国の行政改革との関連から … 分権改革のネキストステップ

藤 田 宙 靖          

(平成13年11月25日 札幌) 
(第一回地方自治学会シンポジウム)



始めに


 このシンポジウムで主催者から私に与えられた報告テーマは、標記の通りであるが、これは、私が、第二次橋本内閣の下、行政改革会議の委員として中央省庁等の改革を中核とする国の行政改革案の策定に携わったことに由来するものと思われる。周知のように、ここ十年来進められてきた国の行政改革のための作業としては、中央省庁等再編の他にも、行政手続法や情報公開法の制定等、極めて重要なものがあり、また、現に重要な機能を果たしているのであるが、今回は、プレゼンテーションのために与えられた時間がごく限られていることに加え、上記のような背景からして、ここでいう国の行政改革とは、専ら、中央省庁等改革基本法に示されている中央省庁の再編を中心とした一連の改革のことであると理解し、その意味で対象を絞って考えることとしたい。

 なお、このように対象を絞ったとしても、問題を例えば「国の行政改革が今後の地方行政のあり方一般に及ぼす影響」というような見地から取り上げるとすれば、いくつかの異なった論点があり得るように思われる。しかし、このシンポジウムは、地方分権推進のネキスト・ステップという見地から設定されているものであるから、ここでは専らそういった見地から、「国の行政改革との関連における分権改革」という問題の背景そして現状等について、与えられた時間の範囲内で若干のお話をしてみることとしたい。すなわちそれは、中央省庁等改革の前提とされていた「国の行政組織及び事務の減量と地方分権の推進」という問題である。

 お手元に配布されてある「研究会要綱」9頁に掲載されている私の報告レジュメは、本年7月に、今回何をお話しすべきか未だ最終的に決まっていない段階で、事務局に要請され提出したものであって、これからお話しすることと、内容的にさほどの違いがあるわけではないが、必ずしも、完全に一致するものではない。とりわけ、今申し上げたような事情から、同レジュメ中の「四 その他の論点」については、本日は、全く触れることはしないので、御了解をお願いしたい。


一 中央省庁等改革の理論的前提とされた地方分権


 周知のように、行政改革会議の最終報告並びにそれを忠実に法文化した中央省庁等改革基本法においては、地方分権の推進は、何よりもまず、民営化の推進と並ぶ「国の行政組織及び事務の減量」のための手段として、捉えられている。すなわち、基本法第四条の三号において、中央省庁等改革の基本方針の一つとして「国の規制の撤廃又は緩和を進め、国と民間とが分担すべき役割を見直し、及び国と地方公共団体との役割分担のあり方に即した地方分権を推進し、これに伴い国の事務及び事業のうち民間又は地方公共団体にゆだねることが可能なものはできる限りこれらにゆだねること等により、国の行政組織並びに事務及び事業を減量し、その運営を効率化するとともに、国が果たす役割を重点化すること」と定めているのがそれである。そしてそれを受けて更に、同法は、「国の行政組織の減量、効率化等」について定める第四章において、減量のための推進方針の中に、地方公共団体への事務・事業の移譲を謳う他(32条一号)、具体的に例えば、施設等機関等(43条)、公共事業等(46条)について、地方公共団体への委譲を指示しているのである。地方分権の問題を、このように、専ら国の行政の「減量」のための一手段としてしか考えていない、ということについては、そのことだけを切り離してみれば、或いは批判がなされるところかも知れないが、しかしこれは、当時進められつつあった国の全体としての行政改革作業の中で、特に「中央省庁等の改革」という課題を課せられた行政改革会議並びに基本法の側からすれば、やむを得ないことであった。

 行政改革会議においては、官邸機能の強化ということと並び、中央省庁を再編し、できれば、その数をほぼ半減する、ということが課題とされたのであるが、その再編案を考えるに際しては、省庁数削減の前提として、おのずから、行政の組織及び事務の減量が必要となるはずである、との明確な認識があった。同会議ではこれを、事務の間口(「事項」と言っても良いか)を狭める「水平的減量」と、奥行き(「機能」と言っても良いか)を狭める「垂直的減量」として概念的に整理し、前者については、主として民営化及び地方分権の推進によって、また後者については、それに加えるに更に独立行政法人制度の新設によって対処し、こうして後に残された、真に国が行わなければならない事務が明らかになってこそ、初めて、有意義な省庁再編も可能になるはずである、という構想を立てたのである。行政改革会議の最終報告及び中央省庁等改革基本法の定める改革の基本方針は、ほぼ、こういった構想に従って立てられている。

 ところが現実の省庁再編作業に際しては、必ずしもこの構想に従ってこれを進めることができなかった。それは、一つには時間的制約の問題、そして二つ目に、他の審議会との間での役割分担の問題があったからである。すなわち、国の行政改革については、行政改革会議が発足した当時、既に、行政改革委員会及び地方分権推進委員会が存在しており、先行して、それぞれに作業を進めていたのであるが、このような状況の下で、行政改革会議が想定した「水平的減量」の中、民営化の具体化は、行政改革委員会の作業に、また地方分権は、地方分権推進委員会の作業に、それぞれ期待する、ということに、理論的にもまた実際上も、ならざるを得なかった。ところが、これら両委員会とも、少なくとも行政改革会議が最終報告を出さなければならない時期までに、そういった具体化作業を行うところまでは行かなかったことは、周知の通りである。これを地方分権について見ると、地方分権推進委員会が第四次勧告までに行った具体的な作業は、(税財源問題を除くと)主として、機関委任事務の廃止、並びに、国の関与の制限、ということであり、それだけでは、行政改革会議が期待した、中央省庁数の削減の前提としての国の行政組織及び事務の大幅な減量ということには、必ずしも直接に繋がることとはならない。しかし、こういった減量無しに省庁数の半減を行えば、まさに、単なる看板の掛け替え、巨大省の誕生、といった批判に甘んじなければならないことになる。そこでやむを得ず行政改革会議が行ったことは、減量については、いささか強引に、ともかく再編後の局及び課の総数、そして公務員の定員、について、具体的な数値を以て、削減の方針を決めること、であったが、また、同時に、地方分権推進委員会に対して、橋本首相から、機関委任事務の廃止に止まらず、更に直轄事務の地方委譲を進めて欲しい旨の要請がなされるところとなったのであった。この要請が、結局、同委員会の第五次勧告、そして政府の第二次地方分権推進計画へと繋がることになるのであるが、これは現実には甚だ困難な作業であって、思うような具体的成果とはならなかったことは、ここで改めて触れるまでもない。


二 現下における減量問題と事務・事業の地方委譲


 さて、中央省庁等改革基本法が上記のような定めをしている以上、現下においてもまた、政府として、国の行政組織及び事務の減量・効率化のために事務・事業の地方委譲を進める責務を負っていることになる。このことはとりわけ例えば同法46条の定める「公共事業の見直し」について言えることであって、これはとりわけ「国土交通省」といういわゆる「巨大省」の誕生に伴い、当初から最大の課題とされてきたところであった。

 但し、この問題については、次のような困難な背景があることを、改めて確認しておく必要があろう。

 第一には、現実の問題として、委譲を受ける筈の地方公共団体の側に、むしろ抵抗が強いということである。例えば、道路を例に取ってみると、問題の一例として、現在国の直轄管理とされている国道(直轄国道 … 指定区間)について、これを地方公共団体管理(補助国道 … 指定区間外)とすることが検討の対象となるわけであるが、国土交通省では、平成11年7月の道路審議会答申「直轄管理区間の指定基準に関する答申」に基づき、平成12年度中には地方公共団体との調整に入ったものの、ヒアリングの結果、例えば、直轄国道から補助国道への移管要望のある路線は計約20キロメートルに止まるのに対して、逆に現在の補助国道から直轄国道への編入要望のある路線が、計約4700キロメートルに上る等、大きな抵抗を受け、現在殆ど作業はストップしている事態であるという(さる10月12日に地方分権改革推進会議の席に提出された国土交通省ヒアリング資料による)。まして、国道の都道府県道化ということについては、そもそも問題とすらされていない。河川についても、問題は若干異なるが、基本的には似たような状況である。こういった事態は、見ようによっては、国土交通省自体が分権化に消極的で、地方公共団体側の反対を口実に、改革をさぼっている、ということにもなろうが、むしろ、現実に、財源及び人的資源の不足ということから、公共事業についての事務移譲に対し、いわば総論賛成各論反対的な態度をとっている(或いは取らざるを得ない)地方公共団体の側にも、大きな問題がありそうである。

 第二に、ある意味では、こういった逼塞状況をもたらす背景を成しているとも言える、理論的な問題であって、そもそも何が国が行うべき事務(すなわち「全国的事務」)であり何が地方公共団体が行うべき事務(すなわち「地域的事務」)であるかということは、理論的に必ずしも、誰でもが納得するような明確な線を引けるような問題ではない、ということである。その詳細については、ここでは触れないが、私はこのことを、そもそもわが国の法制度の下では、ある地方公共団体の住民は同時にまた日本国民であり、ある地方公共団体の区域は同時にまた日本国の領土の一部を成しているのであるから、住民の身体財産に関わることはまた日本国民の身体財産に関わることなのであって、いわば身体の一部に怪我をすることは同時にまた身体そのものが怪我をしたとも言えるのと同様、住民の利害につき国もまたそもそも無縁ではあり得ず、問題は常に程度の問題なのだ、と言って来ている。

 例えば、地方分権推進委員会が自治事務と法定受託事務との線引き作業に際して、当初「事務(ないし事項)の再配分」という見地に立っていたのを、「機能の区別」という観点に変えざるを得なかったというのも、根本的にはここに由来しようし、また、「法定受託事務」の概念の定義が、地方分権推進委員会の当初の頭にあった「本来国の事務であるところのものの、地方公共団体への委託」という見地から、いわば「地方公共団体が行う事務のうち国が本来果たすべき役割に係るものであって、特別の関心を持つもの」という、その意味では「本来国の事務かそれとも地方の事務か」という見方からすれば相対的な現行地方自治法の規定振りに変わってきたことについても、実は、こういった事情が背景にあるのではないか、と考えている。

 第三に、「国の行政組織及び事務の減量」という見地からするならば、ある事務の帰属先が国か地方かということ自体は、さほど決定的な意味を持たない、ということである。これは、かつての機関委任事務のことを考えれば既に明らかであるが、あの場合にも、事務としては国の事務でありながら、実際にそれを行うのは地方公共団体の組織であるところに大きな問題があった。逆の場合も又同様であって、仮に直轄事務自体が地方に委譲されたとしても、補助金等をも含め、国の関与が広く及んでいる限りでは、それを行うための国の組織は依然として残るわけであって、組織及び事務の(少なくとも大幅な)減量ということに結び付かないことはいうまでもない。ここでは、同時に、国の関与の徹底的な削減が必要となるが、仮に直轄事務が地方公共団体に委譲されることになれば、それは多くの場合、法定受託事務となるものと思われ、その場合、国が関与を大幅に削減するかどうかは、必ずしも保証の限りではない。

 第四に、現下において、地方への事務委譲ということが、組織及び事務の減量のための手段として具体的にどれほどの意義を持つかということは、必ずしも明確ではない。

 もともと、行政改革会議における先のような構想、つまり、民営化及び地方分権を進めることによって、国の行政組織及び事務を減量する、という構想は、優れて理論的或いは観念的なものであって、どれだけの事務を地方委譲すればどれだけの組織の縮減が図れるか、ということについての、具体的なシミュレーション等を経たものではなかった。そういったことは、当時時間的にもまた能力的にも、およそ不可能であったからである。そのことは、地方分権ということが、減量のための動機付けとしては、現実に必ずしも強力には働かない、ということを意味する。むしろ、行政改革会議が、いわば苦し紛れに強引に設定した減量のための方針、すなわち、総局数を従前の128からほぼ90に押さえ込むという方針、課・室の総数を15%削減する(約1200から1000へ)という方針、そして、公務員の定員数を10年間で10%(その後この数値は、小渕内閣の下で、最終的に25%まで引き上げられた)削減する、とした方針の方が、現実には大きなインパクトを与えている、ということができるように思われる。例えば、国土交通省道路局の場合、この削減を受けて、旧建設省時代の「道路環境課」と「地方道課」とが合体して、「地方道・環境課」という一つの課となり、平成12年度の場合、定員も、従前の総計43名から35名へと減っている。

 尤も、定員の削減は、今後更に進むわけであるから、事務それ自体を減らさない限りは、既存の組織・人員に掛かる負担はますます大きなものとなってくる。このこと自体が地方への事務移譲への圧力となるのではないか、ということも、理論的には考えられるところであるが、先に見た地方公共団体側の事情の下では、この圧力の効果は、もしあるとすれば、むしろ、例えば事務の外部委託という方向へ向かいそうである(私自身の国土交通省河川局でのヒアリングによる)。


三 国の行政組織内部における「分権」との関係


 なお、国の事務の地方委譲という問題そのものではないが、今回の改革における、国の地方支分部局の権限増大、という点についても、触れておきたい。

 中央省庁等改革基本法は、先にも見た第四章の「国の行政組織等の減量、効率化等」の一環として、前述の「施設等機関等」についての改革、「公共事業の見直し」等と並び、「地方支分部局の整理及び合理化」について定めている(45条)。そこでは、従前の地方支分部局の統合・整理等と並び、同時に、「地方支分部局が関与する許可、認可、補助金等の交付の決定その他の処分に係る手続について、できる限り、当該処分に係る府省の長の権限を当該地方支分部局の長に委任し、これらの手続が当該地方支分部局において完結するようにすること」という規定を置いている(同条六号)。これは、こういった許認可事務について、まずは国全体としての事務の減量という見地から、規制を撤廃するか或いは地方公共団体に権限移譲した上で、なお国の事務として残ったものにつき、少なくとも中央省庁(霞ヶ関)の事務の減量という見地から、国の組織内での分権化を図ろうというものである。もとよりそこには、同時に、地方住民の便宜のため、という理由があるのであって、こういった意味において、この規定は、今回の改革の中で、地方分権の推進ということと共通する側面を持っていることを否定できない。これを例えば道路についてみると、省庁再編後の地方支分部局である地方整備局に対しては、従来権限を有していた直轄事業の実施・管理に関する事務に加え、都道府県道の路線認定の協議等、そして、補助事業関係事務が、新たに委任されるところとなった。このことに伴い、組織的にも、地方整備局内に新たに「地域道路課」等の、補助事業を担当する課が設けられることとなり、その定員は、本省の旧地方道課のそれを削って充てることとされたのである(国土交通省全体としての、本省から地方支分部局への権限委任に伴う定員の移動は、110人であるという)。

 このことにも示されているように、改革が国の行政組織内部に止まるものである限りは、その実現はむしろ比較的容易なのであって、政府の断固たる意思とイニシアテイブがあれば、甚だ困難に思える改革も、実現できないわけではない。例えば、今回の中央省庁の再編という事業は、出来上がった結果そのものについての評価は様々であるにせよ、こういったことを改めて実証した一つのケースと言えるのではないかと思われる。これに対して、憲法で地方自治が保障されている我が国の場合、地方公共団体を巻き込んだ国の行政改革と言うことは、これと同様には行かないものがある。地方公共団体そのものへの直轄事業・事務の大幅な委譲ということは、上記にも見たように、現実問題としては仮に不可能とは言わないまでも少なくとも極めて困難であるように思われるが(この問題は、恐らく税財源の委譲の問題が片づかない限りは、現実にデッドロックを越えることができまい)、国の行政組織内部での地方分権であるならば、比較的容易である、ということになった場合、今後後者をより進めることによって、全体としての地方分権を、少しでも進めることになるのか、或いはその逆なのか、といったことが問題になりそうである。ただ、この問題について解答を出す用意は、現在のところ私にはないので、本日はただ、問題の所在を示唆しておくに止めたい。


結び


 以上、主催者の意図に即したものとなったかどうか心許ないものがあるが、与えられたテーマについて、現状況で私に指摘できる事柄につき、与えられた時間の枠内で可能な限りにおいて披瀝させていただいた。お話しした内容が、本日のシンポジウムに何らかの寄与となるならば幸いである。


fujita@law.tohoku.ac.jp
ホームページへ