東北大学名誉教授 東海大学教授 太田 知行
「川島武宜博士と建設業の近代化」

 入札談合がわが国経済に広く蔓延しているが、過去十年余りにおける公取委が法的措置をとった独禁法違反事件においても半分程度を入札談合が占めている。

目的

 公共工事における手抜、談合と発注者、元請、下請等の間の契約関係の特質との関連、および手抜(仕様より劣る品質の資材の使用を含む)や談合への対策を考察する。

封建的契約(典型は、戦前の地主小作関係)の特徴

 (1)権力服従関係。(2)権力者側当事者の諸給付は相手方への「恩恵」、権力服従者側当事者の諸給付は相手方への「奉仕」。(3)各当事者の給付内容は不定量。(4)給付内容を最終的に決定するのは権力者側当事者の意思。(5)経済外的強制による権力服従者側当事者の契約履行の確保。川島博士は、土建請負の種々の当事者間の契約関係を封建的契約の一種と性格付けた。

GHQの建設業民主化

 (1)職業安定法44条。GHQは、建設工事における労務供給慣行は、親方等による中間搾取システムであり、手間請職種(大工、左官、土工)の親方が下請契約によりその弟子等を供給することは、職業安定法44条の労働者供給事業に該当するとして、これを禁止させた。同法の実効性確保に努力したGHQ担当官コレット氏を、川島博士は、「日本の民主化と労働者の解放に純粋な情熱をもって献身的に努力してい」た、と評している。他方、川島博士は、親方-労働者間の権力服従関係が労働者の労働効率を支えており、その破壊は労働能率低下を齎すことも指摘している。(2)政府に対する不正手段による支払請求防止等に関する法律。公定価格の徹底を目的とした同法は、公共工事の請負代金請求において、イ材料の品目、規格、品質、数量、価格、ロ労務者の職種別員数および単価、役務の種類および価格を明示した支払請求内訳書の提出を要求した。川島博士は、建設業法制定時の衆議院公聴会において、同法を「日本の土建業を近代的な企業として信用を高め、健全な発達をさせる措置」と評価している。

支配従属関係と手抜工事

 GHQの建設業改革は成功せず、土建工事の当事者間の支配従属関係(「発注者は神様、ゼネコンは平民、サブコンは奴隷」)、それに伴う中間搾取は生残った。元請に対する発注者の支配の源は指名である。また、上位請負業者の下位業者や労務者に対する支配の源は、川島博士が指摘された如く、請負業者、下請名儀人、親方、労務者等の間の封建的人身的関係を通じて人が集められることにあるといえよう(平成元年でも、建設現場労働者の入職経路の62%が縁故、職安は6%)。中間搾取につき、内山教授は元請に支払う労務費の40%は途中で消えてしまうと指摘し、平成12年10月8日の日経は、100万円の工事が現場では40万円で請負われていると伝えている。その中間搾取は、建設労働者の劣悪な労働条件、零細下請業者の苛酷な取引条件、さらに、建設技能者の不足を齎す(平成3年度の技能者等への男子新卒者充足率は45%)。このことは、技術力の低下、建設ブーム時の人手不足を齎す。また、労働者の労働意欲を支えていた親方との間の人的関係(労働能率に関する川島博士の上記指摘参照)も、近年は、希薄化している。さらに、昭和60年代以降、ゼネコンの現場監督要員を急激に削減されたといわれている。近年は手抜工事が増加しているように見えるが(山陽新幹線のトンネル壁面崩落はその象徴か)、これはこれらの諸事情によるのであろう。

談合

 談合とは、予定価格近辺での落札を目的として落札候補者を一本化する、仲間たる一定の建設業者(ゼネコン等)の活動である。落札候補者の絞り込みは、業者の「営業」間の情報交換(どの業者はどの工事を狙っているか等)や折衝、談合ボスの裁定、業者集団のフォーマルな機関による調停、仲裁等によるようである。縦の関係たる支配従属関係に対し、談合は建設業者仲間間の横の関係である。ほとんどの公共工事が予定価格近辺で落札されていることは、広汎な談合の存在を推測させる。

談合の功罪

 談合は入札参加者間の競争を排除するから、工事価格は予定価格近辺に張り付く。また、発注者とゼネコン等との間の支配服従関係が存する限り、「天の声」により談合を操作し得るから、受注者選定への政治の介入を招き易い。しかし、建設業者団体は、いわば、談合の見返りとして、発注者に協力している(不採算工事の受注、災害時の緊急出動等)。埼玉県の談合排除方針に対抗した大手建設業者の埼玉県建設業協会脱会表明(平成12年10月26日毎日新聞)は示唆的である。

 制限付一般競争入札の下で談合を排除すれば、多くの公共工事の落札価格は最低制限価格に近づく。これによる請負金額低下は、現在の支配従属関係の下では、零細下請業者や労務者に転化され、さらなる手抜工事の温床となる。また、談合の排除は既成秩序の崩壊であるから、一部業者は落札のために暴力団の力を借りる。PFIにより発注した神奈川県庁への街宣車の度重なる襲来(2000円10月7日日本経済新聞)はこれを示している。

手抜、談合への対策

 (1)手抜防止。イ中間搾取を排除し、下請の取引条件、労務者の労働条件を改善する必要がある。発注者が施工体制の全体像や各請負代金額を把握する施工体制台帳制度(建設業法24条の7)はその重要な第一歩である。中間搾取排除には、さらに、公共工事につき、各段階の請負代金額の届出事項化、台帳閲覧権者の拡充、違反への罰則等が必要があろう。ロ瑕疵担保保証特約付履行ボンド(公共工事標準請負契約約款4条、履行保証保険特約条項参照)が普及すれば、保険料率の査定を通じて、元請業者の監理体制がチェックされる。(2)談合対策。建設談合の功罪に鑑みると、自由競争確保のみを旗印に談合を否定することは疑問である。積算基準を見直し、予定価格を引下げれば、公共工事代金は減る。談合批判の核心は、公の資金を政治が食い物にする過程の片棒を談合が担いでいる点にあるのではあるまいか。公共工事代金の流れや建設業者の経理の透明化により、この弊害は防止できるのではないだろうか。

主要参考文献

 内山尚三、「建設労働論」、都市文化社。川島武宜、「封建的契約とその解体」、「土建工事のための労務供給業」、川島武宜著作集第一巻、岩波書店。建設業構造改善研究会、「建設産業における生産システム合理化指針の解説」、大成出版社。武田晴人、「談合の経済学」、集英社。山崎裕司、「談合は本当に悪いのか」、洋泉社。