東北大学助教授 渋谷 雅弘
「相続税・贈与税の現状と展望」

 日本の相続税収は、平成14年度予算において約1兆5300億円であり、国税収入の約3.1%を占める。また、相続税の課税対象となるのは、相続のうち5%強である。

 日本の相続税は、特殊な税額計算方法を採用している。まず、相続税の総額を計算する。これは、相続財産の価額と、法定相続人の種類及び人数により定まる。次に、相続税の総額を各相続人・受遺者らに課税価格に応じて配分する。各相続人等の相続税額は、場合により若干調整される。

 従って、若干の調整規定を考慮しなければ、相続税の総額の課税価格の合計額に対する比率を、各相続人等の課税価格に掛け合わせて、税額が導かれることになる。すなわち、右の比率が相続人等に適用される本来の意味での税率であるということになる。前述の通り、この本来の意味での税率は、相続財産の価額と、法定相続人の種類及び人数により決まる。法律上の基礎控除や税率は、相続税の総額、言い換えれば本来の意味での税率を導くための数値に過ぎない。

 ここからいくつかのことが導かれる。第1に、一つの相続について、各相続人等に、取得した財産の価額に関わらず、同じ「税率」が適用される。第2に、各相続人等には、本来の意味での基礎控除がない。わずかな財産しか取得していない相続人等も、相続税の総額がある限り、相続税を負担することになる。第3に、ある相続人等の課税価格の増減が、他の相続人等の相続税額に影響する。

 また、日本の相続税・贈与税の最高税率は70%であるが、これは現在では国際的にみて相当高い。かつてはアメリカでは60%、ドイツでは70%であったが、既に両国とも最高税率を引き下げている。

 さらに日本では、贈与税の税率が、相続税と比べて極めて高い。最高税率は同じ70%であるが、相続税は20億円、贈与税は1億円で達する。諸外国では、むしろ贈与税の方が負担が軽い場合が多い。贈与税を年税として、贈与者が誰かを問わずに合算して課税している点も日本の特徴である。

 日本では近年、相続税制の改革について議論がなされている。税制調査会平成14年中期答申では、最高税率引き下げや生前贈与の円滑化等が課題とされた。そしてこれは、平成15年度税制改正において実現する予定である。(3月28日成立)  最高税率の引き下げには、アメリカにおける遺産税の廃止が影響していると思われる。アメリカでは、2001年税制改革により、遺産税を2009年まで段階的に減税し、2010年より廃止することとなった。但しこれは、サンセット法の対象であるため、何も立法がないと、2011年から元に戻る。

 他方で、贈与税は減税はするが、維持されることとなった。そのため、贈与の方が相続より課税上不利になるが、これはアメリカにおける遺産税の歴史の中で初めてのことである。アメリカでは、生前贈与により若い者へと財産が早く移転するのがよいことであると考えられていて、贈与が有利な取扱いを受けていた。

 ドイツでも、1996年に相続税制の改革が行われた。これは、1995年の 連邦憲法裁判所による財産税・相続税違憲決定に由来する。この改革においては、 不動産評価の適正化が行われ、従来は実勢価格の20%弱といわれていた評価額 が、50ないし70%となった。他方で、基礎控除の増額や税率の引き下げが行 われたが、結果的に相続税収は約35億マルク(1995年)から約60億マル ク(2000年)へと増加した。

 生前贈与の円滑化に関しては、相続時精算課税制度が導入される予定である。前述の通り、日本では贈与税の税率が極めて高いが、これは分割贈与に対応するためやむをえないという面がある。分割贈与があると、基礎控除や段階税率の低い部分が繰り返し利用されてしまうという問題が生じる。

 諸外国では、この問題に対して、累積的課税により対応している例がある。これは、納税義務者の生涯又は一定期間、基礎控除や段階税率の低い部分を一度しか利用できないようにする仕組みである。これは日本でもシャウプ勧告により提案され、昭和25年に立法化されたが、仕組みが複雑であるとして、昭和28年に廃止されている。

 これに対して、相続時精算課税制度とは、贈与時に暫定的に贈与税を課し、相続時に改めて相続税の対象として調整を行う仕組みである。65歳以上の贈与者からその20歳以上の子への贈与に限り、納税義務者の選択により適用される。これも諸外国に例のない制度であり、今後の運用が注目される。