東北大学法学部教授 平林 英勝
「入札談合に対する独占禁止法上の規制の当面する課題」

入札談合がわが国経済に広く蔓延しているが、過去十年余りにおける公取委が法的措置をとった独禁法違反事件においても半分程度を入札談合が占めている。

一 証拠の収集に関する問題

 刑事告発が行われるなど、入札談合に対する規制が厳しくなるにつれて、事業者側でも証拠書類を残さなかったり、公取委における供述聴取においても否認に終始するなどのケースが増えている。 そのため、公取委の事件審査が難航したり、法的措置をとるのがむずかしくなったり、法的措置をとっても審判で争われることが少なくない。この傾向は、多数の事業者がかかわるローカルな事件よりも、少数の寡占的大企業による入札談合事件に顕著である。

 そのため、犯則事件手続の導入が考えられるが、これによってもともとない証拠が得られるようになるわけではない上、犯則事件手続は刑事手続に直結し刑事罰を適用することを目標とするから、行政処分を基本とする現行法の体系や運用の再検討が必要になるし、審査手続と犯則事件手続との二本建ての手続、組織を設ける必要があるといった種々の問題がある。

 事件審査に協力した事業者に課徴金を減免することにより、協力のインセンティヴを高めることも考えられるが、課徴金制度の基本的な性格にかかわることであり、慎重な検討が必要である。減免制度を導入するとすれば、それは事件の円滑な審査という政策的な目的のためのものと位置付けるしかなく、かつ減免の条件を法定することが必要になる。

 実際問題として、違反企業が懸念するのは課徴金より刑事告発であるから、公取委の専属告発権の裁量を行使して事件審査に協力する事業者やその役員・従業員を告発しないことが考えられる。 その場合、告発免除について公取委は検察当局と事前に協議し、その了解を得ておく必要がある。

 他方、入札談合の立証に、不自然な入札結果など状況証拠を一層活用することがある。

二 発注者の関与についての問題

 発注者側の問題として、発注者の職員が談合に関与していたりすることがあり、特に北海道の農業土木事件に関連して、発注者にも排除勧告などが出せるように法改正すべきではないかとの意見が出されている。しかし、独占禁止法は市場における事業者の競争制限行為を規制することを目的としているから、基本的には会計検査や行政監察の問題である。ただし、公取委の発注者への改善要請に法的裏付けを与えることは考えられるし、必要な場合には、入札談合に関与した職員個人の刑事責任を問うのが本来の姿である。

三 刑事告発に伴う諸問題

 平成一二年一二月の東京都発注水道メーター入札談合事件の東京高裁判決は、不当な取引制限の罪について、継続犯であるとしたことと、相互拘束行為の「遂行行為」も独立の実行行為となるとした画期的な意義がある。

 不当な取引制限の罪が状態犯であるとすると、入札談合の基本合意が公訴時効の三年以前に合意されていると、その後個別調整が続けられていたとしても、告発、起訴ができなくなるという基本的な問題があった。

 基本合意に基づいて個別調整を続けていることは、不当な取引制限の構成要件である競争を実質的に制限する「行為」をし、自由競争経済秩序という法益を侵害し続けていることである。状態犯説によると、以前から入札談合を続けている業界は時効の恩恵を受けるが、最近始めた業界は受けないというのも奇妙である。

 状態犯説は、会社のレベルでは合意は継続していても、個人のレベルでは新たな実行行為者が次々に現れて合意を継続させているにすぎないとするが、まさに個人のレベルで前任者から合意を継承して個別調整行為をしていることが問題なのであり、これを合意を維持する行為としてとらえることが特に難しいとも思われない。

 本件判決は相互拘束の「遂行行為」という概念を認めたことは、状態犯説のこのような難点を克服することにもなり、その点で告発、起訴の柔軟性を高めることになる。 しかし、この遂行行為とは価格連絡・入札行為まで入るのか、価格カルテルの場合はどうか、明らかでないなどの問題が少なくない。

四 民事訴訟への協力

 公取委が入札談合等の独禁法違反を認定すると、最近では、それによって損害を被った発注者が損害賠償請求訴訟を提起したり、住民が地方公共団体に代位して損害賠償請求訴訟を提起することが珍しくない。 公取委は、違反が確定し、原告の申し立てにより裁判所から文書の送付嘱託があったときは、違反を認定する基礎となった主要な証拠の一部を提供することにしており、これも入札談合を抑止することにつながるのであるから、公取委は今後とも積極的に裁判所に協力していくべきである。