東北大学法科大学院メールマガジン

第81号 04/10/2012

◇東北大学法科大学院 新入生オリエンテーション開催

 新年度を迎え、4月4日(水)に東北大学法科大学院において新入生オリエンテーションが開催されました。
 法学部長・法学研究科長の水野紀子教授による挨拶をメルマガ読者の皆様にもお届けします。

◇東北大学法科大学院新入生の皆さまへ

東北大学法学研究科長 水野紀子

 法学部長・法学研究科長をつとめております水野紀子です。東日本大震災から1年余りが過ぎました。一年間、被災地も日本もさまざまな困難に直面する日々が続きました。その日々を共有した皆さんが、無事今日の入学式を迎えられたことを、ことのほか感慨深く思います。東北大学法科大学院は、全国的にも屈指の優れた研究者、実務家のスタッフを擁しています。法科大学院のコミュニティを構成する一人として、優れた、そして信頼できる法律家となるために研鑽を積む仲間として、新入生の皆さんを歓迎いたします。

 東日本大震災は、巨大地震と津波、それに続く原発事故によって、人類がこれまで経験したことのない複合的な災害になってしまいました。被災の重さはこの上なく大きく、あの日を境に大きな断絶があって、震災前は紀元前のように思われます。皆さんのうちには、身近なご親族やご友人に被災者がいらした方もいらっしゃるでしょう。心よりお見舞い申し上げます。

 地震と津波による広範囲の災害によって、3000人以上の行方不明者も含め2万人近くの人々が犠牲になりました。さらに、原発事故によって、高濃度の放射能に汚染された地区が生じました。住み慣れた土地を追われた大勢の人々がおり、拡散した放射性物質のために、復興そのものも滞っています。何もかも失われた被災地を見ると、「言葉を失う」という言葉さえ、あまりにも陳腐に思えます。がれきが残る荒廃した広大な空き地になった被災地は、どこかシュールな光景で、まだ気持ちが落ち着きどころを見つけられません。

 未曾有の被害を出した被災地をいかに回復するかという課題は、重く複雑で、たやすい答えはでないでしょう。被災された方々のためにできることを探りながら、地域社会の再生のために努力するしかありません。また原発の問題を筆頭に、ここまで被害を大きくしてしまったこの国のかたちについて根本から考えなおすことも、必要な課題です。

 この間、良く用いられた想定外という言葉は、本当に不快でした。想像力が及ばなかったということでしょうか。しかしかつて明治29年、昭和8年、昭和35年と、青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸沿岸を襲った大津波の様子から想像すれば、こうなることは少しは想像ができたようにも思われます。もっとも、完全な安全を期すことは不可能であったのかもしれません。現代社会に生きる我々は、ゴミと廃棄物をまき散らして、地球、生物と人間に対して深刻な脅威を生みだすような生活しかすることができない次元に至っています。資源は有限で、社会がとりうる手段も限られており、豊かさや快適さ、便利さを求める人々の期待に妥協する必要にも迫られるでしょう。でもどのような妥協をしているかを自覚していれば、こうなってしまう可能性を考えていなければならなかったはずで、考えていたのであればこれほど無様な対応になってしまうことはなかったと思えます。安全神話と反原発の間で原則が衝突するばかりで、より安全な設計を実現する冷静な対応がとれなかったのだとすると、単純なスローガンではない複雑な考量に耐えて社会を運営する人々が、いつのまにか日本からいなくなっていたのかもしれません。長年官僚をされてきた年長の実務家教員が、「想像力の欠如だ。通産と東電の罪は万死に値する」と激怒しておられました。政治家やマスコミ(国民)の要求に縛られて政策立案をする官僚の、その良質な部分は、この想像力をもっていて、戦後の日本がうまく運営されてきたとすれば、その力が大きかったように思います。

 学問や政策立案には、想像力が必要です。自分のいだいているイメージをふくらませる文学的な想像力ではなくて、自分の経験していない場所や社会のあり方を構想できる想像力、人々の苦しみや哀しみを見る想像力、自分の位置を別の視点からみる想像力です。時空を越えて、過去や現在のみならず未来に向けて、今はまだ起きてはいないけれども起きてしまうかもしれない事態について、もし条件が違っていたら現在とは違うあり方があるのかもしれないという可能性について、想像する力が必要です。

 単純で明快な議論は、ときとして思考停止を意味する危険があり、また、たとえば原発の是非について顕著に見られるように、レッテルを貼ることによって対話と共存の可能性を遮断します。私たちの社会が抱えるリスクは未知のリスクも多く、さまざまなリスクとそれが与える便益とを考慮して、限られた資源を配分する意思決定を行わなくてはなりません。科学者の知識は公開されて共有されることは必要ですが、科学者へのかつてのような信頼は崩壊しており、一般市民との対話や政策決定への参加も必要になるでしょう。いいかえれば、それは我々の社会をいかに成熟させるかという課題であるように思います。この課題に立ち向かうことは決してたやすくありません。かつて東北大学に学んだ魯迅が言ったように「絶望の虚妄なるは希望の虚妄なるに相同じい」と思い定めて、静かに着実な歩みを続けるしかないように思われます。

 大人の学問といわれる法律学は、実はこのような成熟した社会を作るための学問であったように思います。法律学は、青少年があこがれるような純粋で美しい単純な理想を追求するものではありません。とめどのない要求をもち不合理な感情に突き動かされる人間という存在をありのまま受け入れ、そんな人間が生きる社会のどろどろとした紛争をとりあえず解決して、人間が共生するための妥協の秩序を形作る学問であるからです。人間の社会は非常に複雑で、そこに存在する様々な価値は、きわめて多様でアンビバレントなものです。法は、これらの価値に調和を保たせる、多様で豊かな内容をもつ存在であり、人類の蓄積してきた知恵を凝縮させたものでした。その知恵は、これから日本社会を成熟させるために不可欠のものであろうと思います。

 法は、言葉という手段で人間社会を統治するものであり、絶えず変容して新しい事態に対応することができます。法は、現実に適用されることによって生きる存在ですから、条文が変わらず、たとえ判例の文言も変わらなくても、事実とのフィードバックを通じて不断に変容しています。法曹の実務家は、このような法の作用の最前線にいます。法の言葉、法のルールは学んで自分のものにしなくてはなりませんが、それを機械的に適用することは、よほど固まった領域でなければ、そもそも原理的に不可能です。そのような領域はごく限られており、実際に裁判には現れてこないでしょう。定型的ではない新たな事態に適用したときに、その法が生きるのであり、それは法曹というプロフェッショナルであってはじめて可能な創造的な作業です。法曹は、法の言葉に盛り込まれた価値とその限界を熟知したプロフェッショナルであるからです。

 さらに法曹の実務家は、人間の苦悩に直接寄り添う職業でもあります。紛争や事故や被害に出会った当事者は、すべからく苦悩を抱えています。彼らのかかえる問題を分析して解決を考える冷静な頭脳とともに、彼らの苦悩と痛手に共感する暖かな共感能力が必要です。法は、人間が連帯するための手段でもあるからです。

 昨日と同じような明日が続くことを当たり前の前提として、人は日々を過ごしているものですが、思いがけない災害によって突然の断絶が起こると、その前提が実はとても危ういものだったと気づかされます。その突然の断絶は、あまりに理不尽で、なかなか消化することもできない暴力的な出来事です。仙台にいると、その暴力的な断絶に苦しみ、毎日死者を思って祈る人々が身近に何万人も、何十万人もいることを、忘れることはできません。皆さんの先輩の卒業生である弁護士たちが何人も、震災直後から被災地で法律相談のボランティアにでかけました。このような連帯と共感の資質をもった弁護士を送り出せたことを、誇りに思います。

 法科大学院に入学した皆さんは、これから法曹のプロフェッショナルを目指して努力されるわけです。その過程は、決して楽な道ではないでしょう。でも周囲には、同じ志をもった仲間がいます。同じ東北大学の仲間として、われわれ教員一同も皆さんに協力しようと待機しています。東北大学の連帯の絆に、今日から皆さんも加わります。長年、東北大学は、素晴らしい法曹を養成してきました。先輩たちの優れた伝統を受け継いで、そしてできれば改良して、次の後輩たちに手渡してほしいと思います。ご入学、本当におめでとうございます。

◇東北大学法科大学院を目指す皆様へ

 平成24(2012)年度 東北大学法科大学院入学試験問題及び出題趣旨が公表されました。
 詳細については、以下のURLをご覧ください。

 http://www.law.tohoku.ac.jp/lawschool/admission/kakomon/2012/

◇東北大学法科大学院ウェブサイトにアクセスしてみてください!

 東北大学法科大学院についての各種情報が大変見やすく掲示されています。
 アドレスは以下のURLです。ぜひご覧ください。

 http://www.law.tohoku.ac.jp/lawschool/

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発行:東北大学法科大学院広報委員会

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