東北大学法学部教授 芹澤 英明
「アメリカ法におけるインターネット上のアクセスコントロールの意義規制」

一、はじめに

 今年二月に施行された「不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)」は、インターネット上の識別符号によるアクセスコントロールにかかわる不正行為を規制するわが国ではじめての法律として注目をあびている。 本稿は、アメリカ法が、インターネットに存在する様々な「アクセスコントロール」の仕組をどのように評価し規制しようとしているかについて、概観したものである。「アクセスコントロール」は、我が国においてもインターネットの法規制のあり方を考える上で中心的課題になることが予想される。

二、通信・放送 (前史)

 アメリカ通信法制上、通信/放送というカテゴリー間の融合が進んでいることは有名である。 合衆国議会は、一九八四年に、通信法(Communications Act of 1934)の「通信の秘密、無線通信傍受の禁止」に関する「無権限の通信利用」規定を改正し、暗号化されマーケティングの確立した衛星ケーブルプログラム(satellite cable programming)を保護するために、刑事罰と民事救済(差止、実損害及び法定損害賠償)規定(47USC§605)を置いた。 つまり、このような不正競争に該当しうる事例(一九九九年に改正された我が国の不正制競争防止法二条一項一一号を参照)について、アメリカ法は、きめ細かな制定法改正により対処してきたといえる。しかし、信号がデジタル化され、双方向通信・放送が可能になると「アクセス制限」はどのように評価したらよいのか。通信・放送・出版その他の情報サービスを融合するメディアとしてインターネットが登場して問題はさらに複雑化した。

三、インターネット(通信・放送・出版その他情報サービスの融合)

 ISP(Internet Service Provider)が接続仲介するインターネット上では、通信(インターネット電話)、放送(テレビ放送のストリーミング)、出版(電子図書出版販売)、電子取引(ショッピングモール、オークションやオンライン証券取引)、電子決済(電子マネー決済)等が行われており、その市場は急速な成長過程にある。

 現在インターネットで使われているプロトコル(通信手順)はTCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)と呼ばれる。TCP/IPの特徴は、世界中どこでもネットワーク上でつながったコンピュータを自己のコンピュータと全く同じように使えることにある。この利便性は、その誕生以来、常に他のコンピュータから自己のコンピュータへと利用権限のない者が侵入してくる危険性と裏腹の関係にあった。暗号(encryption)技術もまた、利用者認証(authentication)システムとの関係で不可欠のものだったのである。

四、アクセスコントロールの法的意義

 インターネット上に存在する「アクセスコントロール」をアメリカ法はどのように評価しているのか。

 一九九六年の連邦テレコム法(Telecommunications Act of 1996)では、インターネットは、情報サービス(47USC§153(20))とされており、しかも、そこでは、インターネットへのアクセスを提供するISP (47USC§230(f)(2))とコンテンツプロバイダ(47USC§230(f)(3))とが明確に分けて規定されている。 第三者のコンテンツプロバイダが提供する情報内容に対するISPの責任を制限した有名な「良きサマリア人」規定は(47USC§230(c)(1)、(2))、このようなISPが行うアクセスコントロールを正面から認めたものと解することもできる。 ISPは、通信レベルでアクセスコントロールを施すことができるのであり、場合によってはそうせざるをえないのであるから、その限りにおいて、第三者が提供する情報コンテンツを媒介することから生じうる法的責任は制限せざるをえない。 ISPは、第三者のコンテンツプロバイダが提供する情報に関しては、連邦通信法上、通信を拒絶することから生じうるCommon Carrierとしての責任もなく、通信を媒介することから生じうるpublisherやdistributorとしての責任も制限されているのである。

 また、「アクセスコントロール」は、著作権法において、行為規制、コンテンツ規制の両方に及ぶ概念となることに注意を喚起したい。 問題は、インターネットがこの両者を密接不可分にしてしまったことである。特に、 ISPの情報コンテンツに対する責任が制限されると(Digital Millennium Copyright Act of 1998、 17USC§512)、著作権者であるコンテンツプロバイダは、インターネット上の無限の複製過程に対して何らかの対抗措置をとらざるをえないだろう。 電子透かしなどの複製制限装置や、暗号化等によるアクセス制限装置(17USC§1201(a)、(b))は、この文脈で出てくるのである。しかし、これが、複製権を中心とする伝統的な著作権の保護範囲を超えていることは疑いえない。

五、結語にかえて

 インターネットセキュリティの中核をなす暗号技術を中心とした技術的プロテクトによる利用者認証は、アクセスコントロール手段の中心を占めるであろう。 また、これは、インターネット上の電子取引の前提となる技術であり、したがってこれを適正な法的規制の下に置くことが電子取引市場を発展させる前提条件になる。

 「アクセスコントロール」回避は、基本的に、潜在的な契約利益(prospective advantage)を保護法益とする不法行為の一種として考えうる。 このような不法行為の領域は、発達した経済法・知的財産法(州、連邦の制定法)にほぼ覆いつくされてしまい、それ自体として論じられる機会は少ないかもしれない。 しかし、そこで用いられる差止や損害賠償(実損害賠償、法定損害賠償)といった救済手法は、伝統的な不法行為法の理解なしでは十分分析できないことも確かである。この意味で、冒頭に取り上げた、衛星ケーブルテレビの無権限視聴やデコーダ製造販売の事例は 、不正競争型不法行為の事例としても解釈できるのであって、将来のインターネット上の様々なアクセス制限回避ないし技術的保護手段回避に関する法規制の一原型としても評価しうるのではないかと考えられる。