東北大学
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鶴巻陽平さん

留学先:エセックス大学大学院政治学研究科修士課程(イギリス)
期間:2013年10月~2014年9月

なぜイギリスの大学院?

 私は2013年3月に東北大学法学部を卒業した後、イギリスのエセックス州コルチェスターにあるエセックス大学大学院に進学しました。大学院進学を漠然と意識し始めたきっかけは、学部生として東日本大震災を経験し、漠然と今まで当たり前と思っていた日常が簡単に壊れてしまう状況に直面したことです。周りの学生がボランティア活動に熱心に取り組んだり、就職活動や公務員試験の準備を始める一方で、私は自分が何をするべきかわからなくなってしまいました。そんな時、留学生の友人が必死に勉強している姿を目の当たりにし、私も海外の大学院で学んでみたいと考えるようになりました。留学を思い立ったものの、英語が得意というわけでもなく英語を勉強するためにどうすればよいかと考え、様々な方に相談した結果、まずはフィリピンの語学学校へ短期留学することにしました。そこで出会ったフィリピン人の先生方のおかげで英語に対する抵抗がなくなりました。また、能力がありながらそれを生かす機会に恵まれない人々に出会ったことで、平等とはどういうことなのか、自由を保障するとはどういうことなのか、社会の中でどんな資源を誰にどのような基準で再配分すべきなのか、といった政治理論、政治哲学の分野に興味を持つようになり、この分野を学べる大学院を探すことにしました。イギリスの大学院の魅力は1年で修士号を取ることができることです。ただし、それだけ常に時間に追われているように感じました。そして、せっかく留学するならと一番多く授業を取ることが可能なエセックス大学の大学院を選びました。エセックス大学は創立50年と歴史は浅いですが、政治学の分野で評価が高まってきているという段階で非常に活気があり、留学生を受け入れる態勢も充実していると感じました。エセックス大学での生活で学んだことはとても多く、全てをお伝えすることはできませんがいくつかの点をご紹介したいと思います。

英語のスタイルは1つではない

 海外留学を考える上で英語をどう勉強するのか、ということは非常に大きな問題だと思いますが、現在は様々な勉強法を書籍やインターネット上で見つけることができるので、そちらを参考にして頂きたいと思います。そこで、大学院の授業が始まる前に私がエセックス大学のプレセッショナルコースで受けたアカデミック英語の授業についてお伝えしようと思います。私は5週間のプレセッショナルコースに参加したのですが、そこではアカデミック英語のreading, listening, writing, speakingを学びました。そこで特に強調されていたことは、英語でアウトプットする際に正しい英語にこだわりすぎないということでした。つまり、文法や発音などは最低限理解していれば良く、ネイティブならどう言う、書く、ということを考えすぎてはいけないということです。例えば、ある先生は、正しい英語の発音やイントネーション、言い回しを教えてくれとよく言われるが、なぜそんなことにこだわるのかわからないと言っていました。なぜなら、イギリスの国内でさえ様々な英語のスタイルがあり、その先生はコルチェスターの町に始めて来た時は発音の違いのため町の人が何を言っているのかわからないことがあったと言うのです。そして、他の先生や学生と話す、彼自身なら使わない言い回しや単語を聞く機会は毎日あるが、それでも言いたいことはもちろんわかると言っていました。だからこそ、これが英語でアウトプットする場合、正解を求めるような考え方は捨てても良いのではと思います。その先生は続けてこういうアドバイスを話してくれました。それは、これから英語を使う場には必ず世界中の人が様々な英語のスタイルでコミュニケーションを図るようになるのだから、大切なことは、様々な英語に触れることであり、いかに相手にとってわかりやすい英語を使うことだと言うのです。確かに、大学院の授業では先生の言うことはわかっても、周りの学生が何を言っているのかわからないことがありました。ですから、留学を考えている皆さんは、正しい英語を完璧に身につけることよりも、いかに相手のことを理解できるか、そして自分の意見を誰にでもわかる英語で伝えられるか、といったことを意識してみてはどうかと思います。そして、その方法はこれではないとダメだ、ということはありません。そのためにも、様々な場に恐れずに参加して頂きたいと思います。そして、いかに他者とコミュニケーションを図るか、という課題にはこれで十分ということはありません。私自身、さらに英語、その他の言語、そして日本語も勉強し続けなければと感じています。

大学院での授業は?

 10月になって修士課程の授業が始まると、週に4つの授業をこなしていくことが求められます。授業の形式は、授業の前に読んで来るべき課題を与えられ、それを読んだ上で討論するという形でした。そこでは、何かを覚えるということ以上に、読んできた論文や本に対してどう考えたかということが問われました。どの部分が納得でき、どこが良く分からなかったのか、そして自分はどのような意見を持ったかということを話し合いました。ただし、この授業という場をどのように使うか、という点は学生の考えによる部分が大きかったと思います。ある学生は自分のお気に入りの哲学者ならこう考えるのではないか、という形でよく意見を述べていました。また別の学生は自身の体験や経験からこの考え方には問題があるのではないかと政治哲学上の問題を批判的に捉えたと授業で発言していました。つまり、学生に期待されていることは、必要最低限のことを覚えることに加え、それについて自身はどのような意見を持ったのか、なぜそう考えたのか、それを他者が納得できる形でどう説明できるか、ということを授業の後も考え続けることなのだと思います。

海外で学ぶと何が得られるか 

 海外で学位を取るということは日本人の学生にとって2つの意味があるのではないかと思います。一つには、日本ではなく海外で活躍するためのある種の条件として学位を取ることです。しかし、海外の有名大学の学位を取るということは一つの条件に過ぎず、学位取得後も世界中の優秀な人材と競争を続けなくてはなりません。さらに、学位よりも仕事上の経験や実績が高く評価されることも多々あるようなので、海外でグローバルに活躍するためには覚悟が必要です。二つには、日本での自身の価値を高める効果を期待して海外大へ留学することです。しかし、日本の中で留学したことを評価されたいと考えるなら、日本で一般的に名の知れた海外大学に行かなくては意味がないでしょうし、多くの企業は海外大で学んだ経験をどう評価すればよいのかまだまだ計りかねているようです。つまり留学しさえすれば何か大きな利益を得られる、ということではありません。したがって、私が留学を通して得たものは留学を希望する方が求めるものとは違うかもしれませんが、それは次のようなことです。私たちは様々なものごとに固有の定義を持っていますが、それを生まれ育った日本では意識することがありませんでした。例えば、「頭がいい」、「友人」、「おいしい」といった単語の意味に、世界中から集まった学生の中では微妙に、しかし確実にずれが生じているということです。こういう小さなずれが大きな誤解を生みかねない、ということに気づけた点が大きな収穫でした。さらに、この定義のずれや認識の違いをかならずしも出身国に還元できないということも重要な点だと思います。「日本人は」、「イギリスでは」、もしくは「中国人は」と言われてもそれほど意識しなかった私ですが、一つの国の中でも、人は生まれ育った地域、環境、経験などによって様々な考えを持っています。それは当然日本の人々もそうであって、留学を通して、この人はこういう人だ、と決めつけることなく、出会う人、一人一人に新鮮に向き合えるようになったと感じています。しかし、それは一人一人が皆違った考えを持ちうる、ということで終わるわけではありません。ではそういった人々が集まって何かを決めなくてはならなくなった時、どうすればよいのか。そこには必ず利害の調整やルールの設定といった法学、政治学の要素を含んでいます。ですから、東北大学法学部で学ぶことは非常に有益だと思いますし、そこで学んだことがエセックス大学で学ぶ上での土台となっていました。

 留学を検討するみなさん、大学には留学経験者や、留学に関してアドバイスできる方がたくさんいます。まずご自身の考えを誰かに話してみてください。必ず何かしらのサポートを受けることができるでしょうし、そこで知り合う人との関係はとても有意義なものとなると思います。そして、留学中は是非いろいろと決めつけることなく、ご自身が当たり前と考えてきたものが他者の視点からは当たり前でないという状況を楽しんで頂ければと思います。そういった状況を辛いと感じる学生も多くいましたが、他者とどう意見をすり合わせるのか、ということは日本にいようと、他のどこで生活する上でも必須であり、留学するということは、日本ではあまり表だって現れることがない、考え方の違いを調整する大変さと意見の違いを乗り越えた時の喜びを学ぶよい訓練になると思います。

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