地方自治

国の変革と市町村の役割

藤　田　宙　靖　　　
平成１２年２月２２日
平成クラブ研修会講演

はじめに

　佐藤岩出山町長さんから、この席で、標題に掲げたようなテーマで講演をすることを御依頼されたのでありますが、大変申し訳ないことながら、私自身は、実は市町村とりわけ町村の行政の実際には、あまり詳しくなく、皆様方が、どのようなことについて話を聴きたいと考えておられるのかについて、確信が持てないものがございます。従って、今日のお話は、あるいは、ご期待に添えないものになるかも知れません。ただ推測致しますに、私にこのような御依頼があったのは、私がここ何年か、行政改革会議とか地方分権推進委員会に関係して、国の行政改革に携わって参りましたことから、そういった過程において、地方公共団体、とりわけ市町村については、どのような役割を期待され、どのような議論がなされてきたのか、ということについて、直接に話を聴きたい、ということであろうかと思われます。そこで、本日は、取り敢えず話の前半部分において、行政改革会議が行った中央省庁再編についての話を致し、それを受けて後半においては、地方分権推進とは一体どういうことか、ということについて、私なりの観点からのお話をしてみたいと思います。

一　国の行政改革　……　行政改革会議での作業を中心として

　１．行政改革の理念と目標　……　「この国のかたち」の再構築

　行政改革ということについては、我が国においても、従来、繰り返しその必要が指摘され、また実際に試みられてきたところであります。その中で、ここ十年来行われてきた行政改革について最も注目されるのは、それが単に、財政的な理由からする、赤字削減のための人減らしとか組織のスリム化といった、狭い意味での行政改革に止まるのではなくて、もっと大きな、我が国の国家と社会の全体のあり方を変革しようという動きの一環として、意識的に位置付けられ、また、現実に動いてきた、ということであると思います。例えば、昨年の通常国会で成立した情報公開法、更には、それに先立ち既に平成５年に成立している行政手続法といった諸法律は、これらもまた、今回の行政改革の動きの中の一環として生まれてきているわけですが、ご承知のように、これらの法律が対象としているのは、決して、スリム化といったような行政組織内部限りの問題であるわけではありません。そうではなくそこでは、行政過程の透明性の確保ということを目指して、国民に対する行政の接触のあり方一般が問題とされているわけです。そして、こういったことを踏まえて、平成９年の１２月に発表された行政改革会議の最終報告では、行政改革の理念と目標につき「従来日本の国民が達成した成果を踏まえつつ、より自由かつ公正な社会の形成を目指して「この国のかたち」の再構築を図る」と述べています。この「この国のかたち」という言葉自体は、司馬遼太郎さんの書物から借りてきたものですが、そこで意味されているのは、単に、行政組織のあり方、というに止まらず、立法・行政・司法等、国の全ての権力についての、組織・活動のあり方、そして、地方公共団体のあり方、更には、国民・住民の物の考え方等をも含め、要するに我が国のあり方を形作る全ての要素の、根本的な再構築、ということであります。このことについては、またあとでもう一度触れることとしたいと思います。

　勿論、行政改革会議が直接に取り上げたのは、こういった大きな課題の中でも、特に行政の改革、それも、中央省庁の再編といったことを中心としての改革ですから、問題の一面に触れたに過ぎないのですが、それでも、そういった改革が、単に行政改革に止まらず、他の様々の側面での改革をも含めた総合的な改革の一環として明確に位置付けられていることが、大事であると思います。なお、これは蛇足ですが、現在、こういった大きな流れの中で、行政改革に引き続き司法改革が現実のスケジュールとして検討の対象となっていることは、皆様のよくご存じの通りであります。

　２．国の行政改革の構造　……　三つの審議会（会議）

　さて、こういった改革が具体的に進められるに当たっては、ご承知のように、三つの審議会（会議）が、大きな役割を果たしました。すなわち、行政改革委員会、地方分権推進委員会、そして、行政改革会議であります。この三つは、それぞれその任務がオーヴァーラップしている部分もありますし、また、名前が良く似通った物もあるので（とりわけ、行政改革委員会と行政改革会議は、しばしば混同されます）、まず、それぞれの委員会が、どのような課題を課せられており、また実際どのようなことを行ったのかについて、振り返ってみておくことにしたいと思います。

　まず、「行政改革委員会」ですが、この委員会は、平成６年村山内閣の下で、法律（行政改革委員会設置法）に基づいて設置されたものでありまして、平成９年の１２月に、その役割を終え、既に解散いたしました。この委員会がその間行ったことは、とりわけ、規制緩和の推進、官民の活動領域の分担の見直し、そして、とりわけ、国の情報公開制度の確立、といったことであったと言って良いでしょう。ご承知のように、このうち情報公開制度については、昨年の通常国会で「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」（いわゆる「情報公開法」）が成立し、来年の４月１日から施行されることが既に決まっております。また、規制緩和等につきましては、政府の行政改革推進本部におかれた小委員会で、具体的な施策が様々に検討され、進められているところであります。

　次に「地方分権推進委員会」も、平成７年、同じく、村山内閣の時代に法律（地方分権推進法）に基づいて設置されたものでありまして、本年（平成１２年）の７月まで、存続することになっております。この委員会も、第五次勧告までを既に出しており、実質的な審議は殆ど終わっているのですが、現在では、勧告に基づき立てられた政府の地方分権推進計画が、計画通り現実に進められているかどうかについての、監視作業を行っている状況であります。第五次勧告までに出された成果としては、機関委任事務制度の廃止、必置規制の見直し、補助金制度の見直し、地方公共団体に対する国の関与制度のあり方についての見直し、等々が、特に注目されるものであると言って良いでしょう。

　整理してみると、この二つの委員会の行ったことは、とりわけ、国の役割の減少へ向けての改革、ということになりましょう。つまり、従来国がやってきたことの多くについて、民間にもっと多くの役割を持たせるようにしたり（行政改革委員会）、地方公共団体に多くの役割を持たせるようにする（地方分権推進委員会）といったことであります。こういった方向での動きは、第三番目の行政改革会議の作業の一部についても言えることで、それが、行政改革会議の最終報告が言っている、「垂直的減量」「アウトソーシング」といった問題であります。

　そこで「行政改革会議」ですが、この会議は、平成８年の１２月に発足して、一年間で精力的な検討を行い、平成９年１２月に最終報告を行った後、平成１０年の６月に解散いたしました。最終報告がなされた後、この報告の内容を忠実に実現するという目的から、中央省庁等改革基本法という法律が、平成１０年の通常国会で成立し、更にこの法律に基づいて改革を進めるために、政府に中央省庁等改革推進本部という組織が置かれました。この推進本部が、現在、新しい各省そして内閣府等の設置法その他関連法律の改正等につき、原案を作ったり、また、組織の減量の進め方についての方針等を作ったりしているわけです。そして、そのような作業がきちんと進められているかどうかを監視するために、同本部に顧問会議というものが置かれており、私は現在この顧問の一人となっております。

　行政改革会議もまた、法律上は、国家行政組織法で言っている審議会等の一種なのですが、先の二つの委員会とは、かなり性格の違うところがあります。まず第一に、行政改革会議は、特別の法律に基づいて設置されたものであるわけではなく、従ってまたその委員の任命についても、国会の両議員の承認を必要とする、といったものではありませんでした。専ら総理大臣が委員を任命し、また、会議の会長にも総理大臣自らがなる、というわけで、これが、総理直属の機関といわれたことの意味であります。このように、国会との関係で民主的正当性ということを見るならば、行政改革会議は法的にいって、先の二つの委員会よりは遙かに民主的正当性において劣る会議体だ、ということになります。そしてまた、先の二つの委員会は、政府ないし総理大臣からは組織的に独立していて、従って、その検討の結果は、総理大臣に対しての勧告という形のものに止まるのに対し、行政改革会議の方は、総理大臣自らが会長なのですから、そこで決まったことは、実質上直ちに総理ないし政府の方針となる、といった違いがあります。こういった意味で、法的な重みはともかく政治的な重みということからすれば、行政改革会議は、先の二つの委員会よりは、遙かに重要な意味を持った会議体であった、ということになるわけです。

　さて、行政改革会議が行ったことですが、その中心は、世間一般でも良く知られているとおり、一つは、中央省庁の再編であり、もう一つは、内閣機能の強化、ということでありました。この中央省庁の再編という作業は、橋本前総理の政治的公約であった「現省庁を大括りにしてその数を約半分にする」という目途の下に行われたわけですが、ただ、会議での議論の進め方としては、始めから数を半減するということが理論的な前提となっていたわけではありません。そうではなく、橋本前総理が、行政改革会議の検討課題として示されたのは、第一に、２１世紀における国家機能の在り方について検討する、第二に、その検討結果を踏まえて、中央省庁を再編する、ということでありました。これに、加えて、第三に、内閣機能（官邸機能）の強化策を検討する、という課題があったわけですが、この点については、本日は省略いたします。

　そこで、この、２１世紀における国家機能の在り方についての検討ということですが、これは要するに、２１世紀において、国が行うべき行政の内容は何なのか、従来通りで良いのか、という問題であります。こういった問題設定の背後には、当然、国の行うべき機能は、従来よりももっと減らされて然るべきではないか、という問題意識があるわけで、そして、そうであるならば、それを担当する省庁の数も、それに応じて減らされて良いはずではないか、という議論に繋がって行くことになるわけです。ところが、先に見たように、この、国の役割の減少ということについては、法律に基づいて設置されている先行の二つの審議会、つまり、民間との役割分担については行政改革委員会が、そして、地方公共団体との役割分担については地方分権推進委員会が、それぞれ既に検討を進めているところであるわけですから、これに行政改革会議が絡むことになると、問題の処理は極めて複雑なことになります。そこで行政改革会議としては、減量の問題を二つに分けて、国がどういった分野の事務をすべきか、という、いわば仕事の間口の問題（これを私は「水平的減量の問題」と名付けました）については、それぞれ先行二委員会の検討結果を踏まえることとし、これに対して、ある分野の事務であっても、そのプロセスのどこまでを国がやるべきか、という問題、つまり、仕事の奥行きの問題（これを行政改革会議では「垂直的減量」の問題と呼んでおります）については、行政改革会議独自の検討を進めよう、ということに致しました。その結果が、行政改革会議の最終報告に言っている「企画立案機能と実施機能の分離」ということでありまして、単純化して言えば、国の行政（中央省庁がやること）は企画立案機能に限定し、その実施については、広く、民間や地方公共団体、更には、新しく導入される制度としての独立行政法人の手に委ねる、という発想であります（ただこの場合、精確にいうと、国の行政の減量という際に、国という組織自体が行うべき事務の全体としての減量、という問題と、国という組織の中での中央省庁（霞ヶ関）の行うべき事務の減量という問題との二つがございます。民営化とか独立行政法人への移行、あるいは地方公共団体への事務委譲という問題は、前者の次元の問題ですが、これと並んで、行政改革会議の最終報告では、いわゆる「実施庁」の制度の導入とか、地方支分部局の裁量権限の拡大、といったことをも提言しており、これは、後者の次元での問題となるわけです）。

　さてところで、このように、行政改革会議としては、国の機能の「水平的減量」の問題については、先行する両委員会の検討結果を前提とする、ということにしたのですが、実際には、この問題は、そのようにスムーズには参りませんでした。何故かと言いますと、両委員会の現実の検討結果は、それを踏まえて中央省庁の再編のあり方を議論することの出来るような内容のものにはならなかったからであります。例えばこれを地方分権推進委員会の場合で見ますと、同委員会がその当時までに行っていたことは、主として、機関委任事務制度の廃止、ということでありました。ところでご承知のように、機関委任事務というのは、タイトルとしては国の事務でありながら、実際には、地方公共団体（法的には長等の執行機関）がこれを行っている事務のことであります。つまり、現実には、これを行っているのは国の機関ではないわけですから、この制度を廃止したとしても、いわば、名義が換わるだけで、現実に国の行政組織が不要になる、といったものではありません（私は、比喩的に、機関委任事務の廃止というのは、いわば、平成の農地改革だ、と言っております。つまり、現にその農地を耕している者に所有権をも与えよ、という改革だ、ということであって、実際にそこを耕すのが誰かということについては、改革後もなんら変わりはないわけです）。従って、行政改革会議の作業との関係で見れば、現に国の直轄として行われている事務の広範な地方委譲がなされることが期待されるわけですが、地方分権推進委員会は、少なくともその時点では、そういったことに踏み込むことはしておりませんでした。ことは、行政改革委員会の手掛けていた官民役割分担についても、同様であります。しかし、行政改革会議としては、設置から一年間で結果を出すことが義務付けられていましたので、理論的な前提条件が満たされるまで作業を休止するというわけにも参りません。そこでやむなく取った途は、先に、器の大きさの方を限定してしまおう、ということでありました。つまり、省庁の再編作業というのは、いわば家の建て替え作業のようなもので、建て替えに当たっては、どのような大きさの家を建て、間仕切りをどのようなものにするかを決めなければならないわけですが、この場合、本来ならば、どのような家財が必要かを先に決め、捨てるべき家財、残すべき家財を決めた上で、それを収納するに必要なだけの容積の家を建てるべきだ、ということになりましょう。しかし、長年使ってきた家財というのは、なかなか捨てられないもので、ならば、思い切って、一定の容積の家を先に建ててしまうならば、そこに入りきらない家財は、やむを得ず自ら捨てなければならなくなるだろう、ということであります。

　こうして、新しい家の容積を決めるために導入したのが、一つは、組織の縮小でありまして、例えば現在法定されている官房・局数のリミット１２８というのを、ほぼ９０に減らすこと、そしてもう一つは、現在の公務員数を、１０年間で１０パーセント減らす、という、定員削減計画でありました。この１０パーセントという数字は、その後、小渕内閣になって２０パーセントに嵩上げされ、更に自自合意で現在２５パーセントとされていることは、ご承知のところかと思います。この９０とか１０パーセントという数字自体は、別に確たる理論的根拠によって決められたものであるわけではなく、その意味では随分乱暴な数字であります。私などは学者でありますから、明確な理論的根拠も無いのにこのような具体的な数字を挙げることが出来るのか、と、かなり逡巡したのですが、経済界や政界から出ておられた委員の方々は、「こういった問題は理屈の問題ではないので、役人というのは、決めるまでは抵抗するが、一度決められてしまえば、それを実現するために一生懸命工夫するものだ」と言われまして、そういうものか、と、一種の社会勉強をしたわけであります。実際、現在までのところでは、こういった数字の実現に向けての努力は、かなり忠実になされてきているようであります。

　中央省庁再編の前提としての、あるべき国家機能の検討という問題については、以上見た「減量」の問題と並んで、更に、国家行政機能の目的別再編成、という問題があります。これはどういう問題かと言いますと、どういった省にどういった内容の行政をやらせるべきか、ということですが、こういったことが問題となった背景には、次のような問題意識がありました。つまり、従来の省庁は、それぞれが、特定の既存の利益グループと結びついていて、専らそういった特定利益を保護する役割を果たしており、本来の目的である国民全体の利益を達成すると言うことをやっていないのではないか、という疑念であります。例えば、大蔵省は金融業の、通産省は商工業の、農水省は農業・漁業等の、厚生省は医薬業の、そして労働省は労働界の、ぞれ代弁者に堕してしまっているのではないか、ということであります。これは、世間でも、例えば大蔵省の「護送船団」行政とか、産官癒着とかいう言葉で、批判がされているところでもあります。そこで、こういったことを改めるには、各省庁と既存の利益グループとの結びつきを断ち切って、本当に国民全体の利益となるような国家行政組織の陣容を構えなければならないのではないか、といった問題なのですが、この問題については、本日は、深入りしないことに致します。

　３．求められている「この国のかたち」とは何か

　さて、以上見ましたことを前提として、ここで、ここ十年来の国の行政改革を通じて求められてきた「この国のかたち」とは一体何か、ということを、取り敢えず整理しておきたいと思います。

　行政改革会議の最終報告は、その冒頭「行政改革の理念と目標」の部分で、第二次大戦後日本国憲法の下で、我が国の社会・経済が著しい発展を遂げ、歴史上殆ど例の無い程に輝かしい時代を迎えたことを指摘しつつも、次のような指摘をしております。やや長くなりますが、現在進行しつつある国の行政改革の全てのベースにある問題意識が、明確に示されているように思いますので、ここに引用をしてみたいと思います。

　「しかしながら、我々は真にかつての社会・経済的拘束から脱皮し得たのであろうか。深刻な挫折（第二次大戦における敗戦。藤田註）に端を発しつつも、近代史上、明治維新期に次いで、日本民族のエネルギーが白熱し、眩いばかりの光彩を放ったこの半世紀は、経済的繁栄というかけがえのない“資産”をもたらしたが、それとともに、４００兆円あるいは５００兆円ともいわれる膨大な財政赤字に象徴されるような巨大な負の遺産をも残し、我々にとって過ぎ去りし時代となろうとしている。長年にわたる効率的かつ模倣的な産業社会の追求の結果、この国は様々な国家規制や因習・慣行で覆われ、社会は著しく画一化・固定化されてしまっているように思える。我々は敗戦の廃墟の中から立ち上がり、経済的に豊かな社会を追求する過程で、知らず知らずに、実は新たな国家総動員体制を作り上げたのではなかったか。右肩上がりの経済成長が終焉し、社会の成熟化に伴い、国民の価値観が多様化する中で、かつて国民の勤労意欲を喚起し、社会に活力をもたらした同じシステムが、現在ではむしろ、もたれあいの構造を助長し、社会の閉塞感を強め、国民の創造意欲やチャレンジ精神を阻害する要因となりつつあるのではないか。

　日本の官僚制度や官民関係をも含めた国家・社会システムは、一定の目標を与えられてそれを効率的に実現するには極めて優れた側面を持っているものの、独創的な着想や新たな価値体系の創造、あるいは未曾有の事態への対応力という点では、決して第一級のものとは言い難い。最近日本の国家・社会を襲った様々の出来事は、我々にこのことを痛感せしめているのではないか。」（同報告３頁）

　このような反省の上に、更に同報告は、今回の行政改革の基本的理念について、次のように述べています。

　「上に述べたとおり、今回の行政改革の基本理念は、制度疲労のおびただしい戦後型行政システムを改め、自律的な個人を基礎としつつ、より自由かつ公正な社会を形成するにふさわしい２１世紀型行政システムへと転換することである、と要約できよう。

　その際、まず何よりも、国民の統治客体意識、行政への依存体質を背景に、行政が国民生活の様々な分野に過剰に介入していなかったかに、根本的反省を加える必要がある。徹底的な規制の撤廃と緩和を断行し、民間にゆだねるべきはゆだね、また、地方公共団体の行う地方自治への国の関与を減らさなければならない。「公共性の空間」は、決して中央の「官」の独占物ではないということを、改革の最も基本的な前提として再認識しなければならない。」（同報告４頁）

　つまりここでの問題意識は、我が国の戦後の短期間における大躍進に当たっては、あらゆる財の生産そして配分において、国の官僚というエリート集団が企画立案をしまた指導をし、また、国民の側でもそれに全幅の信頼を置きこれに頼る、というシステムが、極めて重要かつ有効な機能を有してきたのだけれども、今日、もはやこういったシステムは、激変する社会・経済環境の中で、却って国民の創造力や自由な発展の余地を奪い、阻害する要因となっているのではないか、そのことが、国家全体の勢いをも沈滞化させる結果となっているのではないか、ということであると言って良いでしょう。さてそれでは、こういった国の行政改革のあり方は、地方公共団体とりわけ市町村に、どのような役割を求めることになるでしょうか。これはすなわち、通常「地方分権の推進」の標語の下に語られていることなのですが、以下では、この「地方分権の推進」ということをめぐって生じる基本的な問題について、私なりの観点から、理論的な整理をしてみたいと思います。

二　「地方分権の推進」をめぐる基本的問題

　１．日本国憲法と地方自治

　いうまでもなく、「地方自治」という観念が制度上定着したのは、わが国の場合には、日本国憲法が施行されて初めてのことであります。明治憲法時代には、「地方制度」はあっても、「地方自治」は存在しませんでした。

　日本国憲法は、その第八章に、明治憲法にはなかった「地方自治」の章を設けて、いくつかの規定を置いております。もっとも、憲法自体が地方自治の詳細を規定することはできませんから、後にも触れますとおり、その具体的なあり方は、国会が法律で定めるところに委ねざるを得ないのですが（憲法９２条参照）、それでも、憲法自体が、そこでいう「地方自治」の根幹を形作る制度について、いくつかの重要な定めを置いています。とりわけ、「①地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する」「②地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と定める９３条、そして「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定める９４条、の規定が、こういった意味で注目されます。これらの規定が、それぞれ正確には何を定めているのか、ということについては、その間、問題がないではありませんでしたが（例えば、東京都の特別区はこれらの条項で言っている地方公共団体に当たるか否か、等）、しかしいずれにしても、都道府県・市町村等の普通地方公共団体については、基本的に、これらの団体自体が、その区域内における行政を（公権力の行使をも含めて広く）自らの事務として行う権能を有しまた責任を負っているのだ、ということについては、今日広く了解がなされていると言って良いでありましょう。

　また、憲法の規定を受けて定められた地方自治法（以下、条文は本年４月から施行される改正前のもの）では、地方公共団体に、国から独立した法人格を与えると共に、列挙された国の専権に属する事務を除き、広範な事務を地方公共団体の事務とし（同法２条）、しかもその際、市町村を基礎的な地方公共団体として、「広域にわたるもの」「統一的な処理を必要とするもの」等、例外的に都道府県の事務とされるもの（２条６項参照）を除いて、市町村が一般的にこれらの事務を処理するものとされている（２条４項）。憲法そして地方自治法のこれらの規定を見るならば、わが国の行政の基本的・原則的な担い手は市町村であり、それを補足するものとして都道府県があり、更に、性質上こういった地方公共団体では手の及び得ない事務を行うために、国が存在する、という構造になっている、と考えることが出来るでありましょう。そうだとしますとこれは、かなり徹底した地方分権の姿であります。こういった意味で、今日試みられている「地方分権の推進」とはすなわち、憲法そして地方自治法が既に明らかにしている地方自治の基本像を、現実に再度取り戻そうということに他ならない、ということであると言って良いでしょう。。

　２．「地方自治」の貫徹を妨げるもの（一）……　「地方自治の本旨」の曖昧さ

　では、憲法や地方自治法がもともと意図していた地方自治の実現を、現実に妨げてきたものは何でしょうか？この問題については、もちろん、様々の学問分野から、様々のことが指摘されるのですが、法律学の立場からは、次のようなことが言えるように思います。

　何よりもまず、先にも触れましたように、日本国憲法による地方自治の保障には、多くの「法律留保」が付せられていることであります。例えば「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定める」のであって（９２条）、何がわが国の地方自治であるかについては、国会が、広範にわたってこれを決定することが認められています。

　もっとも、そういった法律は、「地方自治の本旨」に基づくものでなければならないわけですが、しかし、この「地方自治の本旨」という憲法上の枠は、それ自体甚だ輪郭の不明確なものでありまして、具体的な問題の決定に際しては、依るべき基準として、必ずしも役に立たないことが多いのです。例えば、一国内の全行政活動について、何を国が担当し、何を地方公共団体が引き受けるのかという、事務配分の問題（つまり、いわゆる「団体自治」の範囲）を考えるとき、「地方自治の本旨」からは、どのような基準が出て来るでしょうか？恐らくは「全国的な意味を持つ事務は国が行い、地域的な意味を持つ事務は地方公共団体が行う」ということでありましょう。これをもう少し具体化すると、地方分権推進法がその４条で述べているように、国は「国際社会における国家としての存立に関わる事務」「全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務」又は「全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施」等を重点的に担い、地方公共団体は「住民に身近な行政は住民に身近な地方公共団体において処理するとの観点」から「地域における行政の自主的かつ総合的な実施の役割を広く担うべき」である、ということになります。しかし実は、ここまでは至極当たり前のことなのでありまして、ここに述べられていること自体に対して正面から反対する向きはそう多くはありません。実際の問題はむしろ、そこでいう「全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動」とは一体何か、「全国的な視点に立って行われなければならない施策及び事業」とは一体何か、の判断にあるのです。

　そこで、問題を困難なものとする第二の原因として挙げなければならないのが、国、地方公共団体（しかも、わが国の場合都道府県と市町村の二層制を採っています）が、その領域をダブらせているということ、つまり言葉を換えて言えば、我々は、地方公共団体の住民であると同時に日本国民であるという、その意味では二重（三重）の身分を持たされているということであります。これは、当たり前のことなのであって、何を今更そのようなことを問題とするのか、と思われるかもしれませんが、地方自治の範囲を定めるという作業に当たっては、理論的には実は、この点が決定的な意味を持つのであります。つまり、こういった二重性があるからこそ、地方公共団体において起こることは、国の見地から見れば、全て、国の一部において起こることとしての意味を持つのであるし、国の「一部」であるということは、すなわち「全部」との関係において「一部」であるのであるから、決して「全国的な視点」と無関係であるということにはならない、というわけです。これは、身体の「一部」について怪我をすることはまた身体そのものについて怪我をしたことでもあるのと同じことでありまして、こういった見方をするならば、「住民」の一人について起こることはまた同時に、「国民」の一人について起こることでもある、ということになるわけです。

　様々の行政分野において法律の企画立案に携わる霞ヶ関の官僚達から見れば、地方において起こることは全て、基本的にこのように見えます。そして、自分の職務に熱心であり、責任感の強い者ほど、問題をこのように見る傾向があるのであります。地方公共団体の職員が従事している事務の中、およそ４割（市町村の場合）から７割（都道府県の場合）までもが「機関委任事務」として国の事務であるとされてきたのは、まさにこういったことを背景としてでありました。また、今回の改革で機関委任事務という制度が廃止されるに当たり、出来るだけ多くの事務を「自治事務」としてではなく「法定受託事務」として残そうとして、各省が抵抗したのも、地方分権推進委員会における私の経験からすれば、結局のところその論理は、こういったところから来ていたと言って良いように思われます。

　３．地方自治の貫徹を阻むもの（二）　……　地方への不信

　従って、「地方自治の本旨」を、「全国的な事務は国へ、地域的な事務は地方へ」という観点のみで理解するのでは、現実に地方自治の貫徹を達成することには、必ずしも繋がらないわけです。言葉を換えて言うならば、「疑わしき場合は地方へ」という第二基準が伴っているのでなければ、この基準は有効に機能し得ない、ということになります。

　ところが、この第二基準を採用するについては、果たしてそれで大丈夫か、という心配が登場することになります。つまり、地方公共団体は、任せられた事務を、本当にきちんと処理できるのか、という問題であります。「放っておけば地方公共団体は、地元エゴから、他への影響を省みず好き勝手なことをし、財政的にも破綻を来たし、なすべきことをなさずまたなさざるべきことをなす虞がある、従って、仮に事務執行の権能と責任とは地方公共団体に与え、その事務の帰属主体は地方公共団体であることとするにしても、国の立場からして、それなりの監督ないし介入をしなければならない……」これが、霞ヶ関の、一貫した地方公共団体観であります。かくして、地方公共団体の財政は、地方税法・地方財政法等によって収入支出共に厳格な枠をはめられ、組織・施設のあり方についても様々の必置規制が行われることになります。また地方自治法自体の改正により、自治事務に対してすらも、様々の国の監督が認められることになるわけです。これは丁度、その行く末を心配するあまり子供の行動を様々に規制する教育ママの発想と同じである、と言って良いでしょう。

　ところで今日、この教育ママの問題については、子供の生活にあまりにも干渉し行動を規制し過ぎると、差し当たっての安全は確かに保たれるかも知れないけれども、将来大きく成長する芽を摘むことになる、という批判が強くなっていることは周知の通りであります。地方自治についても同様の議論がありまして、仮に、広く権限を委譲すると未熟な地方公共団体は失敗する虞があるという心配はあるにしても、それを理由に国が一々干渉するのではなく、自らの判断と責任で、試行錯誤のうちに、自ら事を処理する習慣を地方公共団体の身に着けさせることこそが、長い目で見るならば何よりも大事なのだ、という考え方があります。そしてそれは全くそうなのでありますけれども、ただ、この問題が親子の間の問題とやや違うのは、子供の場合には、失敗したとしても子供本人の問題であるに過ぎないのに対して、地方公共団体の場合には、行政が失敗すると、その結果は、事を行った議員や長、そしてその他の職員自身に対してだけでなく、直接には関与していなかった多くの住民に対して影響を及ぼす、ということであります。そして、先に見ましたように、理論的に言えば「住民」はすなわちまた「国民」なのでありますから、ここに、国が地方行政に対して介入するための理屈が生じることになるわけです。いわゆる「ナショナルミニマム」の確保といった理屈で施設整備に国が介入したり、数々の必置規制がなされたりするのは、まさにこういった問題だ、ということになりましょう。そこで、もしこの理屈を防ごうとするのならば、地方公共団体の利害は住民の利害と完全に一致している、ということが言えるのでなければならないでしょう。つまり、少なくとも、住民の立場からしても国の介入は不必要である、地方の行政はまさに住民の望むところを十二分に体現しているのだ、ということがはっきりと言えるのでなければならないわけです。それは、言葉を換えて言えばつまり、地方公共団体の意思形成に、住民の意思が十分に反映されているということ、いわゆる「住民自治」の確保だ、ということになります。

　ところで、住民自治を実現するために、憲法や地方自治法は、既に様々の制度的な工夫を凝らしています。例えば憲法自体が定める議会の議員や長の住民公選制、そして、地方自治法が定める、国の場合には無い数々の直接請求制度等がそれであります。ところが、こういった制度の主役となる住民が、国から完全に信頼されているかといえば、それは必ずしもそうではありません。例えば地方自治法は、条例の制定改廃請求権の対象から「地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するもの」を除いておりますし（同法７４条１項）、また、議会の解散請求、長の解職請求（リコール）等については、一度行うと、一定期間は再び行うことができないことが、法律上定められています（同法７９条、８４条、８８条１項等）。これらはいずれも、住民によるこれらの制度の濫用を警戒してのことですが、まさに、例えば地方税の減税を行う条例のように、ともかくも目先の負担を減らしてくれる条例ならば、多くの住民は、後先考えずに付和雷同的に賛成するだろう、とか、リコール制度なるものは、政争の道具として容易に悪用され易いであろう、といったことが、国の官僚によって推測されてしまっている（あるいは見抜かれてしまっている？）わけです。

三　地方分権の推進と二十一世紀の地方自治　……　結びに代えて

　日本国憲法がわが国に「地方自治」の導入を宣言してから五十余年になりますが、その間におけるわが国の地方自治制度の具体的な姿は、見ようによっては、以上見てきたような、地方ないし地方住民に対する国（霞ヶ関）の不信感の当否を巡ってのせめぎ合いであった、と言うことができるのではないかと思います。今、地方分権の推進の名の下に国家的事業として行われている制度改革は、先に見ましたような、国の行政改革をも受けて、「自己責任」の旗印の下、国（霞ヶ関）の地方への過剰な支配と関与を制限しようとするものであります。果たして、二十一世紀において、これまで地方や地方住民に対して抱かれてきた上に見たような不信感が、根拠の無いものであることが実証されるか否か、今後の地方自治制度のあり方は、まさにそこに掛かることになると言って良いでしょう。

　ご清聴どうも有り難うございました。

fujita@law.tohoku.ac.jp
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