用において充分に適正なものを確保することを図ればよいし、またそれが現実的である、というのである。理論的には、勿論そういったことも言えるのであって、問題は、現実がどのように推移して行くか、ということなのであるが、この辺の判断は、甚だ困難で微妙なものがあり、ぎりぎりの判断を迫られることになる。

　こういった現下の状況の下、この問題については、私は、仮にどのような法律の定め方になったとしても（例えば、万一、通則法通りの独立行政法人とされることになったとしても）、国が大学の管理運営に介入できる範囲には、事の本質上（或いは憲法上）当然に一定の限界があるのであって、そういった意味で、中期目標の内容として定め得ることと定め得ないことがあることには変わりがない、と考えている。従って、今何よりも必要なことは、その限界を具体的にどのように引くかの理論的な作業を、真剣に始めることではないか、と考える。

八　終わりに

　以上、国立大学の独立行政法人化問題に関して、私が現在考えていることを、率直にお話しさせて頂いた。始めにお断りしたように、以上お話ししたことが、本日お招き頂いた趣旨に本当に合った内容のものであったのかどうか、私自身は、必ずしも自信がない。むしろ、講演をお引き受けする際に、具体的にどのような点についての話をお聞きになりたいのか、質問票のようなものを頂いた方が良かったのではないか、とも考えている。いずれにせよ、国立大学の独立行政法人化という問題については、私は、本日お配りした資料の外に、折に触れて、講演をしており、その内容は、私のホームページに掲載されている。御関心をお持ちの向きは、参照願いたい。　

fujita@law.tohoku.ac.jp
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